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第1話 どうしようもない世界・前編


 確かに自室で首を吊ったと思ったのに、知らない森の中で何事もなく目を覚ましたのが確か15日前。


 死ぬ直前はそりゃもう病み通しだったが、一度死んだ身だと思えばあまり命も惜しくない。それ以来気楽なもんだ。もっと早く死んどけばよかったかな?


 その後、あまりにも腹が減ったからそこら中に生えていた木の実や果物を食べてみたが、結局”死に直す”どころか腹も下さなかったのが14日前。


 頻繁に襲ってくる多種多様な「よくわからない生き物」が、実は弱いと気づいたのが12日前。その日中に川を見つけて、後はひたすら下流へと歩いていただけだ。


 ここが何なのかも、俺がどうしてまだ生きているかもサッパリ分からないまま。いや、(どんぞこ)を経験してある種の無敵状態になってるメンタルはともかく、ずっと歩き通しで全く疲れないあたり、ここはこの世じゃないのかもしれない。


 それはそれで、天国なんだか地獄なんだか。


 ……そしてつい先ほど、2人組の少女に出会った。


 ダリアとリリ、姉妹らしい。肌が白く、二人とも金髪で瞳は綺麗な緑色。長身長髪で胸の大きい方がダリア(姉)、小柄で短めの髪を片側に縛っているのがリリ(妹)だ。


 本人たち曰く16歳と13歳だそうだが、痩せこけているためかもう2、3歳ずつ幼く見える。


 彼女らに群がっていた例の「よくわからない生き物」を蹴散らして、話を聞いて分かったことがいくつかある。


 まず一つ目、「話ができる」。


 耳に入ってくる相手の声は間違いなく知らない言語なのに、何故だか意味が理解できる。聞いてみたら、向こうも同じ状況だという。……頭が痛くなってきたのでもう考えないことにした。通じるんだからいいやの精神で行こう。


 二つ目。ここは恐らく、俺が元居たのとは別の世界である。


 荒唐無稽だが、信じるほかない。 


 曰く、俺のような突如どこからか現れて何故か言葉が通じる人間は、伝承にのっとって『渡り』と呼ぶそうだ。つまり伝承に残る程度には異世界の人間が多いということ。おかげで理解を得られたのはありがたい。

 

 そして最後――


「ひっ!! 嫌、いやぁ……!」


「お姉ちゃんしっかり! 直ぐ隠れないと……ゆ、『勇者』さま! 向こうにも『天敵』の群れが!!」


「……わかった、片づけてくる」


 ――この世界では、人類が生存競争に負けている。




 ※




 飛びかかってきた「よくわからない生き物」……もとい「天敵」が、俺の体にぶつかって逆に弾き飛ばされ、「ぎゃん」といった具合の悲鳴を上げる。


 4つ足で、大きさと見た目は大型犬くらい。灰色の毛皮で全身覆われていて、狼をもう少し四角くして凶暴にしたような顔つき。今度の群れは……20匹って所だろうか?


(ここ2週間の最高記録を一気に塗り替えてきたな……近くに巣でもあるのか?)


 こうして考えごとをしている間も、戦闘は続いている。……いや、戦闘と呼べるようなものじゃないか。


 俺に襲い掛かってきた「天敵」が、バタバタ倒れていくだけだ。


 別に、何か凄い必殺技をぶっ放しているわけじゃない。俺はさっきから、近づいてきたヤツから順番に殴る蹴るの暴行を加えているだけだ。


 自慢じゃないが生前は喧嘩が弱かったし、武術の心得なんてもってのほか。たぶん型やら何やらメチャクチャだろう。それでもここまで一方的になってしまう。


 ひたすら流れ作業のごとくちぎっては投げ、ちぎっては投げ……。噛まれても引っかかれても体に傷一つ付かないんだから、緊張感の欠片もない。ただちょっと面倒くさいだけ。


 こっちに来た当初と変わったことといえば、慣れてしまって血しぶきやら臓物やらに一々ビビらなくなったことくらいか。人としての良し悪しはこの際置いといて、最初と比べてずいぶん効率化してしまった。


「こんなもんかな……?」


 考え事を適当なところで切り上げ、辺りを見回す。20匹ほどいた群れのうち7割ほどは、既に無残な姿になって地面に転がっていた。他の連中もすっかり戦意を挫かれた様子で、遠巻きに俺を囲んではいるが、明らかに怖がっている様子だ。


