夢日記
はじめに
「夢日記」とは、自分が見た夢を毎日記録する行為、或いは記録されたメモなどのことを指す。一部ではこれを続けたものは精神がおかしくなり発狂する、鬱になる。といった都市伝説がまことしやかに囁かれている。夢日記を書く理由は「明晰夢」、夢を夢だと自覚しながら見る夢を見る為だとか。なんとも興味深い話だ。僕は都市伝説を見るのが好きだ。それを見て馬鹿馬鹿しい、くだらない、こじつけだと一蹴するのが好きだ。でもその中でこの夢日記に関しては、他の有象無象より現実味がずっとある内容だった。これに関してはある訳ないと一口には言えないだろう。そこで僕は夢日記を実際に書いてみることにした。これで噂の真相が分かるはずだ。果たして明晰夢を見ることは出来るのか、また発狂は実際に起こり得るのかを綴っていこうと思う。長々書くのも続かなそうなので取り敢えず一週間の期限を設けて書いてみようと思う。それで何も無ければ翌日以降も夢日記を書いていく計画を立て、僕は眠りについた。
一日目
三月三日
記念すべき夢日記一日目、今日見た夢はとてもメルヘンチックな夢だった。
僕は森の中を歩いていたのだが、突然開けた場所に出た。するとそこには一軒のお菓子で出来た家が建っていた。外壁は殆どクッキーで出来ているようで、窓と窓枠に飴とチョコレートがそれぞれ用いられている。近くに立っているだけで甘い香りが漂ってくる。
僕は特に理由があった訳では無いが中に入ってみることにした。思えば夢の中では何であんなことをしたのだろう。
板チョコを模した、というかそのものの扉を開け中に入ると非常にカラフルな内装が僕をもてなした。エクレアのソファーにマシュマロのクッション。かと思えば絨毯は酢昆布で、床は煎餅で出来ている。和洋折衷なお菓子のとりどりに思わず息を飲んでしまう。
少し周りを見ると二階へと続く階段を見つけた。その階段はゼリーで出来ていてとても登りにくそうな印象を覚える。また好奇心を抑えられなかった僕は二階へと足を進めた。階段は予見通りツルツルして滑りそうになるし踏んだ感触もプルプルしていて落ち着かない。手すりに掴まろうにも、飴でできているのかベトベトしてて正直触りたくない。
上り辛いながらもなんとか二階に上がると正面と左にそれぞれクッキーの扉があった。僕はひとまず正面の扉を開いた。その先にあったのはなんてことは無い一般的なただのトイレだった。勿論、トイレとはいえ全てお菓子でできている。そのため室内はトイレだというのに甘い香りに包まれていて変な感じだ。特に用を足す訳でもないので直ぐにその場を後にする。前の扉に何も無かったということはもうひとつの扉に何かある可能性は高い。
左の扉のノブに手をかけようとした途端、部屋の中から何かが飛び出してきた。速すぎて何かは見えなかったが、その勢いに押され僕は思わずよろめいてしまった。場所は階段を上がりきった所。勿論、よろめいたら後ろに倒れるわけで。俺は走馬灯的に昔階段から落ちた時のことを思い出した。その回想が終わるが早いか後頭部に柔らかい感触があった。そのままプルンプルンと跳ね煎餅の床に叩きつけられた所で目を覚ました。起きたところで意識が覚醒しだし思い出した。そうだ階段はゼリーなんだから怪我の仕様が無いんだ。その時はそのまま寝ぼけ眼で起きて行った。
二日目
三月四日
僕は昨日の夢日記で学んだことがある。あんなに長い内容を毎日書いたら死んでしまう。という事で、今日からはなるべくコンパクトに纏めようと思う。まあ、今日は特に書くこともないんだけど。
この日は単純に部活で練習試合をする夢を見た。僕は演劇部に所属しているのだが、いつもやってる練習をただやるだけのつまらない夢だ。いや、練習自体は楽しいのだが内容が日常すぎて夢特有の非日常感や不可思議さが微塵もなかった。強いて言うなら引退した先輩も居て久しぶりに一緒に練習したことくらいか。でもそれだけだ。昨日の夢がメルヘンチックで不可思議だったから今日も期待していたが高望みしすぎたようだ。
そうそう、昨日の夢と言えば思い出したことがある。昨日は三月三日、つまりひな祭りだ。その日は僕の6歳になる妹の成長が盛大に祝われていたのだが、その時妹が「将来大きなお菓子の家に住みたい」と言っていたことを思い出した。もしかするとそれが関係するのか? まあ、それはこの先わかるだろう。明日見る夢は期待したい。
