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その8

全11回。毎日午前1時00分更新。

 翌日、ウチらはあらためて集まった。場所はもちろん“アイズ”や。午前中なもんで、客足はそこそこ多い。

 いつもの席に泰治と己己共くん、ウチと静眞で、向かい合って座る。


「こんな感じで良かった?」

「おー、ありがとう静眞。整理しやすいで」

「これくらいしか協力出来ていないから」


 静眞がまとめてくれた資料を手に、情報の整理を始めた。“幽霊話”の通りなら明日には次の飛び込みがある。なんか手を打てるのは、実質今日までや。


・萩生希子さんは六月の定期公演で主演の予定だった。


・希子さんは枕崎さん、勝田さん、布井さんらのグループからいじめを受けていた(岡元さんはグループではなかった?)。


・五月半ば連休明け、希子さんが線路に飛び込み自殺した。


・定期公演の主演は代わりに萩生加子さん(希子さんの姉)がつとめた。


・加子さんと枕崎さんらが口論していた?


・九月一日、枕崎さんが飛び込み自殺。


・九月五日、勝田さんが飛び込み自殺。


・九月九日、布井さんが飛び込み自殺。


・次は九月十三日に岡元さんが飛び込み?


 こうしてまとめてみると、見えてくるものもあった。


「岡元さんて、ホンマに関係あるん?」

「嘘をついている可能性はある」


 静眞がつっけんどんに言う。確かにあの女なら平気で嘘をつきそうや。けど、ウチはあの関心の薄さは演技やない気がする。


「答えはここにあったようだよ」


 己己共くんが取り出したのは、“一心乱”のサークル会報やった。過去二年分を集めてきたらしい。ふせんがついとるのは定期公演についてのページや。


「どこにもない」


 一通り目を通してみても、主演のところに萩生加子さんの名前はひとつもなかった。主演どころか、メイン級の配役にも一度も名前があがってへん。隅の方に端役でちっちゃく名前が載っとるだけや。


「おかしいと思わなかった? 加子さんは希子さんのことを“えこひいきと思われないように”って言ってたんだ。配役を決めてるのは、劇団のオーディションなのに」


 己己共くんに言われて気付いた。団長いうくらいやからウチはてっきり加子さんが配役に影響力を持っとるもんと思てたけど、確かにそう言っとった。


「彼女自身は今まで主演級の配役を貰ったことがない。団長とはいえ端役の経験しかなかった」

「その加子さんが、オーディション結果にインチキ出来るとは思われへんな」


 えこひいきなんて、希子さんが思われるはずがない。むしろ加子さんの方が、サークルメンバーから同情されとったんとちゃうか。


「そもそもどうして加子さんが団長になったん?」

「加子さんの代は脱退も多くて、今所属している他の三回生は裏方ばかりらしいんだ。彼女以外に団長になりたがる人がいなかった、というのが実情らしいよ」


 この数分で、加子さんへのイメージが大きく変わった。


「自分は端役ばかりだったのに一回生の妹がいきなり主演、か」


 泰治がぼそりと口にする。いやな想像が頭に浮かんだ。


「“一心乱”は十月公演で三回生が引退するんだ」

「主演は?」


 己己共くんの口から、聞きたくなかった名前が出る。


「岡元さんだよ。というよりも、岡元さん以外に主演を張れる人がいないんだ。他の二回生の有力な役者は、三人とも亡くなっているんだから」


 泰治も静眞も、言葉を失っとった。ウチも喉がカラカラになって、水を一息に飲み干した。


「“長海駅の幽霊話”は、格好のカモフラージュだったのかもしれない」

「お、懐かしい話やなぁ」


 水を継ぎ足しに来てくれたマスターが、不意に言った。


「そういえばマスターも、前に“長海駅の幽霊話”のことを話してはりましたよね」


 ウチがこの話を最初に知ったのは、確かマスターが誰かと話しとったのがたまたま聞こえたからや。


「うん、まぁ、ええか。あれな、実は作り話やねん」

「はい?」


 ウチはすっとんきょうな声を出して、固まった。己己共くんも、泰治も、静眞も固まっとる。


「ちゃうねん、モデルになった話はあるねんで。それこそおっちゃんが西阪大生の頃、二十年くらい前の話や」


 マスターが言うには、当時西阪大学にあった演劇部の一回生が長海駅で飛び込み自殺をした。希子さんと同じようにイジメにあって、最後は「こっち見ないでよ」って叫びながら。

 そのあと演劇部員が次々と、沿線の駅で「自殺した一回生の幽霊を見た」言うて何人も死んだらしい。特に長海駅では同じ時期に三人くらい人が死んで、それで“長海駅の幽霊話”っちゅう噂が流れた。最終的にはどっかのえらい霊能者に頼んでお祓いをして貰ったんやとか。


「それを、なんて名前やったかな」

「瀬里沢世紀」


 己己共くんが言うと、マスターは自分の頭を平手でぴしゃりと打った。隣の静眞が身を強張らせたような気がした。


「そう、瀬里沢くんや! アカンのう、年取ると物忘れが酷なって。ほんで、その瀬里沢くんが“卒業制作で小説書くんです”言うて、なんか不気味な事件とか都市伝説とか、そんな話知りませんかて聞いてきてな」


 つまり『西阪大学怪奇話集』にある“長海駅の幽霊話”は、マスターから聞いた話を瀬里沢世紀が脚色して書いた作り話っちゅうことらしい。


「最近、飛び込み自殺が続いとるらしいやん。せやから、そういえばそんな話があったなーいうのを思い出してん。茜子ちゃんが聞いたんは、その時ちゃう?」


 “長海駅の幽霊話”は、元となる事件はあったにせよ創作やった。

 せやったら、今続いとる飛び込み自殺は――


「すぐに加子さんに会いに行こう」


 己己共くんが立ち上がり、店の外へ飛び出して行った。ウチも慌ててそれを追う。


「ごめん泰治、後で返すから払っといて!」

「わ、分かった! じゃない、待てよ! 俺も行くから!」


 いやな想像がどんどん膨らんでくる。せやけど、今ならまだ間に合うはずや。今なら、まだ。そんな焦燥感が、ウチの足を突き動かしとった。

次回更新10月19日午前1時00分。

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