55話 赤い剣
「ん?どういう事だ、メリウスの魔女よ!お前が戦うのではないのか!」
クレーターを降りて行ったのは、レストさんではなく、オリアナです。その事に、マルス兄様が文句を言ってきました。
「その人が、私の代わりですー。勝った方が、勝者の言う事を聞くという事で、お願いします」
マルス兄様は、頭を抱え、怒りの目を私に向けてきます。
「騎士であるこのオレに、メイドと戦えと言うのか!」
なんで、私に向かって怒るんですか、この人は。別にいいんですけど、気に入りません。
「オリアナは、マルス兄様よりも、強いです!たぶん。なので、相手にとって、不足はないはずです!」
「……」
オリアナは、私の言葉を聞いて、刀を具現化して構えて見せました。それを見たマルス兄様の、オリアナを見る目が変わります。
その目が鋭くなって、獲物を見る目に変わりました。更には、オリアナはマルス兄様を挑発するように、刀を一閃。地面を切りつけて、地面を切り裂いてみせました。
まるで、バターを斬るかのような切れ味に、地面はパックリと割れて、オリアナの力を示します。
「なるほど。あながち、嘘ではなさそうだ。いいだろう!このメイドで、我慢してやる!」
「私が勝ったら、撤退していただく。そういう事でよろしいでしょうか」
「約束してやろう。勝てたなら」
「では、どうぞ武器をお構えください。姫様!勝負の開始の合図をお願いします!」
オリアナに、そう言われますが、武器を構えるオリアナに対して、マルス兄様は武器を構えようとしませせん。開始していいのか、私は戸惑います。
「たぶん、しちゃっていいと思います。恐らくは、オリアナちゃんを舐めているんでしょう。だったら、舐めたまま戦ってもらって、負けてもらいましょう」
「そうですね……」
レストさんの助言に、私は手を上げました。
「では!試合、始め!」
私の合図と同時に、すぐにオリアナが動きました。マルス兄様との間合いを詰めると、先程地面をバターのように切り裂いた、剣筋を見せ、斬りかかります。
マルス兄様は、それを剣ではなく、腕に装着した籠手で、受け流しました。地面を、切り裂くほどの切れ味を持つオリアナの一撃を、寸分の狂いもなく、適切な角度で受け流したのです。
それには、オリアナは驚きの表情を隠せません。そもそも、武器も構えない相手に、よく斬りかかれましたね。相手は一応、一国の王子ですよ。
そんなマルス兄様の妙技に、私たちとは反対側の、クレーターの上で戦いを見守っている兵士たちが、沸き立ちます。
「はぁ!」
「っ……!」
マルス兄様が、オリアナのお腹の辺りにめがけて、受け流した方の手とは、反対の手で拳を突き出しました。
オリアナはそれを、刀の柄の部分で、受け止めました。ただ、マルス兄様の拳は、すさまじく重い物だったようです。その威力に飛ばされて、空を飛んで行ったオリアナは、空中で回転。それから、地面に着地します。
回転したその際に、メイド服のスカートが翻り、太ももが露になりました。下着はどうにか隠せていたと思いますが、そんなお色気シーンに、向こう側で試合を見ている兵士たちが、沸き立ちます。
「おおー!」
「見えたか!?」
「いや、見えなかった……だが、黒だったような……」
兵士たちが、勝手な憶測で、オリアナの下着討論を開始しています。そのざわめきは、こちらまで聞こえてくる程ですよ。
「下品な連中ですね……。ね、レストさん」
「も、もう少し!もう少しで、オリアナちゃんのパンツが……!次は、見えるようにお願いします!」
私の隣にも、下品な人がいました。レストさんは、身を乗り出して、興奮した様子でオリアナをガン見しています。
向こう側の兵士の事を、私は、何も言えなくなってしまいました。
「……それにしても」
今のオリアナの動きは、全く本気には思えません。前に、私たちに襲い掛かって来た人たちを撃退した時に、私に見せてくれた、目にもとまらぬ速さはどこに行ってしまったんでしょう。
「……なるほど。さすがは、マルス様ですね。まさか、私の攻撃を籠手で受け流されるとは、思いもしませんでした。このオリアナ、感服致しました」
「ごたくは、いい。さっさと、本気を出せ!このオレに、剣を抜かせてみせろ!」
「いいのですか?それで負けた場合、オレはまだ本気を出していないー、とか言って、駄々をこねないと、約束してもらえますか?」
「舐めてるのか貴様は!そんな情けなく、騎士としてのプライドの欠片もない行為は、しない!さっさとかかってこい!」
「……では──」
その瞬間、オリアナの姿が、消えました。上から見ている私たちには、オリアナが、マルス兄様正面の離れた場所から、マルス兄様の背後に瞬間移動した風にしか見えません。
ただ、オリアナの足取りを示すように、地面を蹴った痕を見る事ができます。それにより、オリアナのスピードの速さを実現しているのは、強力な脚力のおかげだという事が伺えます。
完全に、オリアナの本気のスピードに虚を突かれたマルス兄様は、全く身動きがとれません。そんなマルス兄様の背後に、オリアナが容赦なく斬りかかりました。
私は一瞬、コレで勝負がついたと思いました。油断しているマルス兄様が、オリアナの攻撃を防ぐ手段は、ありません。ないはずです。
でも、違いました。オリアナの刀は、一瞬にして剣を抜いたマルス兄様によって、防がれました。後ろ向きのまま、剣を肩から背中に回し、受け止めたのです。その瞬間、金属と金属がぶつかりあう音が響き渡り、僅かに風を巻き起こした気がします。
「ぬおえああぁぁぁぁぁ!」
後ろ向きのまま、オリアナの刀を受け止めたマルス兄様が、おかしな気合の雄叫びをあげなら、受け止めたオリアナの刀を受け返すと、オリアナは咄嗟に、横に飛んで逃げました。直後に、後ろ向きのまま、肩から背中に回していた剣を、マルス兄様が天に向かって振りぬきました。
その瞬間、先ほどまでオリアナがいた、マルス兄様の背後の地面が、吹き飛びました。地面は破裂し、大きな衝撃となって、大地を揺らします。
後ろ向きで、剣を天に突き出すと言う、おかしな態勢から繰り出された一撃ですが、そんな一撃によって繰り出された斬撃で、大地が割られたのです。
「コレが、竜を倒した剣を持つ者の力……」
マルス兄様が天に掲げる、赤い刀身が、太陽の光によって反射して、輝きます。血の色のようで、不気味な剣ですが、でもその姿があまりにキレイで、私は思わず、目を奪われてしまいました。