「うへー……まぁ、こいつでいっか」


 目の前の凄惨な光景に顔をしかめながら、手近な一回りでかいヤツの死骸を掴み、生き残っている『天敵』たちへひょいと投げ飛ばす。


「こうなりたくなかったらあっち行け、ほら」


 生き残っていた『天敵』たちも、流石に恐れをなしたのかじりじりと後ずさりを始める。そのままじっと見つめていると、あるタイミングで一斉に森の中へと逃げて行った。念のため、こっそり戻ってくるヤツがいないかしばらく見張っておく。


 皆殺しにするより怖がってる生き残りがいた方が、後で「こいつらは危険だ」と学習して襲って来なくなるかもしれない……という魂胆だ。こうも一方的だと虐待してるみたいで気分が良くない、というのも多少ある。


 いくら相手が人類の敵だと言われても、俺からすればただの甘噛みしてくるヤツな訳で。どことなく犬を思わせるフォルムも相まって、慣れてしまえばちょっとかわいい位だが……一般人にとっては、そうではない。


 俺が見つけた時点で “食べかけ”だったダリアとリリが、身をもって教えてくれた。


 俺がおかしいだけで、こいつらにとって人間は「餌」だ。


 常人の足では逃げ切れないスピードとスタミナ。多少の傷では倒れないだけの生命力。成人男性を押し倒せる突進力と、骨をかみ砕く顎の力。常に群れで行動する上に、罠を見破れる知能と獲物の隠れ場所を見つける嗅覚まで備わっている。


 聞けばこいつは「天敵」の中では弱い部類……つまり、他にも数多くの、しかもこいつら以上に強い「天敵」が生息しているという。


 「天敵」とは、「人間を捕食する、人間では倒せない雑食または肉食動物の総称」、ということらしかった。


 「勇者」呼ばわりは、つまりそういうことだ。


「……ふぅ、もうこっち来る奴はいないな。もう出てきてもいいぞー」


 考えているうちに最終確認も片付いた。近くに隠れている二人に声をかけながら、歩いていく。


 ……なんたって俺がこんなに強いか知らないが、こうも厳しい世界なら強いに越したことはない。


 深く考えた所で頭がおかしくなるだけだろう。どうせ一度は死んだ身だ。気楽にいこう。


(……この定型句は本当に便利だな。頑張る根拠にも、頑張らない言い訳にもなる)


 そんなことを思いながら、ダリアたちが隠れている茂みへと歩を進めた。




 ※




「はぁっ、はぁっ、はー……っ!」


 戻ってみると、ダリアがうずくまって震えている所だった。うつむいているから今は分からないが、前に見た時は目の焦点からして合っていなかった。


 「歯の根が合わない」という言葉通り、耳を澄ますとガチガチという音がする。綺麗なブロンドの長髪も、こうも振り乱して頭を掻きむしっていては幽霊的な迫力が勝ってしまう。正直に言うと怖い。


 襲われるたびにこの調子だ。無理もない、彼女はさっきの生き物から妹を庇って……片目を含む、あちこちを抉り取られている。俺が傷口を焼いて無理矢理止血・消毒したせいで、あちこちやけど跡が残っている有り様。包帯は俺のシャツの袖。長袖でよかった。


 ダリアの頑張りのおかげで妹、リリは無傷だったが、すっかり天敵がトラウマになっているようだった。


 ……もうちょっと早く会えていれば、というのは禁句だろうか。


 彼女を何とか宥めたいが、返り血まみれの俺ではむしろ怖がらせるのがオチだろう。残念ながらリリに任せるほかない。


「やめて、来ないで……こ、な……うっ、お゛ぇえええっ!!」


「お姉ちゃん、しっかりして! もう大丈夫だから!!」


 リリが傍にひっついて、背中をさすってやっている。


 なら、俺ができることは……。


「……とりあえず、口すすがないとな。その後たき火だ、温かくしよう。川はあっちだったな……立てるか?」


「は、い……ご、ごめん、なさ」


「気にすんな。リリちゃん、肩貸してやってくれ。俺は見張りしながらついてくから」


 食い気味に答え、指示を飛ばした。優しそうな顔と声になるように努力してはいるが、実際にそうなっているかはわからない。


「は、はい……」


 リリが少し逡巡した様子を見せた後、こちらに向かってとてとて歩いて来る。少し体をかがめてやると、小声でおずおずと提案をしてきた。


「その、まだ休ませてあげてたほうが……」


「精神が弱ってる時に放っておいても、悪い方にしか考えられないからな。とりあえず何か“すること”を作って意識を逸らしたほうがいい」


 小声でリリを説得する。「とりあえず歩く」のは病んだ時の基本……素人考えだが、何もしないよりはマシだろう。


 リリは一応納得したらしく、小さくうなずいてダリアの下に戻っていった。


 ……昔の俺がよく使った方法。


 出来れば、二度と役立てたくなかったな。



【ここまでスクロールしてきて下さった方へ】


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