嘘つき彼女と本気の僕
さらっと流し読み出来る感じにまとめましたので箸休み的にどうぞ。
人の印象は突如180度変わることがある。
大好きな芸能人が政治ネタを口にするようになり大嫌いになったり、強面の男性が困っているお婆ちゃんを助ける姿を見かけて優しい人だと思えるようになったりと、それまでの印象とは違うものを見聞きした際にそれは起こるのだろう。
いわゆるギャップというやつだ。
高校二年生のある日の事、僕もそのギャップにより隣の席の女の子の印象ががらりと変わった。
「アタシと付き合えよ」
その女の子に強引に人気のない校舎裏へと連れてかれて、ぶっきらぼうに告白されたのだ。
「なーんてな。嘘だよう・そ。嘘告ってやつだよ。もしかして信じた? バッカじゃないの。アタシがあんたなんかと付き合いたいわけないじゃ…………な……」
嘘告。
人の気持ちを弄び、誰も幸せになれない最低の行為だ。
そんなことをするような人が居たら心から軽蔑する。
それが本当に嘘告ならばの話だけれど。
顔を真っ赤にして両手をバタバタさせて焦る彼女の様子は、誰がどう見ても恋する女の子だ。
しかも最後まで嘘をつきとおせずに台詞が尻すぼみになって俯いてしまう。
うん、可愛い。
嘘告という名の嘘。
嘘嘘告とでも言えば良いのだろうか。
告白しようと勇気を出したけれど、最後の最後でヘタレてしまい嘘だと言って逃げようとしてしまう。
その恥じらいが普段の強気な彼女の姿とは正反対であり、ドキリとさせられた。
だから僕はこう答えた。
「じゃあ僕は本告するね。僕と付き合って下さい」
「ひゃい!?」
人の心は本当に不思議なものだ。
ついさっきまでは彼女の事を少し怖がっていたのに、今ではもう愛おしさしか感じられない。
これまでの強気な態度が照れ隠しだったように思えて、胸がキュンとする。
「な、な、なにひって。おま、アタシなんか……」
「僕は本気で涼音さんが好きだから」
正確には、たった今好きになった。
「~~~~っ!」
「これで僕達は恋人同士だね。これからよろしくお願いします」
OKを貰えるとは思っていなかったのかもしれない。
彼女は僕の言葉に動揺し、混乱し、そして喜んだ。
もちろんそんなことを指摘したら誤魔化されるだろうし、恥ずかしすぎて付き合うのを頑なに断ろうとするかもしれない。
だから僕は強引に話を終わらせて恋人関係を始めようとした。
これが彼女の最初のデレデレムーブだった。
「あぁ、何見てんだよ」
「アタシのもんに触るな」
「話しかけんな、関わるな」
涼音さんはいつも不機嫌そうにしていて、誰に対しても刺々しい対応を取っていた。
そのせいで男子も女子も誰も近づかず、いつも一人でつまらなそうにしていた。
正直なところ僕も関わりたくは無かったけれど、隣の席だったので最低限の挨拶をしたり落とした消しゴムを拾ってあげたりとした。
結果は酷いものだった。
それでも『死ね』とか『消えろ』レベルの相手を罵倒する言葉は使わなかったし、物理的に手を出してくることも無かったから嫌いというわけではなかった。
ただ苦手なだけ。
いずれ席も変わり、クラスも変わり、卒業し、そういえばあんな子がいたなぁと想い出の中に残るかどうかといった女の子。
それが僕と涼音さんの関係だった。
あの時までは。
「オラ、こっちこいや!」
「クソ生意気な態度をとったことを後悔させてやる!」
「徹底的に躾してやるから覚悟しろ!」
街を歩いていたら、涼音さんが見るからにワルそうな三人の男達に連れ去られようとしていたのだ。
後で聞いた話だけれど、どうやらナンパしてきた男にいつものようにキツイ言葉を返したら逆上してしまったとのこと。
「いや……いや……」
その時の涼音さんは恐怖が顔に張り付いていて、いつもの強気な雰囲気は皆無だった。
その顔を見た僕の体は勝手に動き、まぁその、結構な大立ち回りを演じてしまったとだけ。
全てが終わった後、これがきっかけで涼音さんの態度が軟化してくれたら嬉しいなぁなんて期待したけれどそんなことは全然なかった。
「こっち見るなって言ってるだろ!」
むしろ語気が荒くなって、これまで以上に壁を感じられるようになってしまったのだ。
まさかそれが照れ隠しだったとは。
いわゆる王道のツンデレというやつではないか。
僕が涼音さんの嘘告にOKするのも当然だろう。
彼女の本心に気付いた時、『あ、これマジでヤバいやつだ』って思っちゃったもん。
「なぁ、帰りに何処か寄って……いや、なんでも」
「うん、行こう」
「なんでもねーって言ってるだろ!」
「放課後デートしたいんでしょ?」
「ち、ちげーよ! ええと、ほら、嘘だよばーか。また騙されてやんの」
「僕は本気でデートしたいから行こう」
「あ…………うん」
うん、だって。
しおらしい感じでうん、だってよ!
