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第三章

物心ついた頃、人間が”恵みの森”と名付けたこの森が、まだ林の時、家族三人ひっそりと暮らしていた。

自分の両親が他と比べ普通ではないとあの時は知らなかった。

それは両親が他者との交流を避け、人目に付かないよう静かに暮らしていたからで、それを気にしたことはなく、カイドの世界はそれで十分に成り立っていた。

毎日が平和で満ち足りた日々だった。

しかし、世界に我が物顔で足を踏み入れ、破壊した者達がいる。

それがクルツィクや他の天使だった。






カイドは母親に力の限り抱き締められながら、クルツィク達から自分達を守るように立つ父の背中を見つめていた。


「まさか子供までいるとは・・・・・・」


「クルツィク・・・・・」


「使命を忘れ人間との間に子を儲けるとは・・・・・非常に残念です。君達は罪を犯してしまった・・・・・その罪を償わせねば」


「クルツィク!人間との間に子を儲けてはいけないと誰が決めた?そんなもの」


「何を言っているのですか。天使と人間は同等種族ではないのです。このようなこと・・・我らが神を悲しませる行為です」


するとクルツィクの指示で他の天使達が動き出し、ある者は父親を取り押さえ、ある者はカイドと母親を引き離し、ある者は三人が暮らしていた家に火を放った。


「父さん!母さん!」


見知らぬ天使に取り押さえられ、恐怖のあまり必死に両親を呼び続けるカイド。


「カイド!父さんが助けてやるからな!・・・・・・クルツィク!せめて、せめてあのふたりは助けてくれ!!どうしても、どうしても罪だというなら私がその罪を背負う!だから!!」


