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山本文緒氏のおすすめ小説

作者: 近江えいる

 山本文緒氏が亡くなられました。

 私は氏の作品がとても好きです。もう新作が読めないのだと思うと、ほんとうに悲しい。


 読んだことのない方にもぜひ、山本氏の作品を読んでいただきたいです。



 以下の小説について紹介します。

 タイトルの後ろの丸ガッコは初版年です。



【短編集】

ブラック・ティー(1995)

ファースト・プライオリティー(2002)


【長編】

ブルーもしくはブルー(1992)



 以降、作品内容についてのネタバレを含みます。


 私は「おもしろい作品はネタバレしていてもおもしろい」と思う人間なのでネタバレ平気派です。

 ですがネタバレ上等派の私でさえ、前知識を持たずに作品を味わう幸福を知っています。

 ですので、初読を楽しみたい、という方は、ここでブラウザバックしてくださいませ。


 初読を楽しみたい、という方は、ここでブラウザバックしてくださいませ。

(大事なことなので2回言いました)



   ◇



   ◇



   ◇



【短編集】


 まずは短編集から紹介します。

 山本氏の短編が、私はとくに好きです。



■ブラック・ティー(1995)


収録作品:ブラック・ティー / 百年の恋 / 寿 / ママ・ドント・クライ / 少女趣味 / 誘拐犯 / 夏風邪 / ニワトリ / 留守番電話 / 水商売


 テーマは「罪」。10編収録。


 表題作『ブラック・ティー』の主人公は、「山手線に乗ること」を仕事にしています。運転士や車掌ではありません、乗客です。彼女はその日のアガリを得るまで、何周でも山手線を回ることを日常としています。


 彼女の仕事はなにか。泥棒です。


 山手線に乗っていると、乗客が網棚に荷物を置き、そのまま置き忘れて降車していくことがあります。

 彼女は同じ車両の乗客が荷物を網棚に忘れていくさまを見届けて、その荷物を見守りつつ電車に乗り続けます。


 そして、まわりの乗客にひとりも「網棚に荷物を忘れていった客がいること」を知っている人が居なくなった頃あいを見はからって、彼女は、網棚の忘れ物がさも自分の持ち物であるかのような顔をして、その荷物を持って電車を降ります。置き引きです。

 降車後は盗んだ荷物を探り、その中から現金を抜き取ります。


 こうやって得た現金で、彼女は生活をしているのです。



 こういうふうに暮らしている人、現実に居てもおかしくはない気がしませんか?

(世の中がだいぶキャッシュレス化し、防犯カメラが増え、スマホやSNSが普及した現代においては、難しいかもしれませんが)


 ちなみにタイトルの「ブラック・ティー」とは、バラの品種名です。紅茶のようなやや暗い色のバラで、業界人に好まれるのだとか。

 この作品においてはこの「ブラック・ティー」が、物語におけるキーアイテムとなっています。



 この短編集『ブラック・ティー』には、窃盗、ストーカー、といったガチの犯罪をはじめとして、あらゆる「罪」にまつわる物語が綴られています。

 悪いと知っていてもついつい犯してしまう軽犯罪(立ちションなど)、悪意はなかったのに不注意で犯してしまった取り返しのつかない罪、裏切り者に対する復讐、など。

 いずれの「罪」も犯罪小説のような重いものではなく、私たちがふつうに生活していて、この登場人物と同じ立場だったらつい犯してしまうかもしれない、そういう日常性が感じられます。


 私がとくに好きな作品は、おおざっぱで忘れっぽい借りパク常習犯が主人公の『ニワトリ』、長年の恋人を捨てて東大卒のエリートと結婚する軽薄な女性が主人公の『寿』です。




■ファースト・プライオリティー(2002)


