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プロローグ

 夕方の繁華街。まだ早い時間帯だったので、それほどの賑わいはない。指定された店の前に着くと、約束の相手である鈴木さんが反対方向から小走りで近づいてくるのが見えた。

 俺、増井真也は鈴木さんに向かって手を振る。

「お疲れ様です」

「タイミング同じだったな。よかった」

 俺と鈴木さんは連れ立って店に入る。寒い屋外から暖かい店内に入るとほっとした。それもそのはず、今は寒風吹きすさぶ一月だ。

 さて、今回鈴木さんが予約してくれた居酒屋は、餃子専門店。いろいろな創作餃子が楽しめる店だという。

 ふたりで飲みに行く約束をした時、鈴木さんは「店選びは任せてくれ」と言ってくれた。俺はある条件を満たした店にしか出入りできない事情があるために少し不安だったが、俺のことをよく知っている鈴木さんのことだ。ふさわしい店を見つけてくれるに違いないという確信はあった。実際指定された店を事前にネット検索してみると、口コミ評価は高かった。

 今日も仕事の上、退勤後は家で待っているであろう妻の香織さんに少しの後ろめたさを覚える。だが、今日は鈴木さんと楽しむために来た。心に芽生えた罪悪感を飲み込み、俺は鈴木さんのあとに続いた。

 店に入った俺たちは、店員に案内されて予約席へとおさまった。奥まった半個室のテーブル席。人目を気にしがちな俺にはありがたい席だ。何でもないように装う鈴木さんのさりげない気遣いに、俺は心の中で感謝した。

「増井くんも、一杯目はビール?」

「はい」

 席まで案内してくれた店員に、鈴木さんはビールを二杯と、開いたメニューをちらりと見て数種類の料理を注文した。

 まだ完全に緊張が解けない俺に、鈴木さんは人懐っこい笑顔で言う。

「今日はじゃんじゃん飲もうな。……あっ、身体が大丈夫な程度で」

「えぇ。だけど鈴木さんも」

 俺がそう言うと、鈴木さんはバツが悪そうに笑った。

「そうだな」

 脊髄損傷のために車椅子生活の俺と、心臓が悪くてペースメーカーを植え込んでいる鈴木さん。お互い身体を気遣いながらの飲み会スタートだ。


    ◇


 俺が鈴木さんと知り合ったのは、通院している病院でだった。

 その日俺は月に一度の整形外科の診察日で、香織さんにつき添ってもらって診察を受けた。無事に診察を終えて会計をするために待っていたところ、同じように待っていた鈴木さんに話しかけられた。ただし、俺ではなくて香織さんが。

「あれ? 増井先生?」

 俺が通院している病院は香織さんが麻酔科医として勤務している病院でもあるので、たまにこうして話しかけられることがある。

 声をかけられた香織さんが返事をした。

「あっ、こんにちは、鈴木さん。今日診察だったんですね」

 こういう時、たいていはひとことふたことあいさつを交わして終わりだが、鈴木さんは違った。鈴木さんは香織さんに食い込んできた。

「先生、私服でこんなとこにいるってことは、どっか悪いとこがあるの?」

 心配そうな表情になる鈴木さんに、俺が紹介されることになった。

「違うんですよ。今日はあたし、夫の通院につき添ってるんです」

 正直、何だか面倒なことになったなぁと思った。こうやって人に紹介されるのは嫌なわけではないが、決して快いことでもない。だが、次の鈴木さんのひとことと香織さんの返事で、俺は彼にいい印象を持った。

「あっ、先生のハートを射抜いたすごい人だ」「そうなんです。あたしを麻酔科の増井にしてくれたすごい人なの」

 それから何となくの流れで俺たち夫婦と鈴木さんは、食堂で一緒に食事をすることになった。そこで鈴木さんの疾患について知ることになったわけだが、ペースメーカーを入れていて心臓に爆弾を抱えているにもかかわらず、どこか飄々としていて妙に明るい彼に俺は惹かれた。

 そしてその場で連絡先を交換して今に至るというわけだ。

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