46話 自業自得
レストさんの言葉を聞いて、私は深く、息を吐きました。私は、レストさんを変態だとは思っていましたが、旅の僅かな時間の中で、共に過ごし、信頼できる人物として認識していたんです。もう、人を信じるのはよそう……そう思っていた私に、また人を信じる事は悪い事ではないと、教えてくれた人物です。
誰かに、殴られたり、蹴られたりするよりも、レストさんに騙されていた事は、私にとって、辛く、胸が痛いです……。
「一体、どういうつもりなんですか……私が、どんな想いでいたのか知っていたくせに、どうして私を騙していたんですか……!」
「騙すも何も、聞かれなかったので、言わなかっただけ……いえ、コレはちょっと、意地悪ですね。そうです。私はグレアちゃんを騙し、メリウスの魔女だという事を隠して、ずっと傍で見させてもらいました」
「どうして、そんな意味のない事をしたんですか!」
初めて会った時に、そう言ってくれれば、こんな旅に出る必要はありませんでした。そうすれば、その時に王国を助けるようにお願いして、受け入れられても、断られても、それで終わりです。この数日間の出来事を、全く意味のない物に、レストさんがしたんです。
「意味は、ありました。ところで、まず最初に言っておきますと、私はグレアちゃんの国を助けるつもりは、全くありません。例え、目の前に大金を積まれようと、生贄を捧げられようとも、そんな事は絶対に、ありえません」
「っ……!だ、だったら、出会った時に、そう言ってくださいよ……。最初から、本当に全部、無駄だったんじゃないですか……」
「そうですね。そう知っていれば、グレアちゃんはオリアナちゃんとここへ辿り着くまでの時間を稼いで、それからどこかで二人仲良く暮らす事が出来たかもしれません」
「そう思うのなら、どうして教えてくれなかったんですか!その気はないと、最初に言ってくださいよ!私の傍で、私を騙して、面白がっていたんでしょう!?貴方も、私のお母様や、姉達と同じです……私を騙して、遊んで……そんなに私を騙して、楽しいんですか……?」
私は涙を流しながら、膝を崩しました。こんな時、オリアナがいてくれれば、きっと私に寄り添い、慰めてくれたに違いありません。
「……」
そこで、ふと思いました。オリアナは、どうしたんでしょう。レストさんが追いかけて、また私に会わせてくれると、約束してくれたはずです。
顔を上げ、涙を袖で拭い、見た所、レストさんは1人です。
「……オリアナは、どうしたんですか?」
「オリアナちゃんは、ちゃーんと、見つけて捕まえました。安全な所にいるので、心配する必要もありません。ただ、今グレアちゃんと会わせてあげるつもりは、ないです」
「……」
会いたいですけど、今はそれでも、構いません。あんな危ない森を、オリアナ1人でうろつかせるよりは、マシです。
「少しは冷静に戻ったようなので、お話をさせてください。魔族の軍勢は、どうして突然、オリアナちゃんの国へと侵攻を始めたと思いますか?」
「侵攻の……理由……」
それは、考えていませんでした。ただ、突然攻めてきたと聞いただけで、理由は誰からも聞いていません。
でも、よくよく考えればおかしいです。魔族達は、結果として自分たちの首を絞める事になるのは目に見えて明らかです。私の国には勝てても、その後がありません。他国から攻められる口実を作って、その後は滅びの一途です。そこまで考えない程、魔族もバカではありませんから、何かそうしなければいけない理由があるか、はたまた、勝算があるのかの、どちらかです。
「この森の周辺に住む魔族達は、とても義理に厚い方々です。恩を忘れず、一致団結し、争いもなく、平和に暮らしています。それこそ、この世界の人間とは違い、穏やかな日々を送っています」
「魔族が……?」
「信じられませんか?でも、本当なんです。数年前、流行り病で死者が多く出た時、私の所に助けを求めてきた魔族を、無償で治療した事があります。彼らはその後、お礼のお手紙と、たくさんの食物や、珍しい鉱石を持ってやってきてくれました。病気の治療は、私にとっては、他愛のない事でした。でも、彼らは精一杯の感謝の気持ちを、見せてくれたんです。一方で、森で怪我をして倒れていた人間を助けた事があります。私はその人間をここへ連れ帰り、怪我の治療を施しました。しばらくして、彼も私の下へやってきました。たくさんの武装した人を引き連れて、私の財産と、私の身体を奪う。そう言って、襲撃してきたんです。当然、返り討ちにしましたけどね。この二つの種族の違いは、なんでしょう。私は人でありながら、人と言う物が少し、分からなくなっています」
「レストさんも……」
人に裏切られたんですね。自分が親切にした人に、襲撃し、襲われる。それは、本当に悲しい事です。
一方で、魔族の話はにわかには信じられません。魔族は、恐ろしい生き物だと教えられ、育って来たせいでしょうか。
「……それが、なんだと言うのですか。魔族が、レストさんが助けた人よりも、義理を果たしたと言う話は分かりました。それと、魔族の侵攻と何か関係があるというのですか」
「魔族達は、怒っているいんです」
「怒っている?」
「そうです。魔族達の盟友である、この森に住まうとある者達が、浚われ、あの国にいます。その者達は、とても優しく、美しい者達です。私も、何人か知り合いにいます。ですが、彼女たちはあまりにも優しく、寛大です。怒りという感情を知らないのではと、心配になるくらいです……。そんな彼女たちより先に、我慢できなくなってしまったのが、魔族達です。魔族達は、彼女たちの代わりに怒り、そして取り戻すための侵攻を開始したのです」
「……まさか、その彼女たちというのは」
「妖精族の者達です」
その名前を出され、私はツェリーナ姉様に虐待される、妖精の姿を思い出しました。もし、レストさんの話が本当なら、ただの自業自得ではないですか……。
私は、そんな自業自得が招いた事態をなんとかするために、ここへやって来たのですか?