表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

6




 終業式の日、先輩が自転車置き場で待っていた。「長尾、一緒に帰ろう」

「はい」

 答えたものの、わたしは自転車のロックを外しながら訊いた。

「先輩、方向逆ですよね」

「長尾がどんな道とおってたか、見てみたいから」

 動きを停めた。

 先輩は自分の自転車のロックを外す。


 わたし達は並んで、自転車をおして歩いた。

 学校からしばらく行くと、坂がある。学校から帰る時は上り坂だ。兄はその坂の直前の横断歩道ではねられた。

「長尾、走ってたんだよな」

「え?」

 赤信号で停まったわたし達は、お互いの顔を見た。先輩は驚いたみたいだったし、わたしもそんな顔をしていると思う。

 兄が走っていたなんて、知らなかった。

「走ってたって、どういうことですか」

「知らないのか?」

 頷く。

 先輩は気の毒げにいう。

「そっか……ごめん、余計なこといったかもしれない」

「あの、どういうことです?」

「いや……犯人が、そういってたんだって。長尾がとびだしてきたから、悪いんだって。避けられなかったって」


 兄が走っていようが、歩いていようが、悪いのはどう考えても信号を無視した車のほうだ。向かいのにコンビニがあって、そこの防犯カメラが、兄が信号をまもっていたことを証明した。だから兄に責任はない。なにも。

 両親がわたしにそのことを隠していた理由は、わかる気がする。犯人の言葉を聴かせたくなかった。そういうことだろう。

 でも、兄が走っていたのは知らなかったし、意味がわからない。

 だったらどうして、自転車をつかわなかったのだろう。急ぐのなら、ちょっと学校の裏手へいって自分の自転車をとってくることくらい、できた筈だ。

 もやもやしたものが胸にわだかまっている。




 夏休みがはじまって、わたしは午前中、図書館で課題をこなしていた。

 図書館は学校からは遠い。でもその日、ふっと思い立って、わたしは勉強を途中で切り上げると、学校へ向かった。

 用があるのは学校ではなくて、その近くのコンビニだ。防犯カメラが、兄の正当性を証明してくれた、あのコンビニ。

 コンビニの近くにははじめて行った。学校へ行く時は左側通行だから、コンビニは遠いし、帰りは上り坂になるので、坂を越えるまで自転車をおしている。だから、あちら側の路側帯はつかわない。

 コンビニは営業していたし、何故か箭内先輩が居た。「あ、長尾」

「先輩?」

 どうして居るんですか、と訊こうとして、先輩がコンビニの制服を着ていて、箒とちりとりを持っているのに気付いた。

「……バイトですか」

「うん」

 先輩はばつが悪そうだ。

「箭内くん」めがねの男性がレジカウンタの向こうからいう。「駐車場の掃除は?」

「あ、はい、店長。すぐにやります」

 先輩はそう答えて、すぐにコンビニを出る。わたしはガムをひとつ買って、それを追った。

 先輩は駐車場の掃除に精を出していた。わたしはガムを、先輩にさしだす。

「先輩、どうぞ。さしいれです」

「ああ、ありがと」

 先輩はガムを胸ポケットへしまう。

 わたしはやることがないので、鞄をその辺に置いて、ごみ拾いをした。不思議なことに、灰皿があるにもかかわらず、その近辺に吸い殻が沢山落ちている。手がぎりぎり届かなかったのだろうか。それとも、喫煙者はコントロールが異常に悪くなるのだろうか。




 三十分くらいすると、店長が出てきて、カップアイスをくれた。お手伝いのお礼だそうだ。

「あの、店長さん、あの防犯カメラなんですけど」

 左手でゆびさした。右手では、アイスがわたしの手の熱で徐々にやわらかくなっている。

「あの映像って……あの。どれくらい、保存するんですか」

「五年」

 店長が答えた数字は、予想よりもずっと長かった。

 わたしは絶句し、箭内先輩がいう。

「五年も残しておくんですか」

「会社の方針だから」

「じゃあ」唾をのんだ。「二年前の、交通事故の映像って、残ってるんですか」




 残っているらしい。ただし、コンビニチェーンの本社にだ。ここにはない。

 わたしがその交通事故で兄を亡くしていることを、先輩が説明した。店長は同情してくれた。でも、映像をすぐに見せることは不可能だそう。

 わたしは先輩と一緒に歩いていた。家まで送るといってくれたのだ。

「先輩、バイトするって、教えてくれませんでしたね」

「ごめん」

 わたしにはそんなことをいえる義理はないし、先輩にも謝罪する義務はない。

 先輩はけれど、しょんぼりしていた。

「ちょっとな。最近、あのコンビニ通ってたから、バイトしないっていわれて」

「あ」

 やっと気付いた。先輩がたまにくれていたお菓子も、スイーツも、多分コンビニで買っていたのだ。あれらは購買の袋にはいっていなかった。

 わたしが気付いたことを、先輩は察したみたいで、首をすくめた。

「……どうして、わざわざ、コンビニで買ってくれてたんですか」

「購買には、女の子が好きそうなの、ないから」

 答えのような答えでないようなことをいい、先輩はそれ以上語らなかった。

 わたしは足許を見て歩いた。兄の死を利用している、となじられたことを思い出した。そうかもしれないと思った。




 夏休み中、先輩はそのコンビニでバイトしていた。わたしはたまに、図書館の帰りにそこへ行って、お菓子やジュースを買い、先輩にさしいれた。

 コンビニは学校のすぐ傍なので、家や林の向こうに校舎が見えるのだが、改修工事はまだまだ続いているらしかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