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第四章

カイドと想いが通じ合ったルーティエは、人間達が目を丸くし心を奪われるほど、輝きに満ち溢れていた。

人間達への布教活動や交流、カイドの森からの移動取消請求、その他すべてに有り余るエネルギーを注いだ。

特に、夜には必ず森へ、カイドの元へと帰り、他愛ない話しをしたり触れ合いを重ねたりした。

一度だけでもカイドと共に人間の村へ行きたいと望んだが、クルツィクのせいでこの森から出られないのを知ると本当に悔しく、またカイド自身も森から出るつもりはなく、人間を信用してはいないと言われた。

その時の表情が今でも胸に残り、二度とその話しはしなかった。


(まだまだ、私の知らない、たくさんのことがあったんだ・・・・・・・)


「どうした、ルーティエ?」


会話を中断し、急に黙ってしまったルーティエの顔を心配そうに覗きこむカイドに驚き思わず後ろに飛び下がるルーティエ。思わす後頭部を木にぶつける。


「・・・今、すごい音が」


「大丈夫!ちょっと考えごとしてただけ!どうやったら説得できるかなって!」


「・・・俺は説得できなくても良いけど」


「カイドが良くても、私が嫌なの。絶対に説得してみせる!」


今日は人間から貰った焼菓子マフィンを片手に、地面に座り会話を楽しんでいた。

もう片方の手で拳を握り締め、天に向かって咆えるルーティエに少し引き気味になりながらも、それ以上彼女の想いを否定しなかった。

落ち着いたルーティエは、カイドのすぐ側に腰掛け彼の肩に頭を預けた。

カイドは黙って受け入れると、視線を遠方へと移した。


「・・・・・ルーティエ」


「なーに?」


「・・・・・・・・・・呼んだだけ」


「何それ」


苦笑するルーティエ。その笑みを一瞥すると、カイドは内心溜息を吐いた。


(あんまり、近づかないで欲しい・・・・・)


ルーティエと想いが通じ、数週間が経ったカイドは、ある問題に頭を悩ませていた。

それは、ルーティエの距離が近すぎる――――――――――。

数週間前は一定の距離を保っていたのに、段々と、段々と、距離が詰められている。

無意識なのか、意図してなのか、どちらにしてもカイドはこの状況に悶々とする日々を過ごしていた。






一方のルーティエは、意図しての行動を取っていた。

あの日から人間の村での女子会に参加する機会も増え、様々な講義を受けてきた。その中には恥ずかしさで身もだえるモノもあったが、それ以上に大切なことで特別なことだと、女性達は口を揃えて教えてくれたが、少し鼻息が荒く見えたのは何故だろう?



カイドが自分を気遣って、優しくしてくれる日々はとても嬉しい。

でも、それで物足りなくなっているのは事実。

だから・・・・・・・


(今度は私の番!)


カイドから頭を離すと意を決し勢いよく立ち上がる。

カイドの膝の上に座ると向かい合い、彼の両肩に手を置く。

しばらく見つめ合うふたり。

カイドは息を呑むと、視線を逸らす。


「どうした?体調が悪い・・・!」


突然、ルーティエの唇で、唇を塞がれてしまう。

しかもそれは普段の優しいモノとはまるで違い、激しさを増し、唇だけではなく首筋へと降りていく。

カイドは両目を見開き、思わずルーティエの身体を押しのける。


「!!・・・・いきなり・・・何だ?」


ルーティエは顔を真っ赤に染めながらも、逃げずに笑い、カイドの両頬を思い切り掴む。


「痛っ!何するんだ!」


「前にカイドが私にしようとしたことをしてるの!」


「・・・・・・・は?」


「人間達が教えてくれたの・・・・・人間は想い合っている者同士は身体を重ねるって。だから・・・私・・・人間じゃ、ないけど・・・・その、やってみようか、な、と・・・・・思って」


言いながら羞恥心が芽生えてきたルーティエの歯切れは悪くなり、視線が四方八方へと泳ぎだす。


「・・・・天使の私には、その・・・・必要ないけど・・・・正直、良く、分からないけど・・・・・カイドが大切だから・・・・・・・・あー、でもなんか恥ずかしい!!」


顔を両手で隠すルーティエに対し、どこをどう突っ込むべきなのか、開いた口が塞がらないカイドはとりあえず溜め息を吐くと頭を掻く。


(絶対理解してないだろう!)


