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その2

全11回。毎日午前1時00分更新。

 喫茶店“アイズ”の四人席には、ウチと静眞、泰治と謎の女の子が、向かい合って座った。

 テーブルにはマスターに新しく淹れて貰ったホットコーヒーが四つ並んどる。


「それで」


 ウチは勢いついてソファから立ち上がると、自分でもびっくりするくらい強い口調で泰治に詰問した。


「その子は泰治の何やねん。ロリコンか。不健全な交際か。大学生はババアや言うんか!」

「ご、誤解だ! こいつとは断じてそんな関係じゃない!」


 泰治は周りの様子を伺いながら、否定した。何人かのお客さんが怪訝そうな目を向けてる。どうもウチの声が大きかったみたいや。

 女の子はワンピースの裾から見えるほっそい生足をパタパタさせとった。シミひとつない真っ白な肌で、膝小僧もめちゃちっこい。


「こいつて! 泰治、あんた自分の彼女に向かってそんな呼び方、かわいそうやんか!」

「だから、違うって!」

「最低」


 隣では静眞が、それこそ殺し屋みたいな目で泰治を見とる。ウチは自分でも何が言いたいんか分からんようになってきた。


「ぷっ」


 不意に、静かにしてた女の子が吹き出した。

 猫みたいなくりくりのお目々に、左目の下には泣きホクロがひとつ。背中のあたりまである長くて艶っつやの黒髪は、日本人形さながらや。よう見たら、静眞にも負けず劣らずのごっつい美少女やった。

 女の子はけらけら楽しそうにひとしきり笑うと、ウチに向かって言った。


「お姉さん、面白い」


 は、と思わず呆けてしまう。泰治は苦虫噛み潰したような顔で、大きなため息をついた。


「こいつはな、こう見えて男なんだよ」

「男の……こ?」


 いや、そんなん。確かに胸のあたりはスカスカやけど、どっからどう見ても女の子やん。


「はじめまして、ボクは御櫛(みぐし)己己共(みこと)。正真正銘、男の子です」


 女の子あらため男の子の御櫛己己共くんは、それこそアイドルみたいに微笑んで自己紹介した。爆弾みたいな笑顔や。


「泰治、あんた男の子が好きやったんか!?」


 己己共くんはまた大笑いして、泰治は頭を抱えた。ウチは何がなんだか分からんくて、ソファに力なく腰を落とした。


「結局、何なの?」


 静眞がどすの効いた声で、泰治に訊ねる。正直、めっちゃ怖い。


「なんと説明すればいいか……」


 泰治は腕を組んで考え込んだ。体格が良いもんで、そうしてると何かの彫刻みたいや。すると己己共くんはウチの方をチラッと見ながら、


「雇い主と、雇い人かな。泰治にはボクの仕事のお手伝いをして貰ってるんだ」


 と、まあそんなことを言った。


「仕事の手伝いって、何の」


 無愛想に聞く静眞を、己己共くんは鼻で笑う。


「まず名乗るのが先じゃない? 無礼な人だね」


 室温が一度か二度下がったような錯覚。うわ、静眞めっちゃ怒っとる。お前は気に入らんけど、確かに自分に非があったから言い返せん……けどムカつくって感じや。


「篠峯静眞」

「あ、ウチは相山茜子。泰治と同じ大学二回生。友達からはネコちゃんとか呼ばれてる。よろしく」


 己己共くんはウチと静眞をそれぞれ見た。何でも見透かされそうな目や。


「ふぅん。静眞に、茜子ね」


 さらっと呼び捨て。不思議と腹は立たんけど。白いワンピースからチラ見えする鎖骨が、めっちゃ色っぽかった。ホンマにこの子、男の子なんか? そもそもいくつなんやろ。


「ボクの仕事は探偵」

「の、真似事だ」


 すかさず泰治が補足する。息ぴったしやん。


「む、真似事とは聞き捨てならないね」

「事実そうだろ、プロじゃないんだし」

「だから、ボクの言う探偵はそれこそ探偵小説に登場するような名探偵だと何度言えば」


 頬を膨らませて不満をぶつける己己共くんを、泰治は軽くあしらう。イチャついてるようにしか見えんのやけど。


「夏休みの間に、実家でちょっとな。その時こいつと知り合って、付き人みたいな感じで雇われたんだよ」


 実家でどんなことがあったんか気になったけど、なんとなく泰治が聞かれたくなさそうやったからやめた。しかし、付き人て。己己共くんて、実はお金持ちの子?


「茜子は、良い子だね」

「え、あ、ありがとう」


 急にそんなこと言われたもんやから、どもってしまう。この子、心臓に悪いわ。


「せっかくだから、二人にも協力して貰おうかな」


 己己共くんはウチと静眞を交互に見て、形の良い唇の端っこをニヤリと持ち上げた。


「“長海駅(ながみえき)の幽霊話”って、知ってる?」


 隣の静眞が、息を飲んだ気がした。

次回更新10月13日午前1時00分。

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