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23話 平和ですね


 馬車に揺られる事、半日程が経ちました。カーガレウス平原を、特に何事もなく抜けた私たちが辿り着いたのは、最初の難所。ウルス山脈の麓です。

 そり立つ崖に、急勾配の坂道がお出迎えです。ここからは、足場の悪い、道が続きます。これでも、人が通れるように、気持ち整備されているんですよね。この山を超えられなきゃ、山の向こうの住人が困りますからね。その人たちが、必死の思いで道を作ったんだと思います。


「あー、平和ですねー……」


 澄んだ青空を見上げ、私は呟きます。こうして、大自然に触れていると、嫌な事を全て忘れて、解放された気分です。実際は、そんな事ないんですけどね。自嘲気味に笑い、私は首輪を触れます。


「確かに、平和ですね。ですが、この平和が、いつまでも続くとは限りません。平和など、いつでも一瞬で壊すことのできる、脆いガラス細工のような物ですから」


 隣で馬を操っているオリアナが、そんな不穏な事を言い出しました。


「へ、変な事、言わないでください。もし何かおこったら、オリアナのせいですからね!」

「人のせいに、しないでください。それを言うなら、平和ですねー……とか最初に呟いた、姫様のせいじゃないですか」


 オリアナが、先ほどの私の台詞を、言ってきました。その部分だけ何故か、しゃがれ声で、目を点にしたアホみたいな顔で言ってきたのに、悪意を感じます。というか、悪意しか感じません。


「一体それは、誰の真似をしているのか、一応聞いておきましょうか」

「姫様の真似です」

「ですよねー。知ってました。ところで私って、そんなアホみたいな顔してます?そんなしゃがれた老婆みたいな声してます?」

「寝起きとか、こんな感じです」

「マジですか!?」


 ショックです。私って、寝起きそんな感じだったんですか。

 ショックなので、オリアナの膝の上に、ダイブします。甘えるように膝の上でごろごろ、すりすり。オリアナの膝枕は、天下一品です。気持ち良すぎる。


「姫様、運転の邪魔です」

「いいじゃないですかー。減るもんじゃあるまいしぃ」

「お二人は、仲が良いですね。どのようなご関係で?どこまで、しました?私も混ぜてもらう事は、可能でしょうか」


 荷馬車から顔を覗かせたレストさんが、興奮した様子でそう言ってきました。


「ただの、メイドと主人です。それ以上でも、それ以下でもありません」


 無表情でそう言うオリアナですが、私はそうは思っていません。それ以上だと、思っています。だからこそ、私はオリアナを信じて檻の中で過ごしてきましたし、こうして一緒に旅に出てくれたのだと、そう思っているんです。

 オリアナは、私にとって……そうですね。双子の姉妹的な。そんな感覚ですね。姉でも、妹でもありませんから、双子です。


「姫様。顔を擦らないでください。あと、もう一度言います。邪魔です」

「むふぅ」


 私は、冷たい事を言うオリアナの膝に顔を擦り、この気持ちを伝えます。


「あ、あぁ……オリアナちゃんに甘える、グレアちゃん。かわええ。でもそれより、次、私。私も、オリアナちゃんに膝枕、してもらいたいです」

「嫌です」

「そんなぁ」


 オリアナは、きっぱりと断り、レストさんはその場に崩れ落ちました。ちょっと可愛そうな扱いだけど、この膝は私の物です。そう易々と貸すわけにはきません。




 それからまたしばらく経ち、私たちは、山の中腹で発見した、洞窟の中にいます。外は危険なので、ここで休憩する事にして、現在足止めを食らっているんです。

 というのも、洞窟の中にまで響いてくる、激しく地面に打ち付ける、雨の音。それが原因です。

 ほんのちょっと前までは、雲一つない天候だったのに、突然の雨に見舞われてしまったんです。それも、凄い大雨です。視界もままならず、危険な状況でした。偶然洞窟を発見したからまだいいものの、この洞窟がなかったら、かなりヤバかったですよ。


「へっくしょい!」


 私は、大きなくしゃみをします。洞窟なので、その音が反芻して、よく響きます。

 突然の雨に、びしょ濡れで、身体が冷えてるんですよ。それもこれも、荷馬車のテントを隙間なく張って、雨で荷物が濡れないように、頑張った結果です。物資が濡れたら、終わりですからね。多少は水漏れがありましたが、私の活躍により、荷物は無事です。

 濡れなかったおかげで、洞窟の中を照らすランプも、きちんと火がついて、辺りを照らしてくれています。


「姫様。とりあえず服を脱いで、こちらの布にくるまっていてください。そのままでは、風邪を引いてしまいます」


 そういってタオルを渡してくるオリアナも、もちろんずぶ濡れです。運転席で、必死に馬を操っていましたからね。メイド服が濡れて、ダボっとしています。


「グレアちゃん、脱ぐんですか!?」


 それを聞いたレストさんが、目を輝かせてきます。完全に、私の体に狙いを定めてますよね、この人。

 そのレストさんも、びしょ濡れです。私を手伝って、一緒に荷馬車の荷物が濡れないようにしてくれましたからね。


「お、オリアナとレストさんも、びしょ濡れじゃないですか。お先に脱いでどうぞ」

「私は先に、馬を拭いてきます。彼らの体力も、私たちにとっては重要ですから、早めにケアをしてあげなければいけません」

「私は見られるより、見る方が好きなので、おかまいなく」

「荷馬車の中で、脱いできます。絶対に、覗かないでください。覗いたら、殺します」


 私は、オリアナから受け取った布を手に、レストさんから逃げるように荷馬車に立てこもりました。覗けないように、出入り口もちゃんと目隠しをしてしまいます。

 女同士とはいえ、あんな不審人物の前で素っ裸とか、冗談じゃないです。

 ……悪い人では、なさそうなんですけどね。先ほども、一生懸命、手伝ってくれましたし。でも、油断はできません。したらいけないんです。じゃないとまた、裏切られて、嵌められて、傷つけられてしまうかもしれないんですから。


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