その6
全11回。毎日午前1時00分更新。
喫茶店“アイズ”に入ると、静眞と泰治はもう来とった。二人でいつもの四人席に、対角に座っとる。まったくの無言や。友達やなかったら、あの席には行きたないで。ホンマに。
ウチらの他には、お客さんはおらんようやった。この時間にしてはちょっと珍しい。
「お待たせーって、泰治どしたんその腕」
己己共くんは泰治を奥にやってその隣に、ウチはそのまま静眞の隣に座る。泰治の右腕には、でっかいバンソーコーが貼ってあった。
「噛まれたんだよ」
「犬かなんかに?」
「岡元さんに」
思わず言葉を失った。噛んだ? あの女が? 泰治を?
「な、なんで噛まれたん!?」
「分からない。送った別れ際に腕を掴まれて、がぶっと。突然だった」
泰治も困惑しとるようやった。そらそうやろ。ヤバい女やとは思っとったけど、ここまでとは。
「篠峰が手当てしてくれたんだよ」
「静眞が? それは、意外というか何ちゅうか」
「別に」
隣の静眞を見ると、居心地悪そうにそっぽを向いた。なんや色々言うとるけど、ホンマのマジに嫌いなわけとちゃうんやな。良かった。
「傷口が見苦しかっただけだから」
「ふうん、ほんならそういうことにしとこか」
「じゃ、そろそろ本題に入ろうか」
一連のやり取りを眺めてた己己共くんが、場をまとめた。ウチらが加子さんと会ってきた時のことを話すと、泰治は気の毒そうな顔をしとった。
「そうだよな。妹さんが亡くなって、サークルの仲間も次々と。それを妹さんの呪いだなんて言われて、気分が良いはずがない」
「けれど案外、関係がないとも言えないんだ」
そう言ったのは己己共くんや。
「人の言葉には力が宿っている。言霊って聞いたことない? それに、噂話が一人歩きすることだって、それが人を殺すことだってある」
「つまり、何が言いたいん?」
己己共くんは、語気を強めた。
「“長海駅の幽霊話”と“希子さんの事件”が混ざりあった可能性もあるんだよ」
確証はないけどね、と己己共くんは付け加える。
「枕崎さんが亡くなったのは、偶然かもしれない。誰かが突き落としたのかもしれないし、あるいは本来の“長海駅の幽霊話”によるものなのかもしれない」
己己共くんが何を言わんとするのか、ウチにも分かった。
「けど、勝田さんが続いた。それに布井さんも。二人とも多少なりとも罪悪感を抱えとったかもしれん。枕崎さんが亡くなった時に希子さんのことがよぎるのも、考えられんことはない」
「枕崎さんが亡くなって、加子さんからも責められて、押し潰されそうな時に“長海駅の幽霊話”なんて話を知ったとしたら?」
何でもないものが、希子さんに見えて。そんで線路に飛び込んでまうことやって、あるかもしれん。
「けどそんなん、証明出来へんやん。全部が全部、見えへんもんに依った推測でしかない」
「茜子、ボクがさっき何て言ったか覚えてる?」
己己共くんはニヤリと笑った。
「見えへんもんを見えるようにって、もしかして霊視とかそういう話?」
この子、そっちのタイプやったんか。でも家業ってことは、神社とかお寺とか、そういうとこの子やろか。
「見るのはボクじゃない。君だよ、茜子」
「ウチが、見る?」
「説明するより体験した方が早いかな」
己己共くんは泰治に目配せした。泰治はこれから何が起きるのか知ってるらしい。
「茜子に何する気?」
「大丈夫、危険なことはしないよ」
静眞をなだめて、己己共くんはウチとあらためて向かい合った。
「茜子、ボクの目をじっと見て欲しい」
「え、う、うん」
じぃっと、二人して見つめ合う形になる。
己己共くんの目は黒く深い色をしとった。水晶玉みたいや。静眞に負けず劣らず睫毛が長い。
なんか、照れ臭なってきた。
「あんまりびっくりしないでね」
己己共くんはニコッと笑うと、呟いた。
「“眼球をくれてやる”」
瞬間、目が熱くなって――視界が変わった。何がって聞かれたら、うまく説明出来へん。けど色の付いたフィルムを目の前に出されたみたいに、物の見え方いうもんが一気に変わった。そんな感覚になったんや。
「な、なにこれ? なんか、気持ち悪い」
「茜子、何をされたの? 平気?」
あ、静眞はホンマにうちのこと心配してくれとる。なんか嬉しいな。嘘とか取り繕ってるところが、ひとつもあらへんやん。
「え、なんでこんなことが分かるん……ちゃうわ、見えるんやろ」
「見える……?」
「上手くいったみたいだね。茜子、周りを見てごらん」
己己共くんに言われるまま、店内を見渡してみる。見慣れたはずの“アイズ”が、なんか違う。
違和感を覚えたのは、奥のテーブル席や。いつも静眞が嫌がって座らん席。そこには見慣れん兄ちゃんが一人で座っとった。二十半ばくらいで、線の細いイケメンや。
「ちょお待って。さっきウチと己己共くんが入ってきた時は、店ん中に他に誰もおらんかったやん」
ウチらのいる席は、入り口から見て手前側のテーブルや。後から誰か入ってきたら、絶対に気づく。トイレやって店の入り口側にあるから、それもない。
「あ、見えたね」
己己共くんが弾んだ声で言う。
「え、もしかして、もしかせんでも」
ウチはサーっと顔から血の気が引くのを感じた。
「良かったね、茜子。幽霊はいたんだよ」
「嘘ぉーっ!?」
ウチの悲鳴が、店内に大きく響き渡った。
次回更新10月17日午前1時00分。