「・・・・・・・・・」


クルツィクは地面に押さえつけられながらも懇願する父親を見下ろすと、鋭利な笑みを見せた。


「そうですね、私は天使の中でも特に君を気に入っていました。だからせめてもの私の優しさです。事が全て終わるまで、眠りに就きなさい」


「!?・・・クル・・・・ツィ・・・・ク」


クルツィクが父親の額に指を当てると、彼は意識を失った。

そしてクルツィクの手には、カイドの父親の、人間で言えば心臓が、天使で言えば核がその手に握られている。


「父さん!」


「あなた!」


「やはり君の核は美しい。これからは永遠に私が君を守ってあげましょう」


核を見つめるクルツィクの瞳は、手に入らない愛しい者を取り戻し、狂喜に満ち溢れていた。


「クルツィク様、あのふたりはどのように処理しますか?」


「子供は天界へ連行して神様に指示を仰ぎます。半分は天使ですから、人間は・・・・・分かりますね」


「はい」


すると、母親を捕まえていた天使が、母親の身体を持ち上げると、躊躇うことなく燃え盛る家へと投げ込んだ。


「いやーーーーーーーーーーーーっ!!!」


「・・・かあ・・・さ・・ん」


生きたまま火の中に入れられた母親の身体は、段々と人と呼べるモノではなくなり、悲鳴も徐々に消えていった。


「とう、さ・・ん・・・・か、あ・・・さん」


地獄のような凄惨な光景はあまりにも衝撃が強すぎて、何が起きているのか、何故こんな目に合わないといけないのか、幼いカイドには到底理解できるものではなかった。

とにかく母の元へ行かなければとの思いから、無意識に身体を動かそうとするが、天使に押さえつけられ進むことができない。

母の声が完全に聞こえなくなると、両目から涙の雨が滝のように零れ落ちる。


「君はこれから罪証と呼ばれ、神様の審判を受けます。君は半分天使と極めて異例な個体ですから、私の判断ではどうにもできません」


淡々と話すクルツィクの声は、姿は、今のカイドに届いてはいない。

不愉快と感じたクルツィクはカイドの顎を持ち上げ、自分へと視線を向けさせたが、その両目は虚ろだった。


「人間はゴミでしかないのに、君の父親は誤った選択をしてしまった・・・・私の側にいればこんな結果にはならなかったのですから」


「・・・・・・・・・・・」


歪んだ笑みでクルツィクは告げる。


「君の半分は彼で構成されている。審判が軽くなるよう、神様に取り計らってあげましょう。そして、君も私が守ってあげます」


「・・・守る?」


生気のなかったカイドの瞳に熱が宿り始める。

そして、突然彼の身体から、膨大な”聖力”が放出される。

驚いたクルツィクや他の天使達は身の危険を感じ、瞬時に地面から足を離す。


「!」


クルツィクの手からカイドの父親の核が地面へと転げ落ちる。取り返そうとするが、“聖力”で発生した風圧に阻まれる。

完全に意識と生気を取り戻したカイドは大地に右手を押し付けると、初めて無意識に”聖力”を使う。

右手から発せられた“聖力”は四方に分かれ液体へと変化し、燃える家、眠る父、骨の母、そして父の核を呑みこむと、広大な湖が造られた。

カイドは中心に立ち、クルツィク達に怒りの瞳を注ぐ。


「父さんを傷つけ、母さんを殺して、ぼく達の家を燃やして・・・・・何が守るだ!ふざけるな!!ここは、この場所はぼくが守る!お前らなんかに・・・・・・・・」


”渡さない”との言葉が続く前に、眩暈と吐気が襲い倒れてしまったカイド。

初めて使った”聖力”に彼の小さな身体は耐え切れず、限界を超えてしまった。


(・・・・・愚かですね)


クルツィクは冷笑し、湖に降り立とうと足が湖に触れた瞬間、電撃が身体を突き抜ける。


「っ!」


「クルツィク様!大丈夫ですか?」


「え、ええ・・・・・大丈夫です」


仲間の天使に空返事をしながら、意識を失ったカイドを一瞥する。


(意識はないのに”聖力”は維持されている・・・・・・・通常ではあり得ませんが、執念というモノですか)


湖に吞み込まれた同胞の身体と核を口惜しそうに見つめながら、湖に触れないようカイドの身体を捕獲し、そのまま天界へと去って行った。






空の色が茜色から藍色へと変わると、カイドとルーティエは湖の外へと移動した。

カイドの片翼は衣服の下へと隠され、語り続けるカイドの隣で、口を挟むことなく最後まで黙って聞き続けたルーティエ。


「気がついたら天界にいたけど、神からの処罰は何もなかった。あいつらにボコボコにされながらも必死にここに・・・・・家に戻って来た。ここが俺の唯一の居場所だから」


曇りなく澄んだ瞳で語るカイドに、天使であるルーティエは複雑な想いを募らせる。

カイドが天使と人間の子供であるのは驚くべきことだが、それ以上に仲間がカイドにした行為はあまりにも残虐非道なもので、また、神が創られた人間を天使が勝手に滅するなど許されるはずはない。


「神様は何をお考えになられているのかしら?」


ポツリと口から出た言葉に、カイドはあっさりと答えた。


「神は干渉しない」


「え?」


「神は天使や人間を創って傍観しているだけで、決して手は出さない。だから何があっても無視しているだと俺は思ってる」


「・・・・・・」


言い返そうとしたルーティエだが、カイドの言葉を否定できるだけの確信が持てず口を噤む。

天使としては背徳行為に当たるかもしれないが、それではあまりにも無慈悲だと思う自分がいた。

落ち込み沈むルーティエを横目で見て、不信を増長させるのは良くないと思い、話題を変えようと口を開きかけた途端、ルーティエが立ち上がりカイドの正面に立つと深々と頭を下げた。