でも、我慢していたのにも関わらず、許可が降りたのだから、チャンスを逃しはしない。


(人間、ありがとう・・・・!!)


眼前に座る小悪魔な天使の両手を掴み、ゆっくりと顔を覗いた。

そして最後の忠告をする。


「・・・・・本当に、良いんだな?」


拒否すればまだ止めることもできるが、そんな心配は不要だった。


「・・・・・カイドは・・・嫌なの・・・?」


上目遣いで煽られ、カイドの脳裏からすべての感情が吹っ飛んだ。

ルーティエの両腕を掴むと地面へと押し倒す。

散々強気な発言を続けていたルーティエの瞳が揺れながら、自分を見下ろすカイドをしっかりと捉えていた。

彼は硬い声で告げた。


「泣いて叫んで俺を嫌っても、止まらないからな」


真剣な面持ちに圧倒されながら、一度大きく縦に頷いた。


「・・・・・・私、何かした方が良い?」


更に追い打ちをかけてくるルーティエに、カイドは小さく笑った。


「何もしなくて・・・・・・いや、そうだな。今まで見たことないルーティエの表情が見れたら、嬉しい」


「?」


最後は意地悪な笑みを浮かべ、ルーティエに口づけの雨を降らすカイド。

ルーティエが彼の言葉の意味を知るのは、少し後のこと―――――――。

夜は深みを増し、森の動物達はいつものように健やかに寝息をたてている。

唯、聞いたことのない「声」が森に響き渡ったような気がしたが、些細なモノで、不快なモノではなかった。



その日、カイドの望みは成就され、眠るのがもったいないと心底思いながら、久しぶりに幸福な眠りに就いた。






頬に陽の光を感じ、カイドはゆっくりと両目を開ける。

僅か数㎝の距離に、小さく寝息をたてるルーティエがいた。


(・・・・・よく眠ってる)


その愛らしい姿に笑みを零すと上体を起こし、彼女の服をそっと身体にかけた。脱ぎ散らかした自分の衣服を手にすると川に向かい、身体を洗った。

ルーティエの温もりや匂いが消えてしまうのが、些か躊躇われたが、次もあるだろうと勝手に思い、汗を流した。

まさかルーティエが受け入れてくれるとは夢にも思わず、カイドの顔は起きた時から緩みっぱなしだ。

衣服を着用すると、森を散策し始めた。


(身体が痛いだろうから、薬草と木の実でも取って戻るか)






「・・・・ん、んん・・・・」


カイドが森を散策している頃、ルーティエは微睡みの中から目を覚ました。

身体がとても気怠かったが、不快ではなかった。


(・・・・・わたし、何して・・・・・)


記憶を呼び戻しながら、起き上がろうとすると、身体に痛みが奔った。


「っつ!」


初めて受ける衝撃に、その場に倒れ込む。

しかし、その痛みが記憶を完全に戻し、ルーティエの頭上からは湯気が出てきそうなほど、全身が赤く、熱くなっていた。


(・・・・昨日は、カイドと・・・・・)


昨夜から明け方にかけてのことが鮮明に思い出されていく。

後悔や嫌悪はなく、喜びで満たされていると感じる。


(すごく身体が痛いけど、でも途中から・・・・・・)


恥ずかしさから身体を丸め、ゆでだこ状態のルーティエ。

ふとカイドの姿を探し周囲を見渡すが、見当たらない。


(・・・・・カイドは痛くなかったのかな?)


心地良さのあまりこのまま眠っていても良かったが、カイドと一緒にいたくて、彼を探すために辛い身体を起こし、衣服を持って川の方へと足を進めた。






収穫した木の実などを大葉で包み、ルーティエの元へ戻ろうとしたが、気づけば眼前には両親が眠る湖が広がっていた。

穏やかな気持ちで湖に立つ日が来ることを喜びながら魅入っていると、気配を感じた。

それがルーティエのモノではないと分かり慎重に振り返ると、ひとりの小さな天使がいた。

初めて見る天使にカイドの眉間に皺が寄る。


「この森に何か用か?それとも迷って・・・・・!」


カイドの声を拒絶するように、小さな天使がカイド目掛けて飛び込んできた。

その手には短剣が握られているが殺意はない。

まるで感情のない人形だ。


(初めて見る天使だっていうのに・・・・・俺を悪魔だと思っているのか?)


