家庭訪問1
異能の力を持つ者、魔術師
かつて人間達は、そんな異能の存在を恐れ、魔女裁判や魔女狩りによって多くの魔術師を裁き
いつしか魔術師達は自らの力を隠すようになり、歴史の陰に姿を消した
小さなビルの屋上、身を焦がすような熱気の太陽が照りつける下で、阿部マリアは両足を小さなビニールプールに浸し、簡易的なパラソルで日差しを防ぎながら椅子に座りアイスを頬張っていた
事務所のクーラーさえ壊れていなければこんな暑さの中過ごさずにすむのに、とマリアは額から流れる汗を腕で拭う
「せんぱーい!お客さんですよー!」
三田瑠智愛が小走りでやって来た
「そっか」
「そっか、じゃないですよ!もう!はやく来てください!」
「ちっ...あーあーめんどくせーなーもう!」
マリアは渋々立ち上がり、気だるそうに事務所のある2階へと降りて行く
事務所の扉を開け、応接室に入るとそこには小学生くらいの男の子が1人座っていた
「おいおい、親御さんはどこ行ったんだよ、便所か?」
「いえ、その...その子なんです」
「は?」
「依頼人は、その子なんです」
マリアは何も言わず引き返そうとするが瑠智愛が腕を掴み止める
「ちょっと待ってくださいよ!」
「あのな...アタシはガキの冷やかしに付き合ってる暇は無いの!」
「暇ならあるじゃないですか!ここのところ全く仕事がなくて暇だったじゃないですか!」
「だからってボランティアでやってるわけじゃねぇからな!?」
「話くらいきいてあげましょうよ!」
2人が言い争っている中、突然男の子が立ち上がった
「あの!おねぇちゃんは魔術師なんでしょ?」
突然のその言葉に2人は驚きお互いに顔を見合せる
「僕知ってるよ、おねぇちゃんは魔術師で、魔術師として依頼すれば解決してくれるって」
少年は真剣な眼差しでマリアをじっと見つめる
マリアはしゃがんで少年と同じ目の高さで返答をする
「あのな、アタシ達はお金をもらって仕事してるの、わかる?」
「お金ならあるよ!」
少年はポケットから財布を取り出しマジックテープを開け、5000円札を取り出した
「この前おじいちゃんとおばあちゃんの家に行ったときに貰ったの、これで払うから」
どう反応していいかわからず瑠智愛の方を振り向くと彼女は泣きそうな瞳でこちらを見つめていた
「先輩!」
「はぁ...わかったわかったよ、話くらいは聞いてやる、報酬は後払いだ、しまっとけ」
その言葉を聞いた瑠智愛は嬉しそうにマリアに抱きつく
暑苦しいので無理矢理引き剥がし、自分の席についた
「で、ボウズ、名前は?」
「タケル!」
「そっか、じゃあ依頼内容を聞かせてもらおうか」
「うん、あのね...」
それは先週の出来事
タケルは田舎の祖父母の家へ帰省した時に父と捕まえたカブトムシを虫かごに入れ、友達へ自慢しに外出した
「うおー!すげー!かっこいい!」
「でしょー?」
「なぁ、タケル、こいつ虫かごから出していいか?」
「うーん、いいよ」
「やったぁ!へへ!」
友達がカブトムシを取り出して地面に置いたその時、カブトムシは羽を広げ飛んで行ってしまった
「ああ!まってー!」
タケルは大急ぎ追いかけた、カブトムシはしばらく飛行し、大きな屋敷の中の木に止まった
「どうしよ...」
チャイムを鳴らして中に入れてもらうべきか悩んでいると、柵の向かいから同い年くらいの男の子が声をかけてきた
「なにか用?」
「うん、あのね、僕のカブトムシが逃げちゃって...今そこの木に止まってるんだけど」
「えーっと、あ!あれか!ちょっと待っててね」
そう言うと少年は家の中から虫網と脚立を持ってきて、カブトムシを捕まえ、柵の隙間から差し出してくれた
「ありがとう!」
タケルは虫かごにカブトムシを入れて嬉しそうにお礼をする
「ねぇ、キミどこの小学校?よかったら一緒に遊ぼうよ」
親切にしてくれたこの子と友達になりたいとタケルは誘ってみたが、相手は暗い表情になった
「ごめん、今日は用事があって遊べないんだ...」
「そっか、じゃあまた明日来るね!」
そう言ってタケルは手を振り屋敷を後にした
翌日、タケルは再び屋敷を訪れ、チャイムを鳴らした
「はい、どちら様でしょうか」
女の人の声が聞こえた
「あの、昨日遊ぶ約束をしたんですけど」
「はい?申し訳ありませんがヤスユキ様は多忙のため外出することは出来ません」
確かに昨日は予定も聞かずに約束をしてしまった
「じゃあいつなら遊べますか?」
「いつ来られても迷惑ですのでお引き取りください」
そう言うとガチャという音と共に通話が切れた
どうやら怒られてしまったようだ、タケルは落ち込んだが、それでもあの子と遊びたい、ちゃんとお礼を言いたい
何か良い方法は無いかと考える
ふと、田舎へ帰省する途中の車内で兄がこんな話をしていたのを思い出した
「なぁ知ってるか?このビルの2階の探偵事務所って魔術師がやってるらしいぜ」
「魔術師?」
「そうそう、何も知らずに行けば普通の探偵事務所なんだけど魔術師だって知ってれば魔術探偵として依頼できるらしい」
「へー、なんか凄そう」
あそこに行けば解決してもらえるかもしれない、タケルは自転車を走らせエリーゼ探偵事務所へ向かった
「なるほどなぁ...でも相手も忙しくて遊べないつってんだから仕方なくないか?」
「ちょっと先輩!」
「うぅ...」
タケルが今にも泣き出しそうになる
「あーもう泣くな!わかったから!アタシがなんとかしてやるから!」
「ほんと!?」
タケルの表情が一気に晴れる、子供ってズルい、マリアは大きくため息をついた