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1. はじまり

自己満です。すみません。

 鹿人間もとい、矢田(やだ)虎太郎(こたろう)―――いやいや、コタロー・ヤダは今日もやることがないため、強者を求めて森を彷徨っています。

 コタロー・ヤダという名前は異世界で名乗るため、というよりも国際冒険者管理システム―冒険者になるために登録しなければいけない国際的な証明みたいなやつ―に登録する際に適当に書いた名前である。

 異世界っぽい名前で怪しまれないようにした方が良いか、と考えたが面倒になり偽名を名乗るのは止めた。

 で、手元に冒険者IDカードなる金属製のカードがある。

 冒険者には異世界モノの定番であるランク、階級制度があり、ランク10~1存在し、ランク1が最も高い。

 即ち、ランクが高い(=ランクの数が低い数字である)ほど高難易度の仕事を熟せるのだ。

 異世界モノを見まくっていた俺にとってみれば、そこら辺の呑み込みは早く、順応するのに時間はかからなかった。

 三年間の異世界生活でランク10からランク3まで駆け上がった。

 最初に辿り着いた地域で噂が立ち、一躍有名になってしまったのは考えられない速さでランク4まで登り詰めたからだ。

 狸の被り物をしていた一年間はランク10からランク4まで上げ、鹿の被り物をしていた半年間はランク3まで上げられた。

 やはり高ランクになるほど容易にはランクを上げられず、また、周りの同ランク帯の冒険者の実績も鑑みてランクの上下が決まるので色々と難しいらしい。

 「らしい」というのは、何せ俺には異世界に来て友人・友達を含め、この世界の制度を教えてくれる人がいなかった。

 異世界モノのアニメや小説から得た知識を総合し、今俺がいる世界に落とし込みながら暮らしてきた。

 だからこの世界に何人のランク上位者がいるのかも曖昧である。

 他の冒険者の会話を盗み聞きする限り、ランク3は1000人程度、ランク2は400人程度、ランク1は50人~100人程度だろう。

 今のところランク3に所属している俺はもちろんランク1まで駆け上るつもりである。

 しかし、単純に強いだけでランクを上げられるのはランク4までらしく、そこから上になると仕事量や質、信頼度など他の要素も必要になる。


 さて、ランク3の俺は、もちろん同ランクの冒険者よりも強い。

 六つの属性を持ち、その進化系魔法さえ所持する森羅万象の称号を持っている。

 ではなぜ、それらの情報を自らが最初から知っていたかの言うと……ステータス画面なる魔力で生成された個人情報を書き連ねてある画面を見れるからだ。

 俺の異世界知識では異世界転生者の特典のようなものであったはずの能力だが、この世界で魔力を操れる者は皆表示できる。

 見せたくない情報は意図的にそこにだけ少し多めの魔力を流すことによって消せたり、書き換えたりもできる。

 ただ、緊急時、他人にステータス画面を表示させなければいけない場合に困るのは自分であることから、画面に細工を加えるならず者は少ない。


≪ステータス画面≫

 コタロー・ヤダ(20) 男  冒険者ランク 3

 所持魔法属性 森羅万象(火、水、風、土、光、闇/炎、氷、嵐、地、聖、呪)

 所持金 23,250 G

 財産  201,954,323 G(中央銀行預かり分)


