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第1話 どうしようもない世界・後編

 

 既に日が陰りはじめていて、ただでさえ薄暗い森の中がなお暗くなっている。ただでさえ辺り一面木だの草だので視界が悪い。そろそろ、足元に木の根があるか確認するのにも苦労するようになってきた。


 人工の明りがないというのは恐ろしいもので、日が沈んだら最後、月明かりも遮られるこの森では本当に何も見えなくなってしまう。松明なしでは日の出から日暮れまでしか活動できない。今日はここで野営だな。


 これまでなら自分の耐久性に任せてそのまま寝ていてもよかったが、今日からは交代制で寝ないと駄目か。眠い時ならどこだろうと寝られるのは俺の数少ない特技だが……寝すぎないように気を付けないと。


 とりあえず、薪に使えそうな枝は集めてきた。ダリアとリリが川にいる間に火起こしを済ませておこう。方法はいたって原始的、そこらの木の枝を溝彫った板にこすりつけて摩擦熱で着火させるアレだ。


 俺の身体能力が高くなっているおかげで、1分とかからずに火がついてくれる。つくづく便利な体だ。このデタラメな強さがなかったら、さっさと天敵に食われていただろう。服装含め外見は首吊った時と変わってないのに、どこからこんな力が出てくるんだか。


「……よし、できた」


 付いた火種をそっと移して、火起こし完了だ。天敵蹴散らした時のスプラッタといい、二週間もやってれば大体の事には慣れるもんだな。


「あ、えっと」


 しばらく焚火を眺めていると、川の方――何かあったらすぐ駆けつけられるよう、茂み一つ挟んで10メートルかそこらしか離れてないが――からリリが戻って来た。相変わらず遠慮がちなか細い声。何かあった時聞き逃さないか心配だ。


「終わったか? ダリアちゃんは?」


 俺も対応に困っているが、とりあえず自然体を装って話しかける。変にどもったりしてないよな?


「あっちで、寝てます」


 視線を動かすと、俺と焚火を挟んで反対側に、確かにダリアが寝ている。


 どうも彼女らは気配が薄いというか、目立たないよう行動するのがクセになっているようで……しばしば認識から外れてしまう。いざという時ちゃんと気づけるだろうか……?


「んじゃあ次は俺だな。たき火の番頼んだ」


 ともかく、自分も水浴びして返り血やら何やらを落としておこう。そう考え、そそくさとその場を後にする。


「……どうして、こんなによくしてくださるんですか?」


 だが、すれ違いざまにそんなことを言われた。


 少し考えて、言葉を選びながら答える。


「どうしてと言われてもなぁ……俺としても、こっちに来たばかりで何が何だかサッパリ分かってないから。君達からここの情報が聞けるのが、俺からすると凄くありがたい」


「だからその代金代わりにあいつらを追い払って、ついでに肉も分けてる。……どうせ三人がかりでも食べきれないほどあるんだし、その方がいいだろ」


 本心だ。彼女らから情報が得られなくなったら、またあてのない遭難生活に逆戻りしてしまう。……現にあの天敵の肉が食べられることも、彼女らが慣れた手つきで解体しだすまで知らなかったくらいだ。


「そんな、それだけで……わたしたちは、どうやってお返ししたら……」


 リリは相変わらずおどおどしている。


「そこはほら、お互い様だろ。俺だって『たったこれだけでこの世界の情報くれるのか!?』とか思ってるから」


「せかい?」


「ああいや、ここら辺な、ここら辺」


 ここで会話が続かなくなった俺は、ふと思っていたことを口に出した。


「……でもアレだ。二人は、これからどうするんだ?」


「ぇ」


 声にならない声。見ればリリの表情が固まり、瞳孔の小さくなった黒目だけが不規則に震えている。何をそんなに怖がってるんだ……?


「いつまでもこうしてる訳にもいかないだろ。ダリアちゃんのこともあるし、人里かどっか、もっと安全な所に行かないと」


 自分一人だった時はともかく、今は守る対象が二人もいる。こんな天敵だらけの所にいたら気が休まらない。


「……安全って、なんですか」


「なんって……とりあえず天敵がいない所。二人だって……元々はもっと大人数だった訳だから、何処かしらあるだろ、そういうの」


 でなければ……こう言っちゃなんだが、人類はとっくに絶滅しているはずだ。


「そういう所に行ければ、無理に一緒に行動する必要も」


 右腕を掴まれた。


「わたしは、今が一番安全だと思ってるよ?」


 俺の台詞を遮って、リリが意を決したように口を開いた。

 敬語が外れた、怒らせた……? いや、それよりも。


「今のこれが、安全……?」


 2日に1度は天敵に襲われるような状況が?


「うん、生まれてから、今までで一番安全。だって勇者さまが、守ってくださるから。……初めて見たの。天敵を、あんな風にやっつけちゃう人」


 元々死んだ魚のようだったリリの目が、さらに濁って見えた気がした。


 口調自体は淡々としている。声を荒げているわけでもない。

 ただ、話す内容にあまりにも実感がこもっているだけ。


「わたしたちは、追い出されたの」


「…………村か、どこかから?」


 完全に気おされている。何とか絞り出せたのは、相槌一つだけだった。


「”群れ”。”村”なんて、勇者様がいなきゃ作れないよ。それか……おとぎ話に出てくる『楽園』なら、作れるかもね」


 自嘲気味に吐き捨てるリリ。


「ずっとずっと逃げてた。段々、たくさん天敵が出るようになって、ちょっとずつ人が減って」


 でも、と言うや否や、リリの口元が歪む。多分……笑っている、んだと思う。


「勇者さまが、助けてくれた」


 縋りつくような、不安そうな……だが間違いなく嬉しそうな顔でそんなことを言う。俺はと言えば、気圧されて言葉も出ないままだ。


「もう死なない、もう天敵に追いかけられなくていい。もう、みんなが食べられない」


「もう、あの頃に戻らなくてもいい。勇者さまがいてくれれば」


 余りにも悲痛で、必死で、恐ろしい目だった。本気が痛いほど伝わってくる。


「だからわたし、なんでも、するよ?」


 今度は笑顔だ。だがさっきのトリップしているようなのとは違う。震えながら、ひきつった、媚びたような笑みをこちらに向けてきた。


「お手伝いでも、お■■■でも、殴り相手でも、なんでも」


 ――俺は自分のことを血も涙もないヤツだと思っていたが、思い上がりだった。今多分、全身に鳥肌が立っている。


 13歳が言っていい台詞じゃない。この一日で何度も下方修正してきたけれど。俺の認識はそれでもまだ、甘かったのかもしれない。


「だから、すてないで?」


 ここは、どうしようもない世界だ。


 2話は明日、5月4日の12時頃投稿予定です。


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