65話 親子のようなもの
正直に言えば、私のご飯に、そんな細工が施されていた事は、ショックです。でも、それ以上に、オリアナが私を庇い、守ってくれていたんだなと、嬉しい気持ちの方が大きいです。そのおかげか、不思議と怒る気分にはなれませんでした。
……ただ、今度私のご飯に細工した犯人であると思われる、ツェリーナ姉様には、凄く不味い物を食べてもらおうと思います。気絶するぐらい、不味い物をです。
「グレア!?」
険悪な、空気。そして、むせるレストさんをよそに、食卓の間に、新たな人物が訪れました。
人懐っこそうな、くりくりの目。可愛らしく、小柄な容姿は、誰からも愛される、この国のアイドルのような存在の、サリア姉様です。
そのサリア姉様が、私を見て驚きの声をあげ、同時に驚きの表情を浮かべています。
「何!?」
更に、続いて現れたのはオーガスト兄様です。顔を中心に包帯を巻かれ、腕や足にも包帯を巻かれた痛々しい姿は、オーガスト兄様のイケメンを隠し、その長所が一切なくなってしまっています。
顔がなければ、ただのアホですからね、この人。
「グレアが、何故ここに……!」
「はぁー……辛すぎですよ、コレー」
むせていたレストさんが、ようやく元の様子に戻って顔をあげ、そしてオーガスト兄様が、レストさんを見て固まりました。
レストさんは、そんなオーガスト兄様に全く興味を示さず、お水を飲みます。そして、お口直しにスープを口に運び、食事を再開。オーガスト兄様の事は、一切見ようともしません。
「──メリウスの魔女!」
やや、固まっていたオーガスト兄様が、ようやく正気に戻ると、レストさんに向かって怒鳴りつけました。それでも、レストさんは興味を示しません。ご飯を、食べ続けています。
「き、貴様よくもオレの前に姿を現わせたな!」
「よせ、オーガスト。彼女は味方であり、手を出す事は禁ずる。サリア。席につきなさい。オーガストも、席につけ。今我々は、この国の行く末に関する、大切な話をしている所だ」
「しかし父上!この者は、このオレにこのような大怪我を負わせた張本人!許す訳には──」
「──座れ」
父上に凄まれると、オーガスト兄様はそそくさと、席につきました。その辺の根性は、マルス兄様の足元にも及ばないのが、オーガスト兄様です。なんだか、安心しますね。
サリア姉様も、同じくイスに座ります。これで、怪我の治療中のマルス兄様と、レックス兄様以外の兄弟が揃いました。
「え、えと……どうして、グレアが、ここにいるの?確か、メリウスの魔女さんの生贄になったんじゃー……」
遠慮がちに手を挙げて尋ねたのは、サリア姉様です。
「グレアに対する死刑は、撤回された。これより、フェアリーの粉の製造の、真犯人を探し出す」
「し、真犯人?それじゃあ、グレアは、冤罪だったの……?」
サリア姉様は、可愛らしく首を傾げています。可愛いんですけど、その表情の裏では、どんな腹黒い事を考えているのか、分かった物ではありません。
「その通りだ」
「そうだったんだ……良かった、グレア!私は、グレアの事を信じてたのよ!」
安心したように、涙を流すサリア姉様が、気持ち悪いです。その涙は、完璧なまでに演技です。牢獄に捕らわれた私を、わざわざあざ笑いに来たサリア姉様を、私が忘れたとでもお思いですか。
「ど、どういう事だ、父上?」
「そのままだ。フェアリーの粉を製造していた者は、グレアの他にいる」
父上がそう言い切った事に、オーガスト兄様は驚きを隠しません。オーガスト兄様も、私に対して軽蔑の目を向けていましたからね。その理由となっていた、フェアリーの粉の製造という罪がなくなって、オーガスト兄様はどうするでしょう。
「……」
普通なら、私に謝るべきですよね。でお、オーガスト兄様は、私を睨みつけてきました。まるで、私が不正で罪を逃れたかのような態度です。
「メリウスの魔女には、真犯人探しを協力してもらう予定だ。失礼な態度のないようにしろ。さもなければ、罪に問う事になる。また、グレアに対する態度も、改めよ。グレアはもう、罪人ではない。むしろ、この国を救う英雄になろうとしている。その事を念頭におけ。良いな」
「は……はい……英雄?」
父上に言われては、オーガスト兄様は頷くしかありません。サリア姉様は、誰にも気づかれないように、陰で顔を歪めています。私にはバレてますけどね。
でも、英雄だなんて、そこまで言われると、さすがに恐縮してしまいます。私はただ、偶然レストさんの力を借りる事ができて、偶然魔族と停戦を結べただけなんです。