三日目
三月五日
今日はゲームの世界に入る夢を見た。今流行りのスマホで出来る育成ゲームだ。今日、三月五日はそのゲーム
に出てくるあるキャラクターの誕生日なのだが、僕はそのキャラクターが大好き、俗に言う「推し」なのである。僕が最初に手に入れた最高レアリティのキャラだということもあるが僕にドンピシャりと刺さったのだ。おっといけない、こんな話は割愛しなければ。
ともあれ、僕はそのゲームに入りそのキャラクターの誕生日を祝っていた。他にもキャラクターがいたはずだが覚えていない。その誕生日の娘しか眼中になかったのかもしれない。お祝いのパーティーもそこそこにプレゼントをあげる時間になった。周りの娘達がプレゼントを渡していく中、最後に僕の番になった。プレゼントなんて用意した覚えはないが何故だかどこからともなくプレゼントを取り出しそのキャラクターに渡した。するとそのキャラクターは大層嬉しそうな様子で、僕も渡してよかったなと思える笑顔だった。
四日目
三月六日
最近夢を見るのが楽しい。夢日記を書いてるお陰か最近起きた時に夢を鮮明に覚えてることが多い。これはうたた寝にも言えることだ。授業中や宿題中の居眠りから目が覚めた時でも夢を覚えてることが増えてきた。これは明晰夢を見るためのいい兆候なのだろうか。少し話が脱線した。話を戻そう。
今日は不思議な夢を見た。いや、今日もと言うべきか。夢はそもそも大概不思議だし。とはいえ今日の夢は特に不思議だった。気がつくと私はビルの非常階段を駆け上がっていた。止まることなく延々と。その時僕の意識には「悪の組織に追われている」という事が瞭然と判った。別に姿を見たわけでも何か聞いた訳でもないがそうだと確信していたし、実際そうだった。これも夢だからだろう。
しばらく登ると今度は屋上に出たのだがそこで私はスナイパーに狙い撃ちされた。正しくは当たってないのだが、私の足元を掠めた。途端に自分が周りに障害物のない平地――屋上――に居ることに気づき慌てて階段を駆け下りた。
階段を下りた先は酷く廃れた場所で中央に焚き火が燃えており、それをぐるりと囲むようにして家が連立している環村だった。天気は曇ってるのか晴れてるのだか分からない雲量だが、辺りは薄暗く砂塵に巻き込まれたかのように視界は悪い。僕は丁度いいやと思い廃屋の一つに身を隠した。家に入り扉を閉めた瞬間急に外が暗くなった。何事か分からず狼狽しているとと、家の窓から暗くなった外が仄かに明るくなっているのが見えた。気になって外を見てみると中央にあった焚き火が大きな篝火となって激しく燃え盛っていた。そして、それを囲むようにして十人か二十人か、ハッキリとはしないが兎に角大勢がその火を囲んで土下座のような姿勢をとっていた。よく聞いてみると何か呪文のようなものを唱えている。僕は怖くなって堪らずその場から逃げ出した。この頃になると悪の組織の事なんて露ほども頭に残っていなかった。
僕は走った。とにかく走った。どこまでもどこまでも。やがて彼の村の牧人の様な終わりのない走りは最早感覚というものを失くし、「無」そのものの様な印象さえ覚えるような逃避行となった。
「無」という意識が続いてどれくらい経ったか分からないある時突然意識が再び覚醒した。いつの間にか自分の通う高校にまで戻ったらしい。相変わらず辺りは薄暗く視界は悪い。僕は何を考えるでもなく高校へ歩いていった。玄関に近付くとその扉が開いている事がわかった。僕はいつも登校するように自分の教室まで登る。階段の途中、三階辺りまで来たところでけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。慌てて外に飛び出してみると後から数人の生徒がチラホラと出てきだした。その内の一人が快哉に叫んだ。
「洪水だ! 急いで逃げろ!」
その一言を合図に校庭に出ていた全員が蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。ある者は校舎内へ、ある者は学校の外へ、またある者は錯乱しているのか穴を掘り出している。僕も急いで逃げようとすると、先程洪水を叫んだ生徒が僕の腕を掴んだ。驚き振り返ると彼は僕に「あの洪水を止めてくれ。あの丘の上にタンクがある。そこの栓を閉めればきっと止まるはずだ。頼んだぞ」とだけ言い残しそさくさと校舎へと消えていった。残された僕は何が何だか分からなかったが兎に角丘へと足を進めた。
