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その10

全11回。毎日午前1時00分更新。

 眠たい。生あくびをひとつして、ウチは駅のホームに目を戻した。さすがに始発から張っとると、いよいよベンチに腰かけたケツも痛なってくる。


「人が増えてきたね」


 隣では己己共くんが、退屈そうにしとった。今日は髪型をポニーテールにして、青いストールを肩に掛けとる。それだけで写真集に載りそうなほど、絵になる姿や。


「あっちも変化無しやね」


 反対側のホームでは、泰治と静眞が同じようにベンチで張っとる。見た感じ会話らしい会話はしてへんようや。地獄みたいな時間やんけ。

 駅にはまばらに人が増えてきとった。まぁ普通電車しか停まらん駅やし、利用者はそない多くない。


「あれ、あなたたちは」

「加子さん! この駅やったんですね」


 声を掛けてきたのは、加子さんやった。目の下のクマもちょっとは薄くなって、心なしか血色も良い。昨日はぐっすり眠れたみたいや。


「まだ飛び込み自殺が続くかもしれない? それで、見張りをね」

「そうなんです。でも、加子さんがこの駅やったんなら……」


 ウチらの推測は、正しかったんかもしれん。その通りなら次の犠牲者は加子さんや。でも、そんなことは絶対にさせへん。加子さんを不安にさせたなかったから、岡元さんの名前やウチらの推理については話さへんかった。


「人が多なってきましたね」

「この時間は、一番多いんちゃうかな。通勤のピークやし」


 背広姿のサラリーマン、髪の長い女の人、高校生っぽい集団。老若男女がぞろぞろ集まってきて、ホームは混雑しだした。人混みで向かいのホームの泰治と静眞が見えんようになる。


「そろそろか」


 己己共くんが呟いた。すぐにアナウンスが鳴る。特急電車が通過するそうや。

 ウチは加子さんのすぐ隣に、後ろには己己共くんが控えとる。今のところ、怪しい人影はあらへん。目の前はすぐ線路や。こんなに線路が怖く見えるのは、初めてやった。何となく、向かいのホームにおる女の人と目が合った気がした。

 そうして特急電車の姿が遠目に見えた、その時やった。


「――こっち見ないでよ」


 ウチは、強く前に引っ張られた。

 え、何で? 何が起きとんの? 耐えようとしても、とんでもなく強い力で体が前に引っ張られる。助けを求めようにも声が出ぇへん。


「っ」


 加子さんも、己己共くんもウチに気付いてない。特急電車が近付いてくる。じりじりと足が白線を越える。このままやったら線路に、引きずり込まれる。


「茜子っ!?」


 己己共くんの声が聞こえた。ウチは吸い込まれるように、線路に身を投げ出して――


「たすけっ」


 力強い腕に、抱き止められた。


「無事か?」

「た、泰治」


 特急電車が大きな音を立てて、通り過ぎる。ウチは泰治に抱き抱えられとった。さっきまで息の仕方を忘れとったみたいに、必死で呼吸をしようとする。


「おい、相山?」

「こっ」


 アカン。安心とか恐怖とか、色んなもんがめちゃくちゃに込み上げてくる。でも、助かった。助けてくれた。


「怖かったぁ~!」


 ウチはちっちゃなガキんちょみたいに、声を上げて泣いてもうた。



 

 お馴染みの“アイズ”で、ウチは気恥ずかしいやら怖いやらなんやら、気持ちがぐちゃぐちゃやった。目の前には泰治がおるけど、まともに顔も見られへん。


「篠峰が言ったんだ。相山が危ないって」

「っ、言わないでって言ったでしょう!?」


 静眞が? 隣の静眞を見たら、そっぽを向いてもうた。


「それで急いで反対側のホームに回ったら、相山が」

「ごめん、茜子!」


 己己共くんはガバッと頭を下げた。 


「ボクがついていながら、何も気付けなかった」

「一体、何があったんだ?」


 泰治に促されるまま、ウチは自分の身に起きたことを話した。


「茜子が、狙われた?」

「そうやと思う。己己共くんも、加子さんも、何も聞いてへんし気付かんかったやろ?」


 己己共くんは思い詰めるようにうつ向いた。


「本当にごめん、ボクが茜子を巻き込んだせいだ」

「そんな、謝らんといてや。それにしても、何やったんやろアレ」


 “長海駅の幽霊話”は創作やったはずや。なのにウチにははっきり「こっち見ないでよ」って言葉が聞こえたし、何か見えへんもんに引っ張られた。あの時の感覚を思い出すと、今でも怖くてしゃあない。


「岡元さんも、潔白やったんやな」


 ウチはあの女が犯人かと思っとったけど、今日は姿も見掛けてへん。ただただ、不気味な何かによって枕崎さんらは線路に引きずり込まれた。そう考えるしかなかった。


「ひょっとすると」


 己己共くんが思い当たったように言う。


「マスターは当時の“長海駅の幽霊話”は最終的に霊能者がお祓いをしたって言ってたよね。演劇部の部員、それに一回生の飛び込み自殺。今回の事件はむしろ『西阪大学怪奇話集』ではなく、オリジナルの方が関係していたんじゃないかな?」


 一見、筋は通っとるように思えた。でも、


「せやったら、余計に何でウチが狙われたんか分からへんやん」


 その後もいくつか推理を並び立ててみたけど、それらしい答えは見つかりそうになかった。すっきりせんかったけど、結局その日は何も分からんまま解散となった。


「あれ、静眞。どこ行くん?」

「ちょっと、野暮用。茜子は先に帰ってて」


 静眞は帰り道とは反対に歩いて行った。なんやろ、野暮用って。こんなん初めてや。もしかして、浮いた話か!?

 そんな能天気なウチの想像とは裏腹に、その日の夕焼けは妙に赤かった。

次回更新10月21日午前1時00分。

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