あれ、でもそれって、偶然にしても凄い事ですよね。このまま妖精を救い出して、魔族との戦いを本当に止められたら、それって英雄以外のなんでもないです。そして、私の銅像が出来たりして、後世にまで崇めたたえられる事になるのです。
「──と、ところで、父上。父上は、レストさんとお知り合いだったのですか……?」
英雄だなんて、私には不相応な物です。私はすぐに、そんな考えを振り払いながら、ずっと気になっていた質問を、父上に投げかけました。
すると、父上はご飯を口に運び、それを飲み込んでから口を開きます。もう、ご飯の挨拶も何もないですからね。勝手に、各々の判断で、食べ始めています。かくいう私も、質問してからお肉を口に運びました。
「その通りだ。レストとは……親子のようなものだ」
「お、親子!?」
私と言う、他の兄弟とは腹違いの娘を作って置きながら、レストさんまで……どんだけ節操がないんですか、この人は。その発言に、私以外の兄弟も、驚いています。そりゃあ、驚きますよね。お母様も、驚いています。
「適当な事を、言わないでくださいー」
そんな中で、呑気な声でそう言ったのは、レストさんです。
「誰が、貴方と親子ですか?思わず、手が出てしまいそうでしたよ。いいですか、グレアちゃん。この男と私は、親子でもなんでもありません」
そして、殺気の籠もった目で父上を睨みながら、私に向き直り、そして否定してきました。
「じゃ、じゃあ、どういう意味ですか……?」
「正確に言えば、レストの育ての親に、レストを任されている」
「は、はぁ……」
「勝手に、決められた事です。ですが私は、この男に頼った事は一度もありませんし、援助も全て断りました。とにかく、この男とは二度と会いたくなかったですし、私はむしろ、この男を憎んでいる身です。それこそ、次会ったら殺してしまおうと思うほどに、憎んでいました」
レストさんは、そう言って私の手を握ってきました。その手は、僅かに震えていて、本当に、本気で、レストさんはそう言っているのだと感じます。
事情は何であれ、とにかく親子でも何でもないようで、安心します。ここに来て、新たな隠し子の発覚は、国に衝撃が走りますからね。
「それは、分かっている。だが、グレアに説得されたお前は、この国を助けた。無論、わしが赦されたとは、思っていない。だが、お前には心の底から感謝しているし、詫びたいと思っている。本当に、ありがとう。そして、すまない」
「……そう思っているのなら、ご飯を食べるのをやめてください」
父上は、そう言いながらもご飯を食べ続けています。本当に、気持ちが籠もっているのかと、疑ってしまいそうになりますが、父上なりの照れ隠しなんですかね。ちょっと怪しいですけど、そういう事にしておきましょう。
一方で、父上に謝罪と感謝の言葉を述べられたレストさんの手は、相変わらず私の手を握っています。力強く、私にすがるように……。
「グレアちゃんの顔をたてて、今は貴方と敵対する気はありません。とにかく、私としても、妖精を助ける事には、賛成です。そのために、魔族に味方してこの国を亡ぼすという道を捨ててまで、ここへ来たんですから」
私は、唾を飲み込みました。レストさんのこれまでの発言を考えると、あくまで傍観者でいるつもりだったと思うので、恐らくは脅しだと思います。でも、レストさんが敵になるだなんて、そんな恐ろしい事はありませんよ。あの魔法が、この王国に襲い掛かったら、王国は一瞬にして壊滅です。そして、捕らえられた私はレストさんに、あんな事や、こんな事をされるでしょう。オリアナも、一緒にですね。
「だから、徹底的に協力してもらいますよ。そして、犯人が誰であろうとも、裁くと、この場で約束してほしいです」
「約束する。例えそれが、貧しい身分の者であっても、国の重鎮であったとしても。我が子供であっても、我が妻であっても……罪は、償ってもらう」
「はい、結構です。では、現場に行きましょうか。早くしないと、停戦した魔族が、攻めて来てしまいますし」
気づけば、レストさんはご飯を全て、平らげていました。反対側のオリアナも、ご飯を食べ終わって口を拭いています。父上も、食べ終わっていますね。
一方で私は、まだ半分ほどしか食べていません。オリアナが、何を呑気にしているんだという、横目で非難の目を向けて来ます。
私は、そんな非難の目に触発されるように、残ったご飯を口の中へとかきこみました。お行儀が悪いですけど、仕方ありません。




