43話 目的地
馬に乗り込んだ私は、レストさんと別れ、一人で西へと向かいます。方角は、オリアナが残して行ってくれた、魔法具のランタンがあるので、平気です。
それにしても、レストさんと別れた直後から、涙が止まりません。どうしてでしょう。一人の不安からでしょうかね。とか言って誤魔化そうとしますが、違います。オリアナが私の下から去ってしまった事が、それだけショックだったんです。先ほどまではレストさんが傍にいたので我慢してましたが、一人になった途端に、決壊してしまいました。大洪水です。
「ふえぇ……」
情けない声を出しながら泣き、前がよく見えなくて危険です。でも、お城を出た時からお世話になっているこの馬は、とても優秀です。きっと、障害物とかそういう物は、勝手に避けてくれますよ。そう高をくくり、私は泣き続けます。
それでも、袖で涙を拭い、しばらくしてから泣き止みます。オリアナが心配ですが、あちらはレストさんがついているので、きっと大丈夫。私は、私がすべき事を遂行するため、頑張るだけです。
「オリアナの、バカ!ついでに、私のバカ!」
そんな風に叫びながら、森の中を馬で駆けていく私は、傍から見れば、さぞかし情緒不安定のヤバイ人に見えるでしょうね。でも、叫ばずにはいられません。私のイライラというか、もどかしさは、叫ばないと解消できませんから。どうせ、誰も見てないし、聞いていないんです。だから、思いきり叫びます。
「あああああぁぁぁぁぁぁ!」
そうしていると、馬が、突然止まりました。私が操っている訳ではありません。突然止まったことにより、その動きを予測していなかった私は、前のめりになってしまいました。
「ど、どうしたんですか?」
返事がある訳ありませんが、私は馬に尋ねます。
でもその理由は、聞かずともすぐに分かりました。私の、すぐ目の前。そこに、寝そべっている巨体があります。今の今まで、眠っていたんだろうなと分かるような仰向けの体勢で、そこにいたのは、ハエ型の巨大な魔物……。
「オラグラル……!」
「おぎゃああぁぁぁ!」
その目は、パッチリと開いています。どうやら、先ほどの私の叫び声のせいで、起きてしまったようですね。
当然のように、彼はお怒りの様子です。そして今私は、たった一人です。守ってくれる人も、どうしたらいいのか指示してくれる人も、いません。身体が、震えます。
今更ですが、レストさんから離れたのは、愚策だった気がします。か弱い私が、たった一人でこの森をうろつくなんて、自殺行為でしかありませんでした。こうなる事を全く予測できてなかった、私のミスです。それから、下手に大きな声を出したのも、私のミスです。ミスの連鎖ですね。そろそろ、ボーナスタイムがやってきてもいいんじゃないかと思うくらい、連鎖しています。
でも、そんなボーナスタイムを期待する前に、やる事があります。一度、逃げきれているんです。今回だって、余裕で逃げ切る事ができるはずです。見ていてください、オリアナ。私一人だって、やってやりますよ。
「へ?」
そう気合を入れて、馬を発進させようとしますが、オラグラルは突然おとなしくなり、目を閉じて再び眠りについてしまいました。怒るのも面倒なくらい、眠いという事でしょうか。
「はは……」
どうやら、ボーナスタイムが来たようです。
私は薄く笑いながら、今のうちにオラグラルの横を通り過ぎて、さっさとその場を立ち去る事にします。気が変わって、襲い掛かってこないか心配でしたが、最後までそれはありませんでした。
さらにその後、いくつかの魔物と遭遇しましたが、どれも私に襲い掛かってくることはありませんでした。今までが嘘だったかのように、皆おとなしくて、私を敵と認識する者はいません。ここまでくると、ボーナスタイムとか、運から来る物ではない事が、ハッキリとします。でも、理由はなんにせよ、襲ってこないのなら都合が良い事に変わりはありません。
私はそのまま、目的地へと向かって馬を駆ります。
必死だったので、どれくらいの時間走ったのかは、全く感覚がありません。でも、しばらくして周囲の雰囲気が変わった気がします。それに気づいた時、魔法の気配を感じました。この辺りは、何かの魔法で囲まれているようです。
何の魔法かは分かりませんが、でも魔法の気配があるという事は、もしかしたら……。
「わぁ……」
期待と共に突き進むと、突然森が開けました。開いたその先にあった物は、湖です。そこだけ薄暗かった森ではなく、色とりどりのキレイな花が湖の周りに咲き、光の射す楽園のような姿を呈しています。
まだ、昼間だったんですね。頭上の太陽を見て、そんな事を思いました。
頭上から視線を落とすと、一軒の家が見えました。湖畔にポツリと佇むその家は、石の柱で底上げした上に建っています。下は、水没してもいいようになっているようですね。というか、湖に半分突き出ていて、柱が何本か湖に埋まっています。その上に、キレイな木の家が建っていて、そこが居住スペースとなっているようです。屋根には煙突がついていて、暖炉でもあるんでしょうか。冬は、この辺りは寒そうですから、必須ですね。
そんな、ちょっと小洒落た家が、メリウスの魔女のお家のようです。私はついに、この旅の目的地である場所に、辿り着くことが出来ました。