攻撃を避けながら、無表情で襲いかかってくる小さな天使。

隙を見て気絶させようと思い、行動に移そうとした時、視界にクルツィクの姿があった。

鳥肌が立つほど歪んだ笑みを見せる。


「さぁ、彼を殺しなさい!」


「はい、クルツィク様」


小さな天使は攻撃の手を休めることなく、カイドを攻撃し続ける。それをかわしながら、カイドはクルツィクを睨みつけるが、彼にはまったく効いていない。


「クルツィク・・・お前・・・・・!」


「彼は悪魔です。悪魔は我々天使を脅かし傷つける者です。悪に鉄槌を下し、神様からお褒めのお言葉を授かるのです」


「はい」


「やめろ!お前はクルツィクに騙されている!天使が天使を」


「悪魔の囁きに耳を傾ける必要はありません。さぁ、殺すのです!」


「はい」


恐らく誕生したばかりの天使で、真っ白な精神を持ったままなのだろう。

同族が善、異族が悪との固定概念をクルツィクに植えつけられてしまった。

これを覆すのは、悪魔と思われている自分では不可能だ。

小さな天使に同情しながら、クルツィクの狡猾さに吐気がした。


(自分の手を汚さずに・・・・・自分を守るために・・・・・!)


「カイド!?」


悲鳴の声の先には、ルーティエがいた。

身体が辛く飛ぶ力もないのだろう、歩いてここまで来た彼女を思うと、不謹慎ながら笑顔になってしまう。

できることなら、すべてが終わるまで、覚悟が果たされるまで、あのまま眠っていて欲しかったと思う。


「ルーティエ、この天使を頼む!」


「え?」


カイドは小さな天使を気絶させると、ルーティエへと投げた。辛うじて抱き止めることができ、胸を撫で下ろしたのも束の間、カイドへと視線を移すと、彼は湖に両手をつけていた。


(父さん、母さん、ごめん。俺、あいつを殺す)


主の想いに答えて湖が輝き出す。

カイドの思い出を守り包み込んでいた湖は一つの柱となり、一気にカイドへと降り注ぐ。


「これ、は・・・・」


クルツィクから笑みが消え、呆然とカイドを見つめている。

それはルーティエも同じだった。

一体何が起きているのか理解できないでいたが、カイドが”聖力”を取り戻したのだけは、全身で感じた。

カイドは一つ息を吐くと、一瞬にしてクルツィクに詰めより、力の限り彼を殴り飛ばした。


「がぁっ!!」


クルツィクの身体は遥か後方へと吹っ飛び、何本もの木がなぎ倒されていく。止めを刺すため、カイドはクルツィクの後を追おうとする。


「カイド!」


驚愕で身体が震えながらも、必死に呼び止めるルーティエ。


「ダメよ!間違ってクルツィク様を滅したりしたら・・・・・あなただって・・・!」


最悪の結果を想像する自分を否定して欲しくて、カイドを呼び止めた。

彼は穢れをしらない無垢な子供のように無邪気に笑う。


「分かってる・・・・・だけど、ごめん。もうこれで終わりにしたい」


「カイド!!」


ルーティエの静止も聞かず、彼女を残し去って行く。

彼は全部理解したうえで、納得したうえで、覚悟を持ってクルツィクの後を追った。

天使が天使を殺せば、天使を殺した天使も死ぬ―――――――。

これは、同族殺しを嘆いた神が定めた、天使にだけ通用する神の裁きだ。






カイドがクルツィク達に何をされても抗わなかったのは、自分が罪の子だと思っていたからだ。両親がいなくなり、自分を守る者がいなくなり、洗脳の如く毎日言われ続け、それがいつしか、本当かもしれないと思うようになっていった。

成長し、洗脳も幾分薄らいではいたが、払拭されたわけではなく、また、調整という名の暴力も自分が我慢すれば問題はないと諦めていた。

しかし、クルツィクは自分のために全く関係のない天使を巻き込んだ。

クルツィクを滅せなければ、今度は他の天使を巻き込む可能性がある。そしてそれは最悪、ルーティエに及ぶ可能性も、決して皆無ではない。


(そんなことになったら俺は・・・・・!)