もうたまらん!
涼音さんは積極的なのかチキンなのか良く分からない。
告白の時もそうだったけれど、それ以降も自分から要望をあげるのに嘘だって誤魔化してしまう。
例えば僕が誕生日の時のこと。
「はい、コレ」
「くれるの?」
「ああ、誕生日だろ」
「覚えててくれたんだ。ありがとう!」
「ち、ちげーよ。ばーか、嘘だよ嘘。ほら返せよ返せ!」
「うん、涼音さんの誕生日に本気のプレゼントを返すね」
「あ…………うん」
例えばある日のお昼休みのこと。
「お前いっつもパンだな」
「親が忙しいから仕方ないんだよ」
「…………ならこれ食うか?」
「涼音さんの手作り弁当!?」
「ば、ばっかちげぇよ! おか……親が作ったやつだよ!」
「うん、ありがたく本気で味わうね。涼音さんの手作り弁当」
「ちげぇって言ってるだろ! あげるなんて嘘だよ嘘。返せ!」
「美味しい! 本気ですっごく美味しいよ!」
「お…………おう」
例えばある日のデートの帰り際。
「それじゃあまた学校で」
「…………」
「涼音さん?」
「~~~~っ!」
「え、ハグ!?」
「な、なな、な~んてな、嘘だよ嘘。ドキドキしたか?あ、あはは……」
「じゃあ僕は本気でハグするね」
「!?」
「涼音さん、好きです」
「ふわぁ」
みたいな感じでずっとイチャイチャしている。
最高の毎日だ。
何が最高って、涼音さんの嘘嘘に本気で返すと蕩けるような表情になるところだ。
しかし嘘の意味が分からなくなってきた。
嘘告とか嘘デートとか嘘弁当なら分かるよ。
でも嘘ハグってなにさ嘘ハグって。
ハグしてる時点で嘘じゃないじゃん。
あまりにも嬉しかったからいつもの流れで調子に乗って本気のハグするなんて言っちゃったけれど、そもそも嘘のハグって何だろうか。
涼音さんは照れたらとりあえず嘘って言えば良いと思っているのかもしれない。
その予想はどうやら間違っていなかったようだ。
「う、うう、嘘キスだからな!」
だから嘘キスってなんですか。
キスしたら嘘じゃないじゃん!
それに照れ屋なのかそうでないのかがやっぱり分からない。
だって自分からキスをしてきたんだよ。
そこまで勇気を出せるならそのまま最後まで頑張れば良いのに。
いやまぁ、ヘタレちゃうから可愛いんだけど。
でも流石に今回は指摘しないとまずい。
多分涼音さんは自分の行為の意味を分かって無いから。
「あの、涼音さん?」
「な、なんだよ」
僕の返事がいつもと違うことに少し不安げだ。
「とても嬉しいんだけど、嘘で良いの?」
「え?」
もちろんそれは『嘘じゃなくて本当だよね?』という意味では無い。
彼女の言葉や行動が嘘では無い事なんてお互いに分かっているからだ。
涼音さんとしては僕が誤解せずに受け止めてくれると信じて甘えているのだろう。
それはとても嬉しいし、これからも何度も甘えて欲しい。
でも僕は単に涼音さんの想いを受け止めるだけじゃなかった。
「本気で返しちゃうよ?」
涼音さんの言葉や行動以上のことを返すのがいつもの流れになっていたんだ。
つまり軽くキスをしてくれたなら、そしてそれが嘘だというのなら、本気のキスを返すことになる。
「~~~~っ!」
涼音さんは顔を更に真っ赤にして硬直した。
そんな無粋なことは言わずにやってしまえば良いだろうと思う人もいるかもしれない。
確かに今回のキスだけならそれでも良いかもしれない。
でも今のうちに言っておかないと大変なことになるし、涼音さんが本当は嫌だった時に言い出しにくくなると思うんだ。
例えば、ほら、アレする時とかさ。
だから止められるうちに言っておかなきゃって思ったんだ。
涼音さんが可愛すぎるからアレの時は絶対に止められないもん。
今だって暴走しそうなのを必死に抑えてるんだよ。
「い……いいよ!」
硬直が解けた涼音さんは、僕の言葉の意味を分かった上で答えてくれた。
そんなこと言われたら我慢なんて出来ない。
反射的に力いっぱい抱き締めて本気で答えてしまいそうになる。
その直前。
「アタシの想いは嘘じゃないから」
彼女のその微笑みにより、僕の理性は決壊した。
出会いからプロポーズまでを全部詳細に描いたら砂糖で世界が埋まりそう。
※描きません