「今まで悪魔と思っててごめんなさい。それに話してくれてありがとう」


「悪魔と言われて俺も否定はしなかった・・・・・謝ることでも礼を言われることでもない」


頬をかきながらバツが悪そうに少し照れるカイド。

ルーティエは面を上げ、真っ直ぐにカイドを見つめると微笑む。


「村人達にはきちんと説明する!もちろんあなたのことは話さずに・・・・・・あなたがずっとこの森にいられるように」


「・・・・・・・・・・・」


一瞬、カイドの顔が曇ったように見えたが特に気にせず、ルーティエは疑問を投げかけた。


「カイドは”聖力”が使えるのよね?だったらカイドの身体の傷・・・・・治せないの?」


「俺の”聖力”は全て湖に使ってるからほとんど残っていない。だから今の俺は人間と変わらない。身体能力が人間よりも強いぐらいだ。この状態で悪魔や天使の力をもろに受けたらきっと耐えられない。傷だってまだマシな方だ」


(全然マシじゃない!!)


不満爆発のルーティエだが、クルツィクの存在がある以上、湖の力をカイドに戻すことはできないし、カイドもそれを望まないだろう。

現状何もできない自分に歯がゆくなるが、無理矢理納得するしかない。


「・・・・・ねえ、お父さんって」


言葉にするのを躊躇うルーティエを気遣ってカイドは告げる。


「半分、死んでる」


「半分・・・・・?」


カイドは湖に視線を注ぎながら縦に頷く。


「湖の中にいるから器としての身体は残っているけど、核は抜き取られたからな」


「でも、身体に戻せばまた」


「無理だ」


「!」


きっぱりと断言するカイドにルーティエは反論する意思を削ぎ落とされる。カイドは視線を湖から森へと移した。


「この森がこんなにも実り多く、潤い、豊かなのは何故だと思う?全て父さんの核の恩恵だ」


「!!」


「核を父さんに戻せば森は死ぬが、父さんが助かる保証はない。そんな危険な真似はできない」


「可能性があるのなら試してみるべきよ!」


それでもカイドは首を縦に振らない。

父親に会えるかもしれないが、思い出の森を殺してしまうかもしれない。

彼はこの問いをきっと何十回、何百回と自問自答してきて、今に至る。

だからこそ、迷いのない表情をしている。


(そんな顔されたら、もう何も言えないじゃない・・・・・カイドのバカ!)


悪態を吐きながらも、彼の決意が変わらないと分かるとルーティエはそれ以上何も言わなかった。

これはカイドが選択すべきこと。自分がとやかく口を挟むことではないのだと。

吹っ切れた顔で湖を眺めながら、ルーティエの中でとある疑問が浮かんできた。

そしてカイドの顔を凝視する。

ルーティエの眼差しに、カイドは不審がる。


「どうした?」


「クルツィク様達は湖に降りれなかったのよね?」


「ああ」


「じゃあ、どうして私は降りれたの?天使を拒絶する湖なのよね?カイドは除外されるのは分かるけど、どうして?」


予期せぬ質問に、カイドの時間が止まった。


(・・・・・・気づかなくて良いのに、気づいたか)


