10話 罠
数時間前。私は、お母様と一緒に、父上の下へと赴きました。場所は、謁見の間。玉座に座った父上に対し、私は目で見た事実を、全て話しました。父上は、そんな私の訴えを真面目に聞き、静かに、そして少し悲しそうに頷いてくれました。
「あなた。まずは、調査をしましょう。グレアの話が本当だとしたら、死刑に値する事態となります。慎重に、事を進めるべきです」
「……うむ」
「ふわぁー、どうしたんですか、いきなり呼び出して」
そこへ、わざとらしくあくびをするツェリーナ姉様が、謁見の間の扉を開いてやってきました。白々しい。よくできますね、そんな演技。でも、そんな余裕を見せていられるのも、今のうちだけです。
「ツェリーナ。話は、グレアから聞いた。お前が、フェアリーの粉を製造し、使用していた、と」
「は?何を言っていいるんですか、父上。そんな事、私がする訳ないでしょう。あ、もしかして、さっき喧嘩したから、怒って私を困らせるつもり?性格が悪いわね、あんた」
「っ……!」
あまりにも、白々しすぎて、私は思わず、取り乱して怒ってしまう所でした。でも、我慢します。どうせもう、ツェリーナ姉様は終わりなんですから、好きに言わせておけばいいです。
「よしなさい、ツェリーナ。そんなくだらない話ではなく、貴方が本当にフェアリーの粉を使用していたかどうか、それを答えなさい。返答次第では、どういう事になるか、分かりますね?」
珍しく、お母様が私を庇い、ツェリーナ姉様に向かって啖呵を切りました。
「……はぁ」
すると、ツェリーナ姉様は肩をすくめ、そしてため息を吐きました。
「本当は、黙っているつもりだったんです。隠し通せると、思っていましたから。でも、こうなってしまった以上、もう無理ですよね。……分かりました。全てを、お話しします」
どうやら、覚悟は決まったようだ。ツェリーナ姉様の事だから、徹底的に認めないと思っていましたが、ちょっと意外です。
「どうやら、心当たりがあるようですね」
「はい……」
「話しなさい。全てを。包み隠さず。真実を!」
「……私は──」
静かに語りだした、ツェリーナ姉様。私は、内心笑いながら、その言葉に耳を傾けます。目的は分かりませんが、私にあんなシーンを見せるとは、バカですよ。バカすぎます。
そこで、今更になって気が付いた。ツェリーナ姉様が、私にあんなシーンを見せる理由が、ない。いざという時のため、擦り付けるために連れてきた?……違う。それは、あまりにも浅はかな考えだ。私が訴えたら、あっけなく真実が明るみになってしまう。もっと、別の理由があり、私にアレを見せたのだ。
「──私は何もしていません。むしろ、フェアリーの粉を使用しているのは、グレアです。昔から、止めるように言っていたのですが、止められず、私にも勧めてくるようになっていました。先ほども、オーガスト兄様の出立式から連れ出し、私に勧めてきたんです。もちろん、断りました」
「違う!違います!ツェリーナ姉様、でたらめはよしてください!」
「黙りなさい、グレア。ツェリーナ、話を続けて」
「お母様……!」
私は、私を遮ったお母様を睨み、目で訴えますが、通じません。
「グレアは、先ほど使用したフェアリーの粉により、錯乱しているようでした。意味不明な事を言い出し、幻覚作用が強く表れているようで、少し怖くなりましたね。今も、私がフェアリーの粉を使用していたなどという事を言っているようですが、それは全て幻覚による物なのでしょう」
「貴方は、グレアがフェアリーの粉を使用していた事を、知っていたのですか」
「はい。ですが、妹が罪人になるのは忍びなく、黙っていたのです。こうなってしまっては、話す他ありませんでしたが……」
悲しげに言うツェリーナ姉様が、どうしようもなく、今まで一番憎く感じた。私は、頭が沸騰して、血管がブチ切れるんじゃないかと思うくらい、怒っています。許可さえ出れば、今この場で死刑にしてやりたい気分です。
でも、ここは冷静に。反論すれば、すぐにボロが出るはずですから。
「ツェリーナ姉様──」
「待ちなさい、グレア」
怒りを抑え、反論しようとした私の言葉を遮ったのは、またしてもお母様です。喋らせてくれないお母様を、私は思わず睨みつけますが、その際にお母様の口角があがり、ニヤリと笑っているように見えました。
それを見て、私はとてつもない不安にかられます。
「ツェリーナ。当然、証拠はあるのでしょうね」
「……はい。恐らくは、あります。グレアは、いつもポケットに、フェアリーの粉の入った瓶を、いれて持ち歩いていますから。よほど大事なのか、片時も離すことなく、常に持ち歩いているんですよ」
「そんなの、持っていません!」
そんな物、ある訳がない。口から出まかせをいうツェリーナ姉様に、私は思わず、怒鳴ってしまった。
「グレア。ポケットの中を、見せなさい」
「ありませんよ、そんなの!ツェリーナ姉様が、でたらめを言っているだけです!」
「ないのなら、それを証明してみせなさい」
「……分かりましたっ!」
何故、私が疑われなくてはいけないんですか。私は、イライラしながら、ポケットに手を突っ込み、そして中身を探ります。どうせ、空ですよ。私がポケットにいれるのは、鼻をかんだ紙屑とかくらいです。今日はまだ、鼻をかんでいないので、何もないはず。
なのに、何かがそこにあった。掌に収まるくらいの、小さな物です。硬くて、形は円柱でしょうか。それが何かは分かりませんが、私は全身から、冷や汗が溢れ出てくるのを感じました。