無意識ト幻覚ザイ①
イチョウの葉が黄色に染まりつつある午後の公園のベンチで、私はサンドウィッチをつまみながら文庫本に視線を落としていた。
まだまだ暑い今日、新発売だからとすすめられたエナジードリンクも飲んでみる。
水滴がしたたる缶はひんやりとしていて心地よい。だが、初めて知るそのドリンクの味は想像をはるか斜めに超えていた。
口中いっぱいに甘ったるさが広がり、私の目はすっかり覚めたようだった。
それからまた本に視線を戻すが、なんとなく集中が切れてしまった。顔を上げ正面を向くと、私はふぅと息を漏らす。
吹いてきた風が男の白髪のまじり始めた前髪を優しく揺らした。
その生暖かさを感じながら私はそっと目を閉じる。
「ねぇ、パパー! みてみて!!」
「おぉ、上手に描けているなぁ! ミユキ、パパにそっくりだ!」
隣のベンチに座る子供とその父親の声が楽しげに聞こえてくる。
「おい! お前!! 人の娘になにしてるんだ!! 俺がこの子の父親なんだぞ!! お前の顔に似ているわけがないだろ!!」
「何を言っているんだ!! お前こそ誰なんだ!? 急に現れて!! 俺がこの子の父親に決まってるだろ!! ミユキは俺の子だ!! 警察を呼ぶぞ!!」
ふいにもう一人、男性の声が叫びだした。
その声に、最初の父親の声が怒鳴り返している。
何事だろうと驚いた私は自然と目を開け、横のベンチに顔を向けた。
そこには黄色の帽子に水色のスモックを着た四、五才くらいの女の子がこちらに背を向けるようにして座っていて、さらにその奥の方に、背もたれをちゃんと背にして座る三十前後の男性がいる。
その座る男性の前に同じく三十前後の男性が立ち、座る方を見下ろしていた。
お互いににらみ合っている。座っている男性が叫ぶ。
「お前は誰なんだよ!! ミユキをさらおうってのか!? ふざけるな!!」
「お前こそ、なんでミユキと一緒にいるんだよ!! ちょっと目を離した隙に!! お前の方がミユキをさらったんだろうが!!」
立っている方の男がジダンダを踏む。
目を見張る私は警察に電話してやろうかとケータイを取り出したが、あれと思った。
この二人は、年は同じくらいかもしれないが見た目が全く違う。
ベンチに座る男性は白いシャツに黒いパンツ、髪もちょっと長めでオシャレなタイプだった。
しかし、ベンチの前に立つ男性は適当に、Tシャツとジーパンにサンダルを履いて、髪型にもこだわりはなさそうに見える。
こんなに違う二人なのに、黄色い帽子の女の子は父親を間違えたりするだろうか。
それに、この子はどうして黙っているのだろう。
大人の男二人が目の前で大声で怒鳴り合っているのだから、泣き出してもおかしくないだろうに。
一言も言わないどころか、静かすぎるではないか。