 所持金は今すぐに動かせるお金のことでポケットマネーとも言える。

 財産は基本的に銀行に預けてあり、引き出したりするには銀行に行って手続きを行わなければならない。

 中央銀行というのはこの世界の国際銀行のことで、唯一、何処の国でも利用できる銀行であるが、年会費20,000Gなのでお金持ちしか利用しない。

 自分のことをお金持ちとは言わないが、俺は何があるか分からない異世界生活を送っている特殊な人物であるので、しかもお金に余裕があるし中央銀行を利用している。

 たまに中央銀行のその国の支店に行くのだが、毎回、菓子折りをもらう羽目になる。

 世界中には自分よりもっとお金持ちがいるのにな、と思うのだが。


 そんなことより、最近の悩みは増え続ける一方であるこのお金をどうしたら良いのか、というものであり、暇さえあれば街を練り歩き閃きを待っている。


 「今日は仕事しなくていいや」


 そう決めた。

 なにせ2万G(20億円相当)も持っていて、時間だけは無限にある。


 「今日こそは絶対に見つけてやる!」


 お金の使い道を、ね。

 はて、仕事をする気で森に入ったが今日はNo仕事Dayにしたので、早速森を出た。

 太陽光が木々の葉に遮られている場所から出て来たので、光が燦々と降り注ぐ草原を抜けて街へ戻らなければならない。

 視界は未だ白飛びしていて、目が慣れない。

 数秒立ち止まり明るさに慣れた頃、目測で300m程先に一人の女性が子供十数人引き連れているのが見えた。

 狸人間として1年、鹿人間として半年、そこからまた離れた地域では目と鼻と口を丸く切り取った泥棒マスクが売っていたので、それを被りながら今に至るまでの半年を過ごしている。

 泥棒マスクは冒険者向けの装備として購入したので、珍しがられるが特に目立たない。

 狸と鹿を被っていた頃の俺に教えてやりたい。

 わざわざ動物の被り物をしなければ点々とすることもなかったろうに……。

 もういっそのこと被り物をやめたろかっ! と思ったがやはり顔バレすると色々とお偉いさんに追いかけられたり、貴族やら国王に迫られてしまう可能性も大いにありけり…。


 この世界で産まれてないから出生届もないし、戸籍もない。

 冒険者登録は名前と顔と住所を書けば登録できるので役所に行く必要もない。

 冒険者IDカードには、異世界に来て間もない頃に撮影された素顔が載っているが、今まで誰にも見せる必要がなかったから誰にもバレていない。

 ただ、国際冒険者管理システムには登録されているので、職員であれば誰しもが確認ができてしまう。

 今のところ管理システムを閲覧できる者から流出していない。

 というか、流出させるほどの価値が俺にはない、といってもよい。

 自分で言ってて自尊心が傷つくな……。


 ところで―――そんな三年間であのような光景を見たのは初めてだ。

 若い女性が大勢の子供を引き連れている。

 それも、女性含め皆ボロボロの服を着て、何日も体を洗っていないと遠目からでもわかる。

 空き家みたいな建物にどんどん近づいて行く。

 気付けば女性と子供たちはいなくなっていた。

 恐らく建物に入って行ったのだろう。


 数分して、俺の目の前にはすき間だらけで防犯のぼの字もない薄い木の扉の前にやって来た。

 貧しい家庭なのだろうか。

 しかし、女性一人であんなにもの数の子供を育てているとは考えにくいな。

 どんな理由かは知らないが、念のためドアを叩いてみようか。


 「ごめんくださーい」


 中指の一番固いであろう骨の部分でノックした。

 だが、応答はない。

 隙間から覗いてみようと思ったが、理性が勝った。

 いまにも木の板が外れそうで二回目からは優しく叩いた。


 「すみませーん、お話を伺いたいのですがー」


 ガラスが割れるような音がしてしばらくして、錆びたドアノブが回転し始めた。

 完全にドアが開くまでに何年もかかりそうなくらいのスピードで、軋む音と共に開き始める。

 少し左にずれてももう一度。


 「すみません、お話を伺いたくて。よろしいですか」


 開いたドアから覗いていたのは先程の女性であろう。

 瘦せこけていて、肌がボロボロだ。

 声もガサガサ。


 「ど、どちら様でしょう……」

 「冒険者です」

 「……冒険者の方、ですか」

 「ええ」


 数秒の沈黙があって、俺は冒険者IDカードを見せた。

 あれ? そういえばIDカードをギルド職員以外で見せたのは初めてではないか!?

