76話 秘密
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いきなり笑い出したツェリーナ姉様の様子に、私たちは戸惑います。ついに、頭がイカれてしまったんでしょうか。
「……ええ。私は、お母様の秘密を、一つだけ知っている。その秘密は、この事に関わっていたと言う、決定的な証拠になるでしょうね」
ひとしきり笑い、満足したのか、ツェリーナ姉様は一息ついてから、そう言いました。
「お母様の、秘密……?」
「お母様は、バレていないと思っていたのだろうけど、私は知ってるのよ?」
お母様を見て、ニヤリと笑うツェリーナ姉様の目は、瞳孔が開いていました。裏切られたという怒りと、復讐する方法がある事に、大分興奮している様子です。
「言ってみろ、ツェリーナ。その秘密とは、なんだ」
「……父上。貴方は、妻であるお母様が、本当にお母様だと思いますか?」
「っ……!」
ツェリーナ姉様の発言に、大きく取り乱したのはお母様でした。それまで冷静だった表情が、一変しました。驚き、怒り、冷や汗が一気にあふれ出て、頬を伝うのを、私は目撃しました。
お母様の様子がおかしい事に気づいたのは、私だけではありません。レストさんもそれを見て、何かに気づいたようで、声を漏らしました。
「どういう意味だ、ツェリーナ」
「……今、そこにいるお母様は──」
「……」
ふと気が付くと、お母様が、ツェリーナ姉様に向かい、突進していました。その手には、銀色に光る、ナイフが握られています。隠し持っていたと思われるそれで、ツェリーナ姉様に向かい、襲い掛かったのです。あまりにも突然の事に、兵士たちが止めに入る事はできません。ツェリーナ姉様は、自分に近づくナイフに気づきますが、だけど両腕を兵士に掴まれている状態では、避ける事も、受け止める事もできないです。結果として、自分に迫るナイフを、見守るだけとなってしまいます。
「──あっぶなーい。ダメだよ、お母様。こんな物を、人に向けたら」
そんなお母様のナイフを、意外な人物が受け止めていました。可愛い子ぶった口調ですが、やっている事は、かなりえげつないです。
その人物は、ツェリーナ姉様とお母様の横から割り入ると、両手でしっかりと、ナイフを握るお母様の腕を掴み、それがツェリーナ姉様の喉元を貫く前に、止めて見せました。それから、手慣れた手つきで、ナイフを握るお母様の手首を強制的に曲げさせると、お母様の手から、ナイフがあっさりと、床に落ちました。
「さ、サリア……あんた……」
「偶然、上手くいってよかったー。怖かったよぉ」
ツェリーナ姉様が、呆けて呟いた通り、そんな芸当を見せたのは、サリア姉様です。
あくまで、まだ可愛い自分を演じているサリア姉様ですが、イメージにない、唐突な芸当を目の当たりにした私たちは、驚きです。まさか、サリア姉様にこんな特技があったなんて、全く知りませんでした。
「メティアを取り押さえよ!」
呆然としていた兵士たちが、父上の命令によって、動きます。その命令通り、あっという間に、お母様も、ツェリーナ姉様と同じように、拘束されてしまいました。いえ、それ以上ですね。両腕を、それぞれ兵士に背中に伸ばして掴まれて、更には膝を付かされて、身動きができないようにされてしまっています。
「くっ……!」
苦し気な体勢のお母様ですが、ツェリーナ姉様に襲い掛かろうとした以上、その拘束は強くなって当たり前です。
「あっはっはははは!ひ、ひぃー、はははは!」
そんな一連の出来事に、手を叩いて笑うのは、ゼンです。お腹をかかえ、涙を流して笑っています。
その耳障りな笑い声に、私はちょっと、頭に来ました。もう一度、殴ってやろうか。そう思ったくらいです。
「父上。そこにいるお母様は、偽物です。本物は、既に死んでいます」
「し、死んで……?」
私は、ツェリーナ姉様の突拍子のない発言に、呆然としました。ここにいるお母様は、偽物?本物は、既に死んでいる?どうすれば、こんなに完璧な偽物を作る事ができるんですか。少なくとも、私たちは一緒に暮らしてきて、違和感を感じた事はありません。いくら姿形を真似できても、記憶や態度まで、違和感なく真似る事は、不可能です。
……でも、ふと、つい先ほどレストさんが言った、裏の世界の話を思い出しました。裏の世界で死んでしまったら、表の世界にいる自分がいる限り、裏の世界でも存在しなければいけないというルールに従い、裏の世界に、自分とは違う自分が生まれてしまう、という話です。
「私は、見たの。お母様の、死体を、ね。その死体は、この部屋に隠された、更に奥の部屋にあるはずよ」
「一体、何を言っているの、ツェリーナ。錯乱して、みっともない」
「ひひひひ。ええ、ありますよ。この、奥です」
ゼンはそう言って、自らが座っている場所の、後ろの壁を叩きました。
「ゼンっ……!」
