62話 聞きたい事
マルス兄様は、オリアナに蹴り飛ばされた鼻と、父上に殴り飛ばされた顔面の治療のため、医務室へと連れていかれ、一旦お別れです。
一方で私は、父上と、レストさんに、お城の中へと連れ込まれ、来客用の食卓の間へと、向かう途中です。上機嫌で私を迎え入れた父上に、奇異の目を向ける、メイドやお城の兵士たち。その間をくぐり抜け、そんな中で、私は自分の姉の姿を見つけました。
「ぐ、グレア……あんた、どうして……!」
それは、忘れもしない……我が姉の、ツェリーナ姉様です。身に纏うドレスは、王族に相応しく、きらびやかな赤のドレス……。お母さまが着ていたドレスと、少し似ていますね。
そんなツェリーナ姉様が、私の顔を見て、まるで死人を見たかのように、顔面蒼白になって驚いています。
どうやら、私が生きて帰って来た事が、信じられないようです。でも、残念でしたね。道中の危険な道のりはオリアナが守ってくれたし、肝心のメリウスの魔女は、女好きの変態でした。
「ツェリーナ姉様……!」
私は思わず、そんな姉を、睨みつけてしまいます。私を嵌めた、張本人ですからね。そりゃあ、敵対心もむき出しになってしまいます。
そんな私の頭の上に、レストさんが手を乗せてきました。
「どうどう」
レストさんにあやされた私は、剥き出した歯をおさめて、ぐっとこらえます。
「猛獣ですか……」
そんな様子に、オリアナが小さくツッコミをいれてきます。そう言われても仕方ありませんが、私は割と、本気で、怒っているんです。それは、お母様に対しても、同じです。あの澄ました顔を見た瞬間に、殴り飛ばしたくなりました。でも、我慢したんです。褒めてください。決して、槍を構えて囲っている兵士たちが怖くて、臆した訳ではないんですからね。
「ち、父上。グレアを、どこへ連れて行くのですか?これから、死刑に……?」
「いや。グレアは、自分に課された任を、見事にこなし、メリウスの魔女を連れて来た。そもそもだが、わしはグレアがフェアリーの粉を製造していたなど、信じてはおらん。なので、とりあえずは飯だ。グレアの帰還と、メリウスの魔女の歓迎もかねてな。お前も、出席するのだぞ」
「な、何を言っているのです、父上!?グレアが所持していた、あの瓶。アレは、間違いなくグレアが所持していた物です」
父上の言葉は、私もにわかには信じられない言葉でした。
だって、あの時父上は、怒りにそまった目で私を睨みつけ、死刑を宣告し、あんな重罪人しかいれられないような、劣悪な環境の牢屋に、私を数日間も閉じ込めたんですよ?信じていないと言うのなら、どうしてそんな事をしたんですか?ちょっと、お話しないといけない事が、あると思います。
「ここでお前と、議論をするつもりは、ない。行くぞ、グレア!レスト!」
「お、お待ちください!」
「──ツェリーナ」
私の腕を引っ張る父上に、私が抵抗する術を持ち合わせていません。強制的に引っ張られて、連れていかれます。
そんな父上の前に、ツェリーナ姉様が立ちはだかりました。父上の言葉に、納得ができていないのは、私だけではありません。ツェリーナ姉様は、慌てた様子で止めに入ろうとしましたが、それを止めたのは、お母様です。
「お母様……」
お母様に名を呼ばれたツェリーナ姉様は、納得のいかない様子ですが、でも、脇にそれて、父上に道を明け渡しました。
そんなツェリーナ姉様を気にする事無く、父上はツェリーナ姉様の横を通って、廊下を進んでいきます。その視線は、ずっと私を睨みつけていて、私もそんな視線に対抗して、睨み返しながら通り過ぎました。
通り過ぎた私たちですが、振り返ると、お母様はその場に残り、ツェリーナ姉様と何か立ち話をしています。会話の内容は全く聞こえませんが、ややあって、2人は私たちを追って、歩み始めました。
「姫様。前を見て歩いてください。危ないですよ」
「わ、分かっています」
そんな私の視線を、遮るように立って来たオリアナに言われて、私は前を向きます。そもそも、父上とレストさんに、引っ張られて歩く方が危ないんですけどね。
結局そのまま連れていかれて、私たちはそれからしばらくして、食卓の間へと到着します。そこは、特別なお客様が来た時にだけ使われる部屋で、大きな窓から、太陽の光が眩しいくらい入り込む、明るいお部屋です。窓の外には、色とりどりの花がキレイに整列して咲いていて、その向こうにはこのお城を囲む、大きな山を見ることができます。日が沈んでからも、天井からぶら下がる大きなシャンデリアが、明るく照らしてくれるんですよね。その場合、外の風景は、窓から洩れた光に当てられた花が、また別物のように、キレイに見る事ができます。
「私は、グレアちゃんの隣ですねー」
「……」
長方形の、長い長い机。その上座に設置された、一際豪華なイスに、父上が座ります。そんな父上から見て、左斜め前のイスに、レストさんが自由に座り込み、その隣に私が座るように促してきました。一応、座る位置にも、色々と細かいルールはあるんですけど、レストさんは何も考えていないようです。更には、自由に動き回る物ですから、イスを引いてくれようとしていたメイドも、対応できません。自分で勝手にイスを引いて、そこにドカリと座り込みました。でも、父上も特に何も言ってきませんし、まぁいいでしょう。私は、レストさんに誘われるまま、その隣に座ります。
そんな私の一歩後ろには、オリアナが立ちます。私のメイドとして、いつもの事と言えばそうなんですけど、オリアナも長旅で疲れているはずです。そんなオリアナを立たせておくのは、心苦しく思います。
「……父上。オリアナも、席につかせてもいいでしょうか」
「ん。いいよ」
父上は、即答でした。
「いえ。私は、平気です。お心遣い、感謝します」
「いいから、座れ。お前も、グレアをよく支え、守ってくれた。その功労は、決して忘れはせん」
「……」
父上に促されると、オリアナは私の隣のイスに、座りました。私は、両サイドをレストさんとオリアナに、囲まれる形になります。
そんな私の机を挟んだ正面に、ツェリーナ姉様が座りました。その隣には、お化粧を直して戻って来たお母様が、腰かけます。それぞれ、メイドにイスを引かせてから、優雅に座り込みました。
「食事ができるまでは、まだ時間がある。それまで、少し話をしよう。わしも色々と聞きたい事があるし、グレアも聞きたい事があるだろう?」
「……そうですね。それはもう、たくさんあります」
「それじゃあ聞きますけど、妖精を浚ったのは、貴方ですか?それとも、貴方?」
レストさんが、正面に座るお母様とツェリーナ姉様を交互に見て、堂々と尋ねました。
確かにそれも、私が2人に対して問いたかった事の中の、1つです。でも、物事には順序というものがあるんです。いきなり本題をぶつけた事により、場は凍り付いてしまいました