 ちょっとうれしい……かな。

 名刺ほどの大きさでランク3の金色に輝くカード。

 ちなみにランク2が希少金属を散りばめられた金色、ランク1が希少金属単体で作られたカードである。


 「ランク……3、の冒険者様ですか……」


 驚いているのは伝わったが、もはや驚きを表情に出すエネルギーさえもなさそうだった。


 「実は、とある人を探してまして」

 「人……ですか……。あなたのような有名な冒険者様が尋ねるような人は……ここには……ではこれで……」

 「あ、ちょちょちょっと待ってください!」

 「な、なんでしょう……またあんなことをされるの……でしょうか……」

 「あんなこと? よくわからないが、話だけでも聞いてくれはしないだろうか」

 「話……ですか?」

 「ええ、よろしいですか」


 緩慢な首の動きで後ろを振り返り、そのまま「少しでしたら……」と答えた。

 彼女の視線の先には子供たちがざっと30人、食事をしていた。

 皆、怯えている。

 泣き出してしまう子、敵意を向ける子、無表情な子、気にせず食事をする子。

 保育園または幼稚園を連想させたが、直ぐに却下した。

 ここは、紛れもなくああいう場所―――施設だ。


 女性は子供に気を使って、外で話をしたいと言い、今、建物の横にある砂場のような場所にいる。


 「すみません、急に呼び出してしまい」

 「……いえ、話というのは」

 「はい、お忙しそうですのでストレートに言いますね。私のお金を使ってもらえませんか」

 「お、お金……?」

 「ええ、見たところかなり……その、何といいますか……」

 「貧しい、ですよね」

 「あ、いや、まあ、そうです」


 一拍置いて続けた。


 「寄付したいんです、お金を」

 「そういうお話でしたらお断りいたします」


 そう言ってそそくさと去って行く。

 あまりの即答に驚き、数秒、彼女の背中を見つめてしまっていた。

 だが、やっと俺は動き出して、彼女の左手を掴む。

 なかなか視線が彼女の手から離れない。

 ボロボロの白い、いや黄色い袖が俺の腕を動かした。

 明らかに怪しい泥棒マスクを取り、彼女の双眸を見つめた。

 美しいブルーの瞳だった。


 「私のお金、使って頂けませんか」

 「……で、でも」

 「貧しい人にお金を配って気持ちよくなりたい、と思っているのではありません」

 「あ、いや、ではどういう―――」

 「子供、です。子供があんな顔をして食事しているのが耐えられません」

 「……」


 女性は俺から目を逸らし、掴まれた左手を振り払った。

 油断していたのか、容易に彼女のザラザラした手の平は感触だけ残して消えた。

 足早に歩き去る彼女の背中は、泥棒マスクを外す前よりも悲壮に満ちているようだった。


 この三年間でやっと見つけた場所なんだ。

 唯一と言っていいくらいに、ここしかないと思う。

 今にも崩壊しそうな家には彼女一人しか大人はいなかった。

 多分、このまま無事にあの子らが育つことはない。

 病弱な子はすぐに死に、そして彼女が死んだらドミノ倒しみたいに命が倒れて行くことだろう。


 「お願いしまあああああす!」


 俺はもう感情に従って異世界で通じるのかどうかも分からない、いや恐らく通じないであろう土下座をした。

 目から溢れた涙が眉毛へ逆さまに伝っていく。

 額を砂に擦り付ける。


 「本気なんです! 見返りなんていりません! お金を……お金を受け取って……受け取って下さああああああい!」


 成人したいい大人が顔面をぐしゃぐしゃにしながら土下座する。

 恥ずかしくもなんともない。

 感情が、俺の本能がそういう行動を取らせているのだから。


 「ちょ、ちょっと、なにしてるんですか!」

 「お願いします……お金を……受け取って……下さい!」

 「そんな恰好お止め下さい! ランク3の冒険者様がそのような格好は……!」

 「あなたがお金を受け取ってくださると言うまでこうしています……!」


 女性は頻りに俺の頭を持ち上げようとしたが、ビクともしなかった。

 どのくらいの時間が経ったか分からないが、押し問答をしているうちに女性は溜息を吐いて言った。


 「……分かりました」

 「本当ですか!」

 「で、でも……! 私から幾つか質問が御座います……」

 「何でも答えます……!」

 「では、顔をお上げください、冒険者様」


 涙にくっついた砂で顔がじゃりじゃりになった俺を見て、女性は割れた唇の両端を上げて少しだけ微笑んだ気がした。

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