カイドに殴り飛ばされたクルツィクはよろめきながら立ち上がると、視界にカイドの姿が見えた。慌てて空へと逃げようとしたが、一気に距離を詰められ、彼に足を掴まれると地面に叩きつけられた。


「ぐぁ!!」


初めて味わう肉体の痛みの連続、クルツィクは涙を流しながら嗚咽をもらす。普段の彼では見ることのできない無残な姿だった。


(なぜ、私がこんな目に・・・!まがい者のくせに!)


冷酷な眼差しで自分を見下ろすカイドに恨めしい視線を放つが、彼の身体に違和感を覚え、理由が分かると勝ち誇ったように笑う。


「愚かですね」


「?」


「自分の身体を見てみなさい。”聖力”に身体が耐えきれていません」


カイドの手や足、身体の至る所から体内に亀裂が入り出血している。

今はまだ致命傷となってはいないが、このまま”聖力”を使い続ければ間違いなく死ぬ。

カイドの浅はかさに冷ややかな笑みを零すクルツィクだが、そんなこと(・・・・・)、カイトにはどうでも良かった。

カイドにとって重要なのはクルツィクを殺すこと、その一点のみだった。

クルツィクの首を片手で掴むと持ち上げる。


「な、に・・・を!放せ!・・・”聖力”を、使い続ければ」


「うるさい」


「!」


手足をバタつかせ抵抗するが、カイドの一喝で押し黙る。


「大人しく最後も惨めに死ね」


「貴様・・・・ぁ!」


もう片方の手でクルツィクの額から核を取りだすと器の身体は投げ棄て、核を握り潰そうとした。


”本当にいいのかい?”


「!?」


突然、頭の中に声が響いた。

周囲を見渡すが、誰もいない。

彼は天を仰ぎ、頭に直接(・・)響いた声を思う。


(・・・・・最後の最期に声をかけてくるか)


頭に響いた声は微かだが記憶に残っている。

干渉はしないが、存在は誇示したいのか、カイドは不貞腐れながらも微笑する。


「当たり前だ」


答えと同時に一気に手の力を強め、核を粉々に握り潰す。

核は粉となり風にのって消えた。

カイドの身体が足元から消えていく。


(やっぱり半分人間でもダメか)


覚悟はしていたが、淡い期待は霧散に消えた。

目を閉じ最期の時を迎える。


「カイド!」


「・・・・・ルーティエ」


息を切らしたルーティエが現れると、急いでカイドの元へ駆け寄り、傷だらけの身体と消えいく身体に涙し、彼の身体を繋ぎとめるように抱き締める。


「カイド、カイド、カイド!やだ、やだよ!神様、助けて、カイドを助けて下さい!」


「・・・・・・」


「なんで?どうして?もう十分カイドは苦しんだ!だから、神様!」


「・・・・ルーティエ、顔を見せてくれ」


まだ消えていない両手でルーティエの両肩に触れ願う。

泣きながらゆっくりと顔を上げる。

そこには微笑むカイドがいた。

彼の瞳には後悔も悲しみも苦しみも一切なく、ルーティエと会う前から、いつかは覚悟していたことだと察する。

唯、今日、その時が来てしまっただけなのだと――――――――。

消え始めた手でルーティエの涙を優しい手つきで拭うと、最後の想いと願いをルーティエに告げる。


「ルーティエ、本当にありがとう。俺は後悔していない、覚悟していたから」


「カイド・・・」


「最後は・・・・・そうだな、最後はルーティエの笑った顔がみたい」


初めて目にする曇りない笑顔。

心から望むカイドに答えるため、今、一時悲しい気持ちは遥か彼方へと追いやり、ルーティエは涙を拭う。


「・・・・特別よ」


ルーティエはカイドの頬を両手で包むと、笑った。

真っ直ぐな凛々しさと、儚く消えてしまいそうな可憐さと、すべての者を虜にする可愛さを込めた、至高の笑みだった。

最期の時まで、ふたりの双眸はお互いの笑顔だけを映し出されていた。

そして、カイドの身体は完全に消失した。

周りを見渡しても、彼の名を呼んでも、彼はもう答えない。

存在していたのに、温もりもまだこの手に残っているのに、彼はもういない。

認めたくないのに、認めてしまっている。だから涙が零れ落ち続ける。

もっと話したかった、もっと側にいたかった、もっとカイドを見たかった、もっとカイドと繋がりたかった、もっと、もっと、もっと――――――――――。

尽きず叶わぬ願いを想いながら、地面に伏して天使は号泣するしかなかった。

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