66話 敵同士
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ご飯だと呼ばれて来た、オーガスト兄様と、サリア姉様は、食べる暇もありませんでした。席を立った父上に命じられて、すぐに移動です。といっても、2人も呑気にご飯を食べているような気分では、なさそうですけどね。私に罪がないと言い切った、父上の台詞に青ざめていましたから。
でも、2人がフェアリーの粉に関わっているようには、思えません。サリア姉様は、私が捕らえられた時に、わざわざ会いに来て、私が流した情報を、お母様ではなく、ちゃんと父上に流したようですから、関わりはないと思われます。更に、オーガスト兄様は、しっかりとレストさんの下へ訪れ、助けを請いました。密かにレストさんに尋ねましたが、それは確かのようです。もしそれで、レストさんが素直に応じたら、レストさんを連れ帰って来て、地下倉庫の秘密が暴かれる危険があります。さすがに、そんな危険は冒さないでしょう。
少し怪しい所もありますが、2人は何も知らない……私は、そう思います。マルス兄様も、あの様子ではそうですね。
そんな事を考えながら、やってきたのは、因縁ある、地下倉庫への入り口です。全ては、この地下倉庫への入り口をくぐった所から、始まってしまったんです。私にとって、一連の出来事の始まりであり、そしてかけられた罪を、真犯人に返す場になろうとしています。
「どうですか、レストさん。何か、感じますか?」
地下倉庫への入り口の前で、私はレストさんに耳打ちをしました。オリアナも、私に顔を近づけて、耳を傾けて来ます。
「んー……いえ。特には、何も感じませんね。本当に、ここに妖精がいるんですか?」
「……間違いありません。私は、この中で、全てを見たんです。妖精は、ここにいます」
「しかし、レスト様に言われ、地下倉庫は既に、調査済み……怪しい物は何も、ありませんでした」
「レストさんに言われてって、どういう事ですか。そういえば、オリアナ。貴方は結局、レストさんとどういう関係なんですか。その刀も、レストさん作の物ですよね?」
私は、オリアナのイヤリングを指さして、そう言います。急に、話の方向性がズレてしまいましたが、思い出したら聞かずにはいられません。この2人は、明らかに、前から関係があります。何度か誤魔化されてきましたが、私は今こそ、それを暴こうと、飛びつきました。
「何を、コソコソと話してるのよ!」
3人で、頭を寄せ合ってコソコソと話をする私たちが気に入らないのか、ツェリーナ姉様が怒鳴りつけてきました。確かに、ちょっと堂々と怪しすぎましたね。父上の私兵も、そんな私たちを気にして、気持ち距離が近くなっている気がします。
でも、それを言うなら、ツェリーナ姉様も、お母様と先ほどからコソコソと話すのを、止めてもらいたいものです。
「少し、女性の話で、男性に聞かれると恥ずかしい話をしていたもので。ツェリーナ姉様の悪口は、全く言っていないので、ご安心ください。ですが、ツェリーナ姉様は心配になってしまったようですね。ご配慮が足らず、申し訳ありません」
周囲には、父上の私兵が数人、私たちを囲うようにして、ついて来ています。私は、彼らを利用して、ツェリーナ姉様に言い訳をしました。
「なんっ……!」
私が嫌味っぽく言うと、ツェリーナ姉様は怒りに顔を染めます。そもそも、こんな場所でいきなり、女性の話をするはずがないんですけどね。
いつもなら、私もこんな嫌味っぽい事は、言い返しません。ですが、今は立場という物が違います。今の私は、父上に庇護されていますからね。言いたい放題です。
その証拠に、ツェリーナ姉様は、私に言い返すことができません。
この勢いで、サリア姉様とオーガスト兄様にも、嫌味の1つや2つ、お見舞いしてやろうとも思いますが、止めておきます。そんな無駄な事、する必要はありませんからね。私って、大人です。
「こ、国王様。地下倉庫に、何か御用が?」
地下倉庫への入り口には、兵士が立っています。私が、ツェリーナ姉様に連れられてきた時にも、いた兵士ですね。
父上だけではなく、王族が勢ぞろいで訪れた事により、かなり委縮している様子です。
「見張りご苦労。この地下倉庫に、わしの知らぬ場所がある可能性がある。そのため、視察に来たのだ」
「し、視察ですか……」
その兵士が、なんだが困ったように、顔を伏せました。その行動が怪しく、私は気になります。
「うむ。入らせてもらうが、文句はあるまいな?」
「は、はい、勿論です!」
