22話 謎の人物
翌朝。
現在私は、オリアナが手綱を握る荷馬車に揺られながら、メリウスの森を目指して進んでいます。がたがたと揺れる馬車は、妙に眠気を誘うもので、私はうとうとですよ。牢屋暮らしの、疲れもあるんですかね。
「はぁはぁ」
「……」
でも、目の前に息を荒くして、じーっと私を見ている人がいると、不思議と眠気も吹き飛ぶという物です。
昨夜、荷馬車で発見した、銀髪のキレイな女性。この方の名前は、ミストレストさんと言うらしいです。レストと呼んでほしいとの事なので、レストさんと呼ばせてもらいます。
「あの……レストさんは、どうしてそんなに息を荒くしているんですか……?」
「どうぞ、お気になさらず。はぁはぁ」
質問には、答えてくれませんでした。気になるから、聞いているんですよ。ちょっと、怖いんですけど。同性ながら、何故か身の危険を感じます。昨夜も、ずっとはぁはぁして私の方を見てくるものですから、なかなか眠りにつけませんでした。
と、言う事は、私が今眠いのって、牢屋暮らしの影響ではなく、レストさんのせいでしたか。
「お二人とも、会話が進んでいるようで、仲がいいですね。さすがは、初対面でいきなりキスをするだけの事はあります。ひゅーひゅー」
運転席から、振り返って荷馬車の方を覗いてきたオリアナが、そんな事を言ってきます。何度も、アレはレストさんが寝ぼけて、私にしてきた事だと説明しているのにも関わらず、このメイドと来たら、事ある度にこうやってはやしたてて来るんですよ。
「そんな、仲が良さそうで結婚して三十年経つ夜の相性バッチリのおしどり夫婦のようだなんて、困ります」
「誰もそこまで言ってませんよ!?」
顔を赤くして、恥ずかしそうに言うレストさんに、私は思わずツッコミをいれます。
この人、喋り方はのんびりだし、声までもキレイでおしとやかなんですけど、どこか掴みどころがありません。
「はぁ……オリアナ。この人、ホントどこで拾ってきたんですか?」
「道端で、倒れていました」
昨日から、オリアナはそれしか言いません。
代わりにレストさんに尋ねてみると、自分は商人だと言い張るばかりで、こちらはそれ以上語ろうとはしません。倒れていた理由も、教えてくれませんし、怪しすぎるの一言に尽きるんですよね。
それなのに、オリアナはペラペラと私の身に起きた事を話してしまい、この人は私の正体を知っています。メリウスの魔女への生贄にされた事も、フェアリーの粉の製造及び使用の罪で、死刑を宣告された事も、です。
私がそんな状況にある事って、たぶん秘密にしなきゃいけない事だと思うんですよ。それを、よりにもよって、こんな怪しさの塊に全部話しちゃうとか、どうかしてますよ。
「大体にして、本当にこの人、商人なんですか?商人が、どうして商売道具も持たず、うろついているんですか、おかしいでしょう」
「全て、なくしました」
ニコニコ顔で、そう言い切るレストさん。
「……分かりました。百歩譲って、そうだとします。ですが、どうして付いてくるんですか?」
最大の謎は、そこです。この人、私達の目的地を聞いて尚、丁度そこにいくつもりだったとか抜かして、付いてくる気満々です。
メリウスの森に用事とか、どういう事なんですか。あそこはただの森で、寄り付くのは冒険者くらいですよ。村や町も近くにないので、商人が立ち寄るような場所ではありません。ましてや、お姫様やメイドが、護衛もつけずに向かうような場所でもありません。
「愛……」
「へ?」
「愛が、そうしろと囁いているのです。きゃっ」
何言ってんの、この人。頭のネジが、一本どころか数十本飛んじゃってるんじゃないですか。
あと、恥ずかしそうに手で顔を隠すの、やめてください。よくそんなような仕草をする姉と被って、イラつきます。
「とにかく、オリアナ。私は、こんな怪しいのを連れて旅に出るのは、反対です。捨てていきましょう」
「わぁーん!グレアちゃんが虐めるよー!」
「……」
わざとらしく声を出し、泣いているように見えるレストさんですが、泣いていません。あからさまな、嘘泣きです。
「あー、姫様がレストさんを泣かせたー」
「わざと言ってるでしょう。どう見ても、嘘泣きでしかありません。今すぐ泣き止まないと、本当に突き落として馬の糞かけますよ」
「うわぁーん、オリアナちゃーん!」
レストさんは、荷馬車の運転席の方へと駆け寄ると、オリアナに背後から抱き着いた。オリアナを味方に付けるつもりですね。
「はぁ……」
ため息を吐き、なんか、頭が痛くなってきます。
「はぐっ!?」
頭を抱えていると、なんかめり込むような音がして、レストさんがオリアナから離れて崩れ落ちました。お腹を抱えて、なんか悶えています。
「き、効きました……肘……急所……」
断片的に、何かを訴えているレストさんですが、要領を得ません。返事は無理そうなので、代わりに、オリアナに聞いてみる事にします。
「ど、どうしたんですか……?」
「いえ。胸を触って来たので、鬱陶しいのでやめさせたまでです。姫様なら構いませんが、見ず知らずの正体不明な人物にされるのは、不気味ですので」
「そう思ってるなら、連れてくのやめましょうよ!?」
「まぁまぁ。良いじゃないですか」
このメイドは、一体何を考えているんですか。私には、全く理解できません。