丘まで残り半分を過ぎたあたりで足元に水の感触があった。水位は段々と上がりくるぶし、ふくらはぎ、膝とどんどん上がりタンクの辺り着いた頃には腰ほどの高さまで水位は上がっていた。これはまずい、急がねばと思い水を掻き分けタンクの栓を閉める。すると水位はみるみるうちに減っていき地面にいくつかの水たまりを残すまでに減った。僕はまた走って学校へと戻った。
学校に着くと校舎もそのほかの建物も全てぐっしょりと濡れており、被害がこれほど大きかったんだと理解した。校舎へ入ると満身創痍となり転がってる人がそこかしこに居て、その中に僕に話しかけたあの生徒も紛れといた。駆け寄るとその生徒が突然震えだし、それと同調するように倒れていた他の生徒も同様に震えだした。最初に震え出したあの生徒が唸り声を出したと思うといきなり僕に襲いかかった。僕は堪らず押し返すと彼は壁に背中を強く打ち付けた。にもかかわらず怯むことなく再び僕に襲いかかる。僕は今日何度目か分からない逃避行を走った。その道中で他の生徒が襲われているのを見かけたが助ける勇気はとてもじゃないが持ち合わせていない。走りながら思い返すとふと気が付いた。あれはもしかして「ゾンビ」だったのでは。
そこまで考えた所で目が覚めた。どうだろう。訳の分からない夢だったと思う。人は寝てる間に百個も夢を見ると聞いたことがある。だからなのか? なんにせよ夢日記もあと三日で終わりだ。折り返しも過ぎたのでどんどん書いていこうと思う。
五日目
三月八日
日付けがズレてるのは僕が狂いだしたからでは無い。昨日は夢を見なかったのだ。正しく言うと夢を覚えていないから書けなかった。これは仕方が無いと許し欲しい。
今日見た夢は不気味な夢だった。僕は霧が立ち込める森の中にいた。中央に沼がありそれを木々が囲むようにしている。ここの異質さは奥まで木々が広がる大きな森かと思いきや、少し歩くと壁が現れる極わずかな閉鎖空間となっていた。僕はその四角い空間の角の一角、鳥居に囲まれた厳かな空間にいる。どうやら一緒にいる白服の男によると「現実世界でこの鳥居をくぐると異世界へ行く、その異世界にはおひいな様と呼ばれる頭の部分に模様がある、白ずくめで包帯のようなもので体を巻いた白ずくめの人型生物が二人存在し、空間内に侵入した人間を執拗に追いかける。捕まると包帯で全身を巻かれ生贄として吊るされる。この生物は対象を執拗に追いかけるが、入ってきた場所、つまりこの鳥居は一種の聖域のような場所となっており雪隠大社と言う」と早口でまくし立てられた。何を言ってるんだかよく分からないがともかくついて行くことにした。鳥居から一歩出ると空気の冷えた感触が肌につたわりゾワッとする。白服と一緒に歩いていると茂みが揺れ中から全身に包帯を巻いた何かが出てきた。それを見た白服は「逃げろ」と言うと最初の鳥居に向かって走り出した。それに合わせて僕も逃げる。後ろを見ると不気味な動きで奴が追ってきている。白服は軽快な動きで僕の前を行きどんどん距離を離していく。鳥居が見え始めた所で安堵したのか白服がこちらを振り返る。その刹那、白服の近くにある茂みからもう一人の包帯の怪物が現れた。背後を取られた白服はソイツに捕まってしまった。すると今まで僕を追いかけていた怪物も僕から離れ白服の方へ向かっていった。そのお陰で僕は鳥居に入ることが出来た。聖地となっている鳥居へ入り振り返ると既に包帯でぐるぐる巻きにされた何かが蠢いている横で、包帯の怪物が僕を恨めしそうに見てる。ここに入れないのは確からしい。鳴り止まない心臓を抑えながら帰還しようとしたところで、僕は後ろから何者かにドンと押された。飛ばされた僕は聖地から抜け怪物共の足元に転がった。見上げると模様の着いた顔は気色の悪い笑みを浮かべ僕をみるみるうちに包帯で巻いていく。助けを求めようと白服だった塊をみると最早動きすらしていない。僕は視界を包帯で塞がれる前に鳥居の方を見た。そこには僕を突き飛ばした奴が居た。僕はかすれるような一言を呟いた。
「お前は――」
七日目
三月八日
今日見た夢は――――――――――――――――――――――――
今日は寝苦しい。体に重いものが乗っかてるみたいだ。暑い。息苦しい。体が動かない。目が開かない。苦しい。誰か助けて。これはなんて、悪夢だ。