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入学式の朝、玄関で靴紐を結び、外へ出て桜のはなびらが落ちているのを見て、ああそういえばお兄ちゃんが学校の桜の木のことをいっていたっけ、と思い出した。
その時にどうしてそんなことをしたのか、わたしは玄関へ戻って、下駄箱の上に置いてあった兄の自転車のキーをとった。
兄は自転車通学していた。わたしも、自転車で通学する申請を出していた。
兄はあの日、どうしてだか自転車を学校へ置いて帰宅しようとしていたようで、だから兄は車にはねられたけれど自転車は学校の自転車置き場で無事だった。
その後、父母のどちらかが兄の自転車をひきとって帰り、倉庫へ仕舞いこんだ。誰ものらないけれど、父がたまに手入れし、わたしの入学の半年くらい前にタイアもかえていた。
わたしを車で学校へ送る予定だった父は、わたしが玄関で兄の自転車のキーを握りしめているのを見て、黙って倉庫まで行き、兄の自転車を出してくれた。
兄が生きていた頃に、兄の自転車にはのせてもらったことがあった。
兄は自転車にこだわりがあって、自転車屋さんでカスタマイズしたものにのっていたのだ。わたしにはサドルが高すぎたし、ペダルが軽すぎるような気がして、うまくのれなかった。兄はわたしを見てにっこり笑っていた。
でも、サドルは少し調整するだけですんだし、ペダルは記憶ほど軽くなかった。なんだか変な感じだった。
「お父さんは車で行くよ」
「うん」
わたしは頷いて、家の前の道路まで出た。「じゃあ、先に行くね」
父は玄関先でにっこり笑った。兄に似た笑顔で。
入学式の途中、先輩達の一部がざわついたり、数人、体育館から出ていったりしたのは、気付いていた。
わたしは、ほんの何年か前に兄もここに居たのだと考えていたと思う。もし、兄が死んでいなかったら、三年生の席に兄も居たのだ。
保護者席には父が居て、わたしを見ていた。
入学式が終わり、わたし達新入生はクラスごとに分けられた。わたしは担任の治田先生に誘導されて、教室へ行った。なにか説明されて、部活の案内のプリントを渡され、お開きになった。
同じクラスには、同じ中学校から進学した子が多かった。でも、同級になったことはない子がほとんどで、実質知り合いが居ない状態だった。
わたしはずっと黙っていた。もともと、口数の多いほうではないし、この教室は兄にゆかりがあるのだろうか、と考えていたから。
その日は何事もなく、わたしは家へ帰って、ささやかな入学祝いのパーティをした。