74話 裏切り
意外にも、ゼンはおとなしく、父上の指示に従いました。抵抗する素振りも、隠そうとする素振りも見せません。
ゼンが、出現した部屋の奥へと入っていくのに、父上もついて行きます。最初は、兵士たちが先頭で入ろうとしましたが、父上はそれを制し、自らが先陣をとりました。私も、兵士達よりも先に、父上に続いてその隠し部屋へと入ります。
「っ……!」
その空間を見て、私はゾッとしました。部屋の広さは、大した広さではありません。それでも、この部屋と繋がる部屋よりも、一回り大きな部屋です。部屋の中央には、無骨な長方形の机が置かれていて、それは頑丈な鉄の台です。その台には、小さな拘束具がつけられていて、妖精を簡単に拘束できる、工夫が見られます。ランプで照らされる訳でもなく、小さな光によって照らされたその部屋の、左右の壁一面には、粉の入った瓶が置かれています。それは、確かめるまでもなく、フェアリーの粉でしょう。更に、そんな粉と一緒に並べるように、磔にされ、身動きの取れなくなった妖精たち……。手足がある者と、ない者の個体に別れ、その数はおよそ、百名にも及びそうです。
妖精たちの中には、まだ元気があり、私たちの耳には届きませんが、私たちに向かって叫ぶ者もいます。でも、それはほんの一部で、大多数の妖精は、項垂れ、元気なく、生きているかどうかの判別のつかないくらい、憔悴しています。
ただ、妖精は、その形を保ったまま、死ぬことはありません。妖精が死ぬときは、その身体を消滅させ、フェアリーの粉となります。更に、妖精は、その形を完全に砕かれるくらいの衝撃でないと、死ぬことはありません。手足を砕かれたくらいでは、死ねないのです。つまり、ここにいる妖精は、皆生きていて、痛みに苦しみ、泣いているんです。
「どうですかい、このコレクション……。オレが、朝から晩まで、妖精の手足を潰して作ったコレクションですよ。素晴らしいでしょ──ぶっ」
私は、ゼンの顔面を、反射的に思いきり殴りつけていました。拳で人を殴るのは、初めてです。こんなに、痛いんですね。痛くて、でも後悔はしていません。むしろ、これくらいで済ました自分が、偉いと思います。
「グレアちゃん、ナイスです。でも、手、大丈夫ですか?」
すぐに、レストさんが心配して、私の肩に手を乗せて心配して来てくれます。
「姫様」
続いて、オリアナも私に駆け寄り、ゼンを殴った手を掴んで心配してくれます。ちょっと赤くなっていますが、そんなに心配するほどの事ではありません。
「な、なんだ、コレは……!」
オーガスト兄様も、部屋に入ってきて、そんな妖精たちの惨劇を見て、腰を抜かしてしまいました。
「ひっ」
さすがのサリア姉様も、小さく悲鳴を漏らしています。初めて、腹黒のサリア姉様が可愛いと思った瞬間ですが、私はそれよりも、怒りで頭から血が噴き出してしまいそうです。
よく、こんな酷い事ができますよね。しかも、こんなに多くの妖精たちを、整然と並べて……頭、おかしいんじゃないですか。私が助け出した妖精だけでない事は、なんとなく分かっていました。数が多いのが悪いとか、少なければいいとかという問題ではありません。ただ、何でこんな酷い事ができるのかという怒りが、私の中で沸き上がって、その行き場を求めます。
「……私の言う通り、ありましたよ、ツェリーナ姉様。私は、辿り着きました。あの日、貴方が私を連れてきた、この場所に!」
「っ……!」
兵士たちに拘束され、無理矢理部屋に入れられたツェリーナ姉様に対し、私はその怒りの行き場所を見つけました。
「み、見つけたから、なんなのよ!私は、関係ない!私は、何もしていない!あんたがいくら喚いたって、私がやったなんていう証拠はどこにもない!そうよね、父上!」
「……」
父上は、ツェリーナ姉様の問いかけに、黙り込みます。確かに、証拠はありません。でも、私の言い分通りになった事で、ツェリーナ姉様に疑いの目が向けられるのは、避けられません。それに、竜の血のドレスを着て妨害しようとしたりと、怪しまれるべき点は、いくつもあります。
「その男に聞いてみたら、どうですか?貴方は全部知っていて、全部見て来たんでしょう?」
「ええ、まぁそうですね」
