無意識ト幻覚ザイ③
気が付けば、カーテンレールに囲まれ、限られた天井が見えていた。
体は金縛りにあったように動かない。目を必死に開け辺りを確かめると、白いカーテンがひかれたベッドの上で、私は横になっているようだった。
「うぅ……うぅ……」
私は一生懸命、声を上げようとする。
すると、シャッと短く音がしてカーテンが開き、若い女性の看護師が入ってきた。
「カネコさん! カネコタカオさん!! 目が覚めましたか!? 今、先生呼びますね。あとカナも!!」
そう言って、看護師はせわしなく出て行く。
はて、どうして彼女は私の娘、カナを知っているのだろうか。
私は時間の感覚がまるでわからなかったが、その後、医師と看護師、娘のカナがやってきて、なにやらいろいろ話をしていたようだった。
一段落ついたのか、医師も看護師も出て行き、娘のカナだけがこの場に残る。
「お父さん、よかった……まだしばらくね、体は自由に動かせないかもしれないけど。何日かすれば、また元の生活が送れるそうよ。びっくりしちゃったよ、本当に……」
カナは泣いている。声でわかる。
「公園のベンチでね、泡を吹きながら倒れているところを偶然、通りかかったミユキが助けてくれたのよ。覚えてる? 私の学生時代の友人で、確か、一度か二度くらいはお父さんも会ったことがあるはず……ミユキが看護師で本当によかった! それにしても、お父さん……いったい何を飲んだの? お医者さんは何かの毒物か、薬を飲んだんじゃないかっておっしゃってたわ」
毒物か、薬……はっきりしない頭で私は思い出していた。
あの公園に来る前、コンビニに立ち寄った私はサンドウィッチとお茶を買って店を出た。
出たところで、娘のカナと同じくらいの年頃で真っ赤なワンピースを着た若い女性に声をかけられた。
聞けば、コンビニのクジで新商品のエナジードリンクが当たったが、体質的にカフェインが合わないのでもらってくれないか、ということだった。
私はエナジードリンクというものを知らなかった。その上、娘くらいの若い女性から、若い人が飲むようなものを勧められたら、それは……悪い気はしない。
ひとつ、試しに飲んでみようと気持ちよく受け取ったのだった。
今思えば普段と違うもので口にしたのは、あのエナジードリンクだけだ。
市販のドリンクで泡を吹いて倒れるなど、あるだろうか。
私はまだ五十になったばかりで持病もなく、特に薬も服用していない。
登山が趣味で、年齢のわりには健康体のはずだ。
なのに、市販のドリンク一本で、まさか……あのドリンクに仕掛けが……?
「カナ、お父さんの様子はどう?」
カーテンの隙間から顔だけを出すようにしてさっきの看護師、ミユキが声をかける。
やっぱりだ、と私は思う。
「あっ、ミユキ。うん、返事はないけどね。ちゃんと私の話を聞いてくれてるみたい」
「そう、それならよかった。私ね、今ちょうど勤務時間が終わって着替えてきたの。よかったら一緒に夕飯を食べに行かない?」
「あら、そうなの! うん、行こう! 一緒に食事なんて学生の時以来ね。うれしい!」
「決まりね! じゃぁ、ちょっと先に外で待っててくれる? 最後にお父さんの様子を確認するから」
「さすがミユキね。頼りになるなぁ! うん、じゃぁ先に病院の外に出てるから」
カナがカーテンの外に出る。代わりにミユキが入ってくる。
やっぱりだ、間違いじゃない。
ミユキの真っ赤なワンピースが私の目を刺す。
彼女だ、コンビニの前でエナジードリンクを私によこしたのは……
「お父さん……ふふふ……」
私の耳に、彼女の吐く生温い息がかかる。
「うぅぅ……ううぅ……」
「楽しかったでしょ? 缶は私がちゃんと回収したから、誰も気づいちゃいないわ。ふふふ……今度しゃべれるようになったらどんな夢を見たか、ちゃんとミユキに話してね。お父さん……」
最後にわざとらしく強めに息を吹きかけて、ミユキはカーテンの外へと出て行った。