収録作品:偏屈 / 車 / 夫婦 / 処女 / 嗜好品 / 社畜 / うさぎ男 / ゲーム / 息子 / 薬 / 旅 / バンド / 庭 / 冒険 / 初恋 / 燗 / ジンクス / 禁欲 / 空 / ボランティア / チャンネル権 / 手紙 / 安心 / 更年期 / カラオケ / お城 / 当事者 / ホスト / 銭湯 / 三十一歳 / 小説


 テーマは書名のとおり「ファースト・プライオリティー」。31編収録。


 いずれの物語も、31歳の女性が主人公です。

 収録作品が31編というのは、今回数えてみて初めて気づきました(気づくの遅い)。凝っているなあ。

 1冊に31編が収録されているので、1編あたり数ページと短いのも特徴です。


 各編のタイトルが端的に、その物語の主人公の「ファースト・プライオリティー」を表しています(例外もあります)。

 『初恋』の主人公は「初恋」を、『空』の主人公は「空」を、生きていくうえでもっとも大切にしています。


 この、「人生でもっとも大切なもの」というのはやっかいで、「比較検討した上でAよりBを重んずる」というような合理的判断のすえに選択されたものではありません。

 「どうしようもなくこれが大切! 理由を考えたり説明したりする必要なんてない、これが私の生きる意味」という理不尽な神のような存在で、実際、「ファースト・プライオリティー」を重んじた結果、登場人物たちの人生は、いわゆる平穏からは少しだけ離れてしまっていたりします。

 でもそれでいいのです。それがいいのです。


 私がとくに好きな作品は『禁欲』『庭』です。




【長編】


■ブルーもしくはブルー(1992)


 もしあのとき違う選択をしていたら、いまごろ自分の人生はどうなっていたのだろう。

 そう思ったときに、存在しないはずの「異なる選択をした人生を歩んだ私」と出会う物語、それが『ブルーもしくはブルー』です。


 広告代理店勤務の佐々木と結婚し、東京で暮らしている蒼子(蒼子A)は、自由気ままな毎日を送っているけれど、夫とは会話がなく、夫婦ともに不倫をしています。

 蒼子Aは旅行した際に福岡で、河見蒼子(蒼子B)という女性と出会います。蒼子Bは、名前が同じなら外見も蒼子Aにそっくりで、蒼子Aのかつての恋人、料理人の河見と結婚しています。

 ふたりは自分たちがもともとは同一人物で、相手が「自分とは異なる選択をしたもうひとりの自分」=ドッペルゲンガーであることに気づきます。


 現在の生活にある種の倦怠感を覚えていて、もうひとりの自分をうらやましく感じた蒼子Aは、互いの人生を一時的に交換してみることを蒼子Bに提案します。

 そして、ふたりは入れ替わって生活することを始めます。


 はじめは河見蒼子(蒼子B)としての生活を楽しんでいた蒼子Aですが、暮らしをともにしてゆくうちに蒼子Bの夫・河見が理想の男性などではなかったことに気づきます。

 また、佐々木蒼子(蒼子A)となった蒼子Bが、蒼子Aが想定していなかったような勝手な行動を取りはじめ……というふうに物語が進んでいきます。


 設定はファンタジーですが、読んでいるとまるでドッペルゲンガーが現実に存在するかのように思えてしまうほどに、心理描写がリアルです。

 理想がこわれるつらさや、自分という存在を脅かされる恐怖がひしひしと感じられます。



   ◇



 長編作品についてもう少し。


 山本文緒氏の最高傑作は『恋愛中毒』(1998) だと思います。

 代表作を読みたい、という方には『恋愛中毒』をおすすめします。


 ちなみに、私が個人的にもっとも好きなのは(選びがたいですが、あえて選ぶなら)『眠れるラプンツェル』(1995) です。



   ◇



 もっとたくさん紹介したかったのですが、意外と長くなってしまったのでここまでにします。

 お読みくださいまして、ありがとうございました!


 ぜひぜひ、書店や図書館で山本文緒氏の本を手にとってみてください!

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