レストさんに言われて、上半身を起こしたゼンは、顔を僅かに腫らせ、口と鼻から血を流していますが、でも余裕の表情を見せて、笑っています。私の全力のパンチって、そんなに柔い物でしたか?ちょっとショックです。
「よい、しょっと……」
「では、教えてください。貴方と協力して、妖精を浚い、フェアリーの粉を作り、こんな事をした者の名前を」
ゼンはゆっくり立ち上がりながら、レストさんの問いかけに答え、私を指さしました。
「……」
「ほ、ほら、見なさい!私が言った通り、グレアが協力者。犯人だったじゃない!私は最初から、そう言っていたでしょう!?この、能無しのクソ兵士ども!分かったら、さっさと私を離して、グレアを拘束しなさいよ!」
ゼンが、私を指さした瞬間に、ツェリーナ姉様はぎゃあぎゃあとわめいて、怒鳴り散らしてきます。でも、それにはさすがのオーガスト兄様も違和感を感じたのか、ツェリーナ姉様に便乗せず、呆然としています。
と言うか、妖精たちの惨劇を目の当たりにして、それどころではないだけかもしれません。気分が悪そうに、口を押えて、顔も青く染めていますからね。
「ゼン。貴方、酔っ払って指さす人物を間違えているんじゃないですか?」
「へへ」
私が、素直に言うように問いかけると、ゼンは笑って答えました。
顔を真っ赤にして、彼が酔っ払っているのは明白です。だから、一応聞いてみたんです。
「往生際が悪いわよ、グレア!酔っ払いだろうとなんだろうと、ゼンは、あんたが協力者だと言っているの!あんたが、全ての元凶なのよ!さぁ、早くそいつを拘束しなさい!また、何かおかしな事を言い出す前に、口も塞いで!今、すぐに!」
「──ああ、失礼。間違えましたよ。本当は、こっち」
ゼンが、突然私から、指先をツェリーナ姉様に移しました。
「へ、へ……?」
突然の裏切りに、ツェリーナ姉様が固まります。
「オレは、ツェリーナ様に協力して、グレア様を嵌めたんですよ。この部屋での出来事は、全てこの目で見ました。グレア様がここを訪れたのは、一回だけ。ツェリーナ様に連れられて、やって来たんです。その時ツェリーナ様は、グレア様の目の前で妖精を潰して粉を作ったり、フェアリーの粉を吸ったりしてましたねぇ。それに、密かにポケットの中に、フェアリーの粉の入った、瓶を仕込ませていました。いや、ホント……悪いお姫様もいたもんですわ」
ゼンは、あの時の出来事を、素直に、正直に話しました。私ではなく、ツェリーナ姉様が首謀者であると、そう言ったんです。あまりに素直で、気持ち悪いですけど、証言が取れました。
「あんた……!」
「へへ」
ゼンに対して、怒りの目を向けるツェリーナ姉様に、ゼンはへらへらと笑って答えます。
「父上!コイツは、ただの酔っ払いよ!こんな奴の言い分を聞かないで!」
先ほど、酔っ払いだろうとなんだろうと、証言になるみたいな事を言ってませんでしたっけ。自分に火の粉がかかろうとした瞬間に、掌返しはいただけません。
そんなツェリーナ姉様の意見に、賛同する者は、この中に1人もいませんでした。ますます深まった疑惑に、兵士たちの拘束が強くなります。
「父上!」
「証拠とは、なり得ん。しかし、証言にはなるだろう。なにせ、今ゼンが言った事は、グレアがわし達に証言した事と、一致している。その話を知っているのは、その証言を聞いたわし達だけだからな」
「お、オーガスト兄様!オーガスト兄様は、信じてくれるわよね!?」
「あ……いや、お、オレは……」
オーガスト兄様は、思考が停止していて、役に立ちそうにありません。
「サリア!」
「……」
サリア姉様は、ツェリーナ姉様から目を逸らして、意思を示しました。
「……まさか、ツェリーナが全ての発端だったとは。見抜けなかった私が、情けない」
「え……?お母様?」
「私たちを騙し、グレアを嵌めようとしていただなんて、なんて恐ろしい……。自分の妹が死刑になりそうだったのを、なんとも思わなかったのですか?いえ、思わないから、このような恐ろしい事ができるのでしょう。ツェリーナ……私は、貴方を産んだ私を、恥ずかしく思います」
「お、お母様……何を言って……」
お母様に突き放され、ツェリーナ姉様が、信じられないと言った表情を見せます。
どういう事でしょうか。お母様は、関係ない?……いえ、違いますね。お母様は、ツェリーナ姉様に、全てを擦り付ける作戦に出たのです。