額に汗をかきながら、ルーティエからの視線を外さず、同じように見つめ返す。

沈黙が続くと、カイドは根負け・・・ではなく、もう一つの覚悟を決めた。



真剣な眼差しを向けられカイドに目を奪われていると、急に腕を掴まれ、彼の胸の中へと引き寄せられる。

華奢に見えて逞しいカイドの胸に驚きながら、赤面してしまう。

ルーティエの両手は所在なく宙を彷徨っている。

反対にカイドの両手はルーティエを優しく抱き、包み込んでいる。


「ルーティエ」


「は、はい?」


「・・・・・・・・・・・・」


カイドの胸に抱かれたまま、次の言葉を黙って待つ。

時間が、短いようで長く、苦しく、切なく、むず痒く、嬉しくあった。


「・・・・・好きだ」


ルーティエの身体が震える。


「天使は多勢に愛を注ぐ者で、ひとりを特別視することはない存在だ。こんなこと言っても困惑するのは分かってる。でも、言いたかった・・・・・ごめん」


カイドにとってこの場所以外に行きたいと、帰りたいと思う場所はなかった。

半永久的に生き続けるのだと、両親を、思い出を守り続けるのだと誓った。

しかし、ルーティエと過ごし、時間は非情で自分は残酷だと、想いは変わっていくモノだと思い知らされた。

両親はそんな自分を軽蔑するだろうか、それとも笑って許してくれるだろうか。

答えは返ってくるわけがないが、カイドにとってルーティエと出会えたのは、救い以外のなにものでもない。

天使という種族に完全に絶望することなく、自分という存在を否定することなく、少しだけ、ほんの少しだけ自分を許せる気がする。

ゆっくりとルーティエを抱き締めていた両手を、名残惜しそうに離すと彼女と視線を交わす。

ルーティエは照れるでも恥じらうでもなく、揺らぎのない真っ直ぐな瞳をカイドに注ぐと、両手でカイドの頬を包む。

カイドの身体が小さく反応する。

その反応が少し可笑しくて、ルーティエは柔らかく微笑む。


「謝らないで・・・・・私も、カイドと同じ気持ちなんだと、思う」


「・・・・・・?」


「この間は怖かった、カイドがカイドじゃないみたいで・・・・・当たり前だよね。カイドの全部を知っているわけじゃないんだから・・・・・だけどね、それでカイドに二度と会いたくないとは・・・・・嫌とは思わなかった。他の天使や悪魔、人間だったら嫌かな・・・・・・でもね、私は天使だから・・・人間の部分がないから・・・好きって感情がカイドみたいにはっきり分かってないかもしれないんだけど・・・・・だけど、それでも」


ルーティエはつま先立ちすると、カイドの唇に自分の唇をそっと重ねた。

瞬きよりも短い口づけに、カイドの両目は見開かれる。

頬を赤く染め、カイドを上目遣いで見つめると、はにかんで笑う。


「カイドなら、嬉しい!」


「!!」


我に返ったカイドは口元を手で覆うと、顔や耳が一気に赤く染まる。

まさかのルーティエからの告白&口づけの破壊力は凄まじく、カイドの脳内は嬉しさの悲鳴をあげ沸騰し続け、身体中から叫び出しそうになったが、必死に堪え、その場にしゃがみこむ。


「カイド?」


(人間の女性達から聞いたことを実践してみたけど・・・・・間違えたのかな?)


女子会という名の講義で受けたことを試してみたのだが、黙り座り込んでしまったカイドの態度に、失敗してしまったのだろうかとルーティエは不安になるが、それも束の間、カイドは即座に立ち上がるとルーティエの身体を思い切り抱き締める。


「カ、カイド」


さっきとは違う力強い抱擁に慌てながらも、はねのけようとはしないルーティエ。

気持ちの昂ぶりが落ち着くと、ルーティエから身体を離すが、両手は彼女の両肩に置かれまま、恐ろしいほど真面目な顔つきで告げる。


「前言撤回、俺からしても良いか?」


「・・・・・・・・・」


あまりの真剣さに、ルーティエはお腹を抱えて笑う。

困惑するカイドを涙目で見つめながら、ルーティエは満面の笑みを見せる。


「良いよ。だけど、怖いのは嫌」


そう言うと、ルーティエは琥珀の瞳を閉じ、無防備に目を瞑った。

合図を受け取ったカイドはルーティエの身体を引き寄せ、最大限の優しさと清らかさと愛しさを胸に、ルーティエに口づけた。

先日の片翼に寄る激しい想いだけではなく、双翼の柔らかな想いも交わったこの瞬間(とき)

身体中から喜びが満ち溢れ、離したくないとの感覚に酔いしれるふたりは、長い時間そのままでい続けた。

天空には多くの流れ星が流れ続け、地上には多種多様な生物が、ふたりを祝うかのように見守り続けていた。

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