必死に、冷静を装うお母様ですが、その内心は、慌てふためいているようです。汗は流しっぱなしで、その顔には余裕がありません。でも、兵士に拘束されてしまった以上、口封じに暴れる事もできず、目の前の出来事を、眺める事しかできません。
「……メティアが、死んでいる?」
一方で、呆然としたままの父上が、小さく、そう呟きました。
「とりあえず、見てみますか?メティア様の、死体を。そのメティア様が、偽物だと言う証拠ですし、それに、ツェリーナ様の言う通り、この裏の世界にも関わっていたという、証拠にもなります。もうだいぶ腐ってますけどね。見て、分かるかな……へへ」
ゼンは、何が面白いのか、そう言って笑いながら立ち上がって、イスをどけました。その、奥への扉は、魔法の類で隠された物ではなく、物理的に隠された物でした。イスをどかした壁を、ゼンが強めに叩くと、壁がズレて、更に奥へと繋がる通路が現れます。同時に、異臭が漂ってきて、私は思わず、顔をしかめました。それでも、現れた通路を覗くと、通路はとても狭く、人が1人通るので、やっとの広さなのが分かります。
「ちょっと、お待ちを。この奥は、狭くてね……オレが行って、持ってきます」
「ま、待ってください!兵士も、誰かついていってください……くれませんか?」
父上が、呆けたまま何も言わないので、私がそう命令?をしました。それを、兵士の1人が父上に目を向けて、父上が頷いて答えたのを見てから、ゼンについて、その狭い部屋の奥へと消えていきます。
1人にして、逃げられでもしたら、悔しいったらありゃしませんからね。
「お待ちどうさんですぁ」
ゼンは、すぐに戻ってきました。その手には、大きな麻袋に繋がれた、ロープを握っていて、引きずって現れました。同時に、異臭が強くなります。ついていった兵士も同様に、麻袋を1つ、引きずって戻ってきました。麻袋が、2つ?1つは、ツェリーナ姉様が言う通り、お母様の物だとして、もう1つは、なんでしょう。
「こちらが、メティア様のご遺体ですよぉ」
ゼンが、上機嫌になって麻袋の紐をとき、麻袋を傾けると、中からごとりと出て来たのは、人の死体でした。異臭は、そこでまた一段と強くなり、私たちの鼻をつきます。腐敗がだいぶ進んでいるその死体は、それが誰なのかと言う判断をする事は、不可能です。顔は黒くただれて腐り、骨まで見えていますし、体中同じような感じで、お母様の特徴を判断できる物が、全て腐り落ちてしまっています。
「うおえぇえぇぇ!」
そんな死体を前にして、オーガスト兄様が、部屋の隅っこで吐きました。
私だって、気持ち悪いです。吐きたいです。それを目の当たりにして、息を呑みました。でも、そんな事をしている場合では、ありません。コレが本当にお母様だと言うのなら、その証拠を見つけ出さなければいけません。
私は、つぶさにその死体を観察して、ある物を見つけました。それは、左手の薬指に嵌められた、指輪です。私はそれを、ハンカチでつまんで、その指から外して回収します。
「……」
回収した指輪を、ハンカチで汚れを拭いてから、目の前で確認してみます。王国のシンボルである、竜をデザインしたその白銀の指輪は、間違いなくお母様の物で、父上との結婚指輪です。唯一無二であるはずの物が、この死体についていて、あちらで兵士に拘束されているお母様の指にも、同じものが嵌められています。
「グレア。見せてくれ……」
「……はい」
父上が、元気なくそう言って、手を差し出してきました。父上のその手は震えていて、とても弱弱しく感じます。
「ああ……本当に、メティアなのか……?そんな事は……だが、コレは本物だ……どうして……」
それを見て、父上は指輪ごと手を握り、お母様と思われる死体を見て、悲し気な表情を浮かべました。父上の、こんな顔を、私は見た事がありません。その表情が、あまりにも悲痛で、私まで心が痛みます。
「これは、本物だ。間違いない。何と言う事だ……では本当に、メティアは殺され、わしは偽物を、本物だと思って過ごして来たという事になるのか……?」
「あなた……いえ、ギレオン。私は、ここにいる。偽物とか、訳の分からない事に、騙されないで……。私は、私。貴方の、妻である、メティアよ」
「……」
お母様が、涙を流しながら、父上に訴えます。それに対して、父上の判断が、鈍ります。父上は、そんなお母様に対して、非情にはなれないようです。確かに、確証はありませんからね。いくら、指輪が本物だとしても、この死体がお母様の物であるという証拠は、ありません。ゼンが、私たちを騙そうとしている可能性だって、捨てきれません。
だから、判断を確定させない。父上のその判断は、例え身内に対する甘やかしだとしても、正しい物だと思います。
「へへ」
そんな様子を見て、ゼンはもう1つの麻袋の蓋を、開きました。中からは、新たな死体が転がり出され、床に横たわります。
その死体の姿に、私はお母様と思われる死体を目にした時よりも、更に大きく息を呑みました。むしろ、オーガスト兄様のように、吐き出してしまいそうになります。




