70話 才能
私たちは、勇み足で先頭を切って、地下倉庫へと入っていくレストさんについて行きます。お母様と、ツェリーナ姉様が身に纏っていた竜の血のドレスがなくなったことにより、障害となる物はなくなりました。それにより、魔法の気配を探知できるようになった訳ですが、でもレストさんは魔法の探知が苦手だと言います。一体、どうするつもりなんでしょうか。
一応は、おとなしくついてくるツェリーナ姉様は、イライラしているようですが、お母様は相変わらず、冷静です。静かに付いてきて、何も慌てる様子が見えないんです。
相変わらずのその余裕は、レストさんが地下倉庫の迷宮の謎を、解き明かせないと確信しているからでしょう。
「さて……確かに私は、探知魔法が苦手です。なので、この地下倉庫の謎を解くのは、難しいでしょう」
階段を降りて、地下への入り口に降り立ったレストさんが、急に足を止めて振り返り、皆にそう言いました。
「だ、だったら、何でわざわざ私たちに服を着替えさせて、また来させたのよ!」
「そんな私を招き入れたのは、ある意味で正解です。どうせ、何も解けやしない。そう思って、おばさんは、私を受け入れたんでしょう」
「っ……!」
ツェリーナ姉様の訴えを、レストさんは笑顔でスルーしました。そんな問いかけには答えずに、自分の話を続けます。その話が、最早お母様を犯人として決めつけたかのような言い振りで、それがまたツェリーナ姉様の怒りを買っています。
「だけど、そこには大きな誤算がありました。貴方の誤算……それは、グレアちゃんの存在です」
「私……?」
急に名前を出されて、私は驚きました。でも、レストさんは構わずに私に歩み寄ると、手を握って来ます。
「はい。グレアちゃんには、類まれなる魔法の才能があります」
「へ!?」
私は、更に驚きました。だって、私に魔法の才能はないと突っぱねた本人である、レストさんがいきなり、私に魔法の才能があるとか言ってきたんですよ。
それに驚いたのは、私だけではありません。ツェリーナ姉様も、冷静だったお母様も、驚きの表情を見せています。
「グレアちゃんは、魔法の気配にとても敏感で、その才能は私を遥かに凌ぐ物があります。それが、私を受け入れた、貴方達の敗因です。さぁ、グレアちゃん。今こそ、貴方の力でこの地下倉庫の謎を解きあかしちゃってください!」
「……」
現場が静まり返り、私に視線が集まります。でも、私にはどうしたらいいのか、分かりません。解き明かすって、どうすればいいんですか。先ほどまで、魔法の才能は全くないと思い込んでいた人間が、今度はいきなり魔法の才能があるとか言われて、頭の中がめちゃくちゃです。
「て……てりゃあ!」
とりあえず、気合の掛け声を、私はあげました。それにより、地下倉庫が突然揺れ動いたと思うと、廊下の形が変わり、その向こうに新たな道が出現……しませんでした。何も、起こりません。冷めた、皆の視線が私に注がれます。
「なんですか、今の……?」
ゴミを見るみたいな目で、オリアナが尋ねて来ます。レストさんは、陰で頬を膨らませて、笑いを必死に我慢しています。父上まで、同じように笑いをこらえて、身体を震わせていました。
「姫様。なんですか、今の?」
オリアナが、再び同じことを聞いてきます。誰か、このメイドを黙らせてください。
「何が、魔法の才能だ。お遊びなら、余所でやれ。グレアに、魔法の才能などある訳がないだろう」
「その通りよ!一体何を言いだすかと思ったら、何よ今の。あんた、私たちをバカにしてるの?」
オーガスト兄様と、ツェリーナ姉様が口々に言ってきますが、私はそれに対して返す言葉もありません。本当に、私、何をしてるんでしょう。恥ずかしくなってきました。
「まぁまぁ。今のは、場を和ませるための、グレアちゃんなりのギャグですよ。本番は、これからです」