父上は、それに気づいたか分かりませんが、威圧的な態度で兵士に迫りました。
「で、では私がご案内を──」
「いらん!こちらで勝手にする!お前たちは任務を続行せよ」
案内を買って出た兵士を、父上は突っぱねました。下手に案内を任せて、都合の悪い所を見せないようにされるのを、避けたのかもしれません。
父上はそう言って、地下倉庫の入り口を、勢いよく開きました。ランプで照らされただけの、薄暗い、不気味な空間が、そこには広がっています。前は、入ってすぐに、武器がズラリと並んでいた気がしますが、今はそれらの武器が、丸ごとなくなっています。魔族の襲撃に備え、全ての兵士が武装しているせいですね。
中にも、見張りの兵士たがいましたが、最初はダラけて座り、談笑していました。
「……」
しかし、突然扉を開いた父上に気づいて、凍り付きます。慌てて一部の兵士が立ち上がり、それに触発されて、全員立ち上がりました。そして、キレイに気を付けをして、父上を出迎えます。
もう、遅いですけどね。
父上は、そんなサボっていた兵士たちを気にも留めません。堂々と、薄暗い道を進んでいき、そしてその奥にある、地下への階段を下りていきます。
「お待ちください、あなた」
階段を下っていこうとする父上を、お母様が呼び止めました。父上は、呼び止められたことにより、私たちの方を振り返って、顔を向けます。
「なんだ」
「あなたが、私を疑っているのは、よく分かりました」
お母様は、突然、兄弟達がいる前で、そんな事を言い出しました。
父上が、お母様を疑っている。それを聞いて、1番取り乱したのは、オーガスト兄様です。
「ま、待ってください!父上が、母上を疑っているとは、どういう事ですか!」
「……そのままよ。父上は、フェアリーの粉の件の犯人を、グレアじゃなくて、お母様じゃないかと、疑っているの。証拠も何もないのに、そんなのってないわよね?」
それをすかさず利用したのは、ツェリーナ姉様です。オーガスト兄様を味方につけるべく、同意を求めます。当然のように、オーガスト兄様は、それに乗りました。
「どういう事ですか、父上!お母様が、そんな事をするはずがない!父上は、騙されて……!」
そこで、オーガスト兄様が、私の方を見てきました。今のオーガスト兄様の頭の中では、私が父上を騙し、お母様を嵌めようとしているのではないかという考えが、渦巻き始めた所ですね。冷静に考えれば、私がそんな事できる訳がありません。でも、理屈なんてどうでもいいんです。オーガスト兄様の頭の中で、そうなった以上、私はオーガスト兄様の敵です。
「お前が、騙したのか!」
そして、憎しみの籠もった目で、私を睨みながら、突進してきました。
「……」
「くっ……!?」
そんなオーガスト兄様の前に立ちはだかったのは、レストさんです。私を庇うように立ち、そんなレストさんに、オーガスト兄様の足は、止まりました。一度、ボコボコにされてますからね。その悪夢が蘇ったのか、それはもう、見事な止まりっぷりでした。
「わしは、グレアに騙されてなどおらん。全ては、地下を見れば、明らかになる事。この場で無駄な争いはするな」
「しかし──!」
「その通りですよ、オーガスト。地下を見れば、全ては明らかになる事。貴方も、この国の英雄になろうとしている者に対する態度を、改めなさい」
お母様も、父上と一緒になって、私に襲い掛かろうとしてきたオーガスト兄様を、叱りました。その余裕は、いったいどこから来ると言うのでしょうか。最強の魔術師と名高いレストさんが見たら、一発で、地下倉庫の迷宮の謎なんて、解決ですよ。
「ですが、何もなかった場合……暗に私を犯人よわばりして、そこに何もなかった場合には、私たちを欺いたグレアは勿論、それを信じたあなたにも、責任は生まれますよね?」
私は、お母様のその自信が、段々と怖くなってきました。お母様は、この地下からは絶対に、何も見つからないと言う、自信があるようにしか見えません。もしかして、妖精は既に、別の場所に……いえ、そんな事をしたら、父上が気づかないはずがありませんね。地下の、魔法によるカラクリに、余程の自信があるからこその、自信なのでしょう。
「その場合は、好きにしろ。全て、お前のしたい通りにして良い」
「その言葉が聞けて、安心しました」
ニヤリと笑うお母様に、それを睨む、父上……2人はまるで、敵対する勢力の、敵同士のようでした。
私は、そんなお母様の様子を見て、かつて私が嵌められたのと同じように、今また嵌められようとしている。そんな予感がして、背筋に冷たい風が当たるのを、感じました。




