その4
全11回。毎日午前1時00分更新。
翌日、九月十一日。ウチは己己共くんと泰治に連れられて、経済学部のあるキャンパスの食堂に来とった。この食堂は去年出来たばかりで、カフェみたいにオシャレなとこや。今日はここで、“依頼人”と会うことになっとる。
今回の件は泰治の友達の友達の友達っちゅう“依頼人”が、例の演劇サークルに所属しとるんで相談されたのが始まりらしい。
静眞は講義の関係で来られへんかったけど、泰治に向かって「何かあったら承知しない」って脅迫じみた伝言をしとった。
「ほんで、依頼人って?」
「あ、ああ。そろそろ来ると思うんだが」
歯切れの悪い泰治。己己共くんはその隣で本を読んどった。心なしか、機嫌が悪そうや。
「泰治くぅ~ん」
きゃぴきゃぴの声が聞こえた。見ると、ごっつい派手な女の子がこっちに向かって手を振っとる。
「あの子?」
「そうだ」
「ふーん、そういうことかい」
しらーっとした目で、ウチは向かいの泰治を見た。
「何か誤解してるだろ」
「別に」
「ごめ~ん、お待たせ」
ゆるくカールさせたふわふわの髪を弾ませて、女の子は泰治の隣に座った。長テーブルでウチの隣は空いとるのに、わざわざそこに座るんかい。しかもごく自然に密着して。
「こちら、経済学部二回生の岡元さん。例の演劇サークルに所属している」
「もー、りなって呼んでよ泰治くん。はじめまして、岡元りなでぇす」
岡元さんは自己紹介すると、ニコッと笑った。ばっちりメイクにデカい乳しとって、嫌味なくらい可愛らしい子なのは間違いない。ホンマに乳もデカいし。別に羨ましかあらへんで。
「あ、御櫛くんもこんにちは。何読んでるの?」
「君には理解出来ない本だよ、岡元さん」
己己共くんが何で機嫌悪そうやったんか、ウチは即座に理解した。
「ところで、あなたは?」
「あ、ウチは相山茜子。泰治とは」
「ねぇ泰治くん、幽霊話のことって何か分かった?」
なんやねんこの女。人が話しとる途中やろ。
「まだ具体的には。今日はそのことで相談がしたくて」
「りな怖くて、泰治くんだけが頼りなの」
岡元さんはウチの方を見ると、泰治の右腕に抱き着いた。
「ちょっと、岡元さん」
「ね、泰治くん。今日の帰り“も”送ってよ。じゃないとりな、不安なの」
泰治は困ったような顔しとるけど、岡元さんにされるがままや。ウチの心を見透かすように、岡元さんは勝ち誇ったような顔でいやらしく笑った。
「時間が無いから簡単に説明するよ。例の演劇サークルで、二回生の女子はもうこちらの岡元さんただ一人なんだ。つまり次の被害者候補ってこと」
大きな音を立てて本を閉じると、己己共くんはぴしゃりと言った。
「だけど岡元さん、君を容疑者だと考えることだって出来るんだよ」
「ひど~い! 御櫛くんは、りなのこと疑ってるの?」
岡元さんは頬を膨らませて、ぷんぷん怒った。ホンマなんやねんこの女。
「泰治くんは、りなのこと信じてくれるよね?」
「ま、まぁそれは」
「それとこれとは別の問題だから。ね、泰治」
「痛ぁ!?」
己己共くんは泰治の左腕を思いっきりつねった。表情こそ笑顔やけど、青筋立てとる。分かるでその気持ち。
「とにかく。亡くなった枕崎さん、勝田さん、布井さんについて、知っていることを改めて聞かせて欲しい」
「え〜、もう全部話したんだけど」
そう言いながらも、岡元さんは間延びした声で話し始めた。同じサークルの仲間が亡くなっとるとは思えへん態度や。
「三人とはぁ、そんなに仲良くなかったんだけど。でも噂は聞いたよ、幽霊見たって。呪いだって言ってたかな」
「呪い?」
引っかかる言い回しやった。幽霊は分かるけど、呪いってどういうことや。
「ゴールデンウィーク明けくらいだったかなぁ。一回生に萩生さんって子がいたんだけど、死んじゃったんだよねぇ。多分自殺」
岡元さんの話を整理すると、彼女の所属する演劇サークル“一心乱”に所属していた萩生希子さんという一回生が自殺した。奇しくも線路への飛び込みやったとか。
ウチも知らんかったんやけど、サークルとはいえ“一心乱”は有名な劇団とも繋がりがあって、入るにはオーディションまであるようなしっかりしたところらしいねん。
その中で希子さんは、一回生ながら六月の定期公演で主役が決まっとった。異例の大抜擢や。
何故ならその定期公演で目が留まると、さっき言うた劇団で役が貰えるらしいんや。演劇の道を目指しとる人間からすると、一番目立つ主演は喉から手が出るほど欲しい役やな。
けどそれだけに彼女への風当たりは強くて、特に今年の主演候補やった二回生女子たち――枕崎さんらを中心としたグループや――からは、イジメられとるような状態やった。
そして枕崎さんらが見たという“長海駅の幽霊”というのが、どうも“希子さんの幽霊”やったっちゅうわけや。
「だから、希子さんの呪いだなんて噂がたったのか」
己己共くんは眉をひそめとった。気分の良い話とは言えんし、ウチも同じ気持ちや。
「アンタは、見てみぬふりやったんか」
あまりにも他人事のように話す岡元さんに、ウチは問いかけた。
「えー、りなに怒るの? だってカンケーないじゃん。それに萩生さんも悪いと思うけどなぁ」
「っ、アンタなぁ!」
「落ち着けって!」
思わず身を乗り出したウチを、泰治がなだめた。何でやねん、こんな女の味方するんか。
「萩生さんのことなら、団長の方がよく知ってるんじゃない?」
興味なさそうに指先で髪をいじりながら、岡元さんは言った。
演劇サークル“一心乱”団長・萩生加子さん。亡くなった希子さんの、実のお姉さんやった。
次回更新10月15日午前1時00分。