そんなつもりは、全くありませんでした。でも、ここは庇ってくれたレストさんの、言う通りと言う事にしておきます。大体にして、私がてんぱって変な事をやってしまったのは、レストさんのせいなんですけどね。
「れ、レストさん。私に魔法の才能があるって、どういう意味ですか?私に、才能がないと言ったのは、レストさんですよね?」
「確かに、そう言いました。グレアちゃんには、魔法の才能がありません。だからもし、グレアちゃんが魔術師になってしまったら、グレアちゃんはすぐに、死んじゃいます。それこそ、あっさり、ぽっくりと」
「いや、ちょっと意味が分かりません……才能があるのか、ないのか、どっちなんですか」
「グレアちゃんは、強力な魔法の力を秘めています。私と一緒にみた、あの巨大な光の塊を覚えていますね?」
「は、はい……」
それは、私の魔法の才能を見るために、レストさんと共に私の体内の力を、見てもらった時の話です。私は、魔法の力の源である、光の塊の傍まで行く事ができました。レストさんは、それを見て、私には魔法の才能がないと言い放ったんです。
「あの大きさのマナを体内に持つ人は、中々いません。グレアちゃんは、凄い魔法が使う事のできる人なんです」
「私が……」
「はい。でも、もしグレアちゃんがその力を行使しようものなら、一発で死んじゃいます。グレアちゃんは、そんな才能を持ちながら、マナを解放する出口があまりにも広すぎて、力の制御ができないんです。もし、何かしらの魔法をグレアちゃんが使おうものなら、マナが一発で全部抜け出しちゃって、死に至ると言う事ですねー」
確かに、そんな人を魔法の才能があるとは言えません。レストさんの、魔法の才能がないという意味と、才能があるという意味の、両方が分かりました。
「でも、そんな強大なマナを体内に秘めるグレアちゃんだからこそ、魔法に敏感で、この地下倉庫の謎も解けるはずなんです」
「最初から、レスト様は姫様頼りだったという訳ですか……」
オリアナが、呆れたように言います。
レストさんの自信の源は、私だったんですね。あと、手伝ってもらうと言う意味は、この事だったようです。レストさんは、最初からそのつもりで、ここに来たんです。それに対して、私は呆れたりはしません。むしろ、誇らしく思います。
実感は、全くありませんし、ちょっと信じられないところもありますが……でも、私が役に立つというのなら、思う存分使ってほしいです。
「それじゃあ、レストさん。私はどうすればいいのか、教えてください」
「はい。まずは、あの時のように手を繋ぎましょう。それから、目を閉じて、唇を突き出して、じっとして──あいたっ」
「レスト様。どうぞ、真面目に」
私はレストさんに手をとられ、疑いもなく言う通りにしてしまいましたが、どうやらオリアナが止めてくれたようです。今思えば、凄く危険な行為でしたが、助かりましたよ。
「……分かりましたよー。それじゃあ、目を閉じて集中してください。今から私と一緒に、魔法の流れを見つけます。今までは、無自覚でなんとなく認識していた物を、今度は自覚して、認識するんです」
「……どうせ、全て無駄だ。グレアに魔法の才能など、ない」
オーガスト兄様が、そう呟くのが聞こえました。他にも、兵士たちのざわめき声や、お母様とツェリーナ姉様が、小さな声で話すのも、聞こえて来ます。
どうせ、無理だ。私には、才能がない。分かりっこない。本当に、愚かな子。ダメな子。
過去に、兄弟やお母様に言われた言葉が、頭の中に響きわたります。今こそ、そんな言葉の数々を、取り消させる時が来たのだと思います。
私は、繋いだレストさんの手を、強く握ります。
やりましょう、レストさん。私は、心の中で呟き、そしてレストさんが、それに応えるように、私を精神の世界へと引き込みました。そこは、あの時の……私の魔法の才能を見てもらった、暗闇の世界と同じ世界でした。




