桃源郷の幻想
またまた、短編です。
今回は、ちょっと堅苦しい感じにしてみました。
誰かの語る御伽噺というような風体です。
その昔。もう誰も知らない国の御話でございます。
その大きな東国には、絶世の美姫と呼ばれる流れ者の舞姫がおりました。
舞が得意なのはもちろん、美しく、教養もあり、会話も得意な奥ゆかしい女性でございました。
ですので、その時代の名だたる権力者達は、こぞって愛人にしようとしておりました。大きな花束を贈ったり、言葉巧みに誘ったり、見事な宝石を贈ったりいたしましたが、その舞姫は全て断っておりました。
また、どれほど美しい男性がお付き合いをしようとさそったりお金を積んだりいたしましても、すべて丁重に断っておりました。
何故かは誰も知りません。
さて、この国にも王族がおりました。どの方も美しい方でございました。そして、大変子の多い…つまり盛んな方の多い一族でございました。
しかし、当代の国王陛下には少々問題がございました。後宮には、何千という美女がおりましたが、この王はどなたにもお手付きされませんでした。
困り果てた、宰相方は美女ならばよいのではと、国中の美女をかき集めましたが、結果は同じでございました。
後宮は大きくなるばかりで、暇を出さなければならない方もいる始末でございました。
そんな折であります、その美姫が現れたのは。
勿論、宰相は何としてでも彼女を迎えようといたしましたが、彼女もまた、なんとしてでも断ろうとしておりました。
しかし、噂を聞き、国王陛下までいらっしゃったので、断るに断れず等々その御前で舞うことになりました。
嫌々ながらも、彼女は舞いました。それはそれは、見事なものでございました。嫌々ながらも、そこは仕事でございますので、完璧に妖艶に舞いきりました。
その夜、彼女は王の寝室に招かれました。
彼女は、王に招かれたという事は、お手つきになるのかと覚悟を決めてとを叩きました。
しかし、国王陛下は彼女を見ると、訝しげに片眉をあげました。
「君を招いた覚えはないが…?」
「え?」
なんと、宰相達が気を使い…というよりは焦りまして、招かれたと嘘を吐き、王の下へ連れて行っていたのでございます。
仕方がありませんので、2人、夜が明けるまで話をする事に致しました。
「…にしても、傍迷惑な話だな。」
「そうでございますね。」
「私は、別に子など欲しくはないし、側室も正室も要らんない。皆は私を悟りすぎだというがね。」
苦笑いを滲ませながら、国王陛下は笑みを浮かべました。
その大人びた笑みと雰囲気はとても、二十代の、舞姫と同じ年に思う事はできませんでした。
「そうなりましたら、後継ぎはどうなさるのですか。」
「弟から選べばいいだろう。私の下に19人もウジャウジャいるのだから。」
少し、自嘲気味におっしゃられた事に、舞姫は引っ掛かりを覚えました。
「それこそ、泥沼でございます。それでは、国が滅びてしまいますよ。」
「滅びてしまうなら、こんな国など滅びてしまえばいい。」
「そんな…」
どうやら、この国王陛下は、己の国が好きではないようでございました。
そのあとも、夜が白み始めるまで御話を続けておりました。
舞姫は、この国王に話しやすさと親近感を覚えておりました。また、国王もこの舞姫といる事に居心地の良さを覚えておりました。
それから、しばらく、2人は良い友人として仲良くしておりました。
ある夜の事であります。月の綺麗な、満月の夜の事でございます。
国王陛下は、珍しく憂いを帯びておりました。
舞姫は、何も言わず、隣に座っておりました。
しばらく時が経ちますと、国王陛下は自ら口を開き、訳を話しはじめました。
「本当に、困った事だよな…弟達は。今から世継ぎ争いをしている。はぁ…だから嫌なのだよ…国王という身分は…我が父は僕ら息子達の事を気にかける事もなく、女にうつつを抜かしていたし…碌に後継ぎを決める事も無くぽっくり逝きやがった…失礼。逝ってしまったし…だからごちゃごちゃと面倒くさい事になるのだよ…俺…いや、私は元々国王にはなりたくなかったし、ただ、勉学を極めていれれば良かったのに…後継ぎなど、血気盛んな弟供にさせれば良かったのに…こんな事があるから、私は婚姻などしたくなかったのだよ。」
「…そうでしたか…あ、言葉遣いが悪くても良いですよ?私はただの流浪人ですし、誰も聞いていませんので。」
国王陛下は、不思議な事にこの舞姫に全てを話してしまえるような気が致しました。
また、舞姫も国王陛下にならすべてを話せてしまう気すら起きました。
つまり、お互いに恋…いや…愛し合っていたのでしょう。
それに互いが気づいたのは、その夜の月が美しかったからでしょう。
始めに気がついたのは国王でした。
しばらくの無言のあとで、急に彼女を心から求めたくなりました。
嘘のつかない…いや、吐きたくなかった国王は、素直に口に出しました。
彼女の答えは、こうでございました。
「あの、私も、貴方様の事を…恐れ多いですが…お慕いしております。ですが…その…無理でございます。」
「なぜだ?」
「私、傾国の華と呼ばれていますが…実際、そうなのでございます…私の話を聞いてくださいますか?長い…長い御話ですが。」
「聞こう。」
「私は、元々他国の踊り子でございました。恐れ多い事に、その国の王の寵愛を受けておりました。私は、まだ18の幼き娘でしたが…ですが…その国は滅びてしまうのです。私にうつつを抜かした国王陛下が政治を怠ったので…結局、その方は自死、私は美しい女子だった事もあり、助けていただきました。その国の王もまた、私を寵愛して下さいましたが、その国も滅びました。また、その次の国も、またその次も…ですので、私はもう、どの方も愛さない事に決めたのです。貴方様も私を求めないで下さい。傾国の美姫は、この国をも滅ぼしてしまう。」
「大丈夫だ。私は、女にうつつなど抜かさないし、そんなのは、ただの経験でしかない。私も負けず劣らず、美形である自信はあるしな。」
「そうでございますか。」
その言葉に、舞姫も安心致しました。
その夜、2人はお互いを求め合い、結ばれました。
それから、しばらく、平穏が訪れておりました。
舞姫は心から幸せでありましたが、心の底に不安を抱えておりました。何かがあるのではないかと。
その度に、国王は、大丈夫だと声をかけ続けておりました。
…運命とは皮肉なものでございます。
そんな国も、とうとう他国から攻め込まれてしまいます。国王が、政治を疎かにしていた訳ではございません。この国が弱かった訳でもございません。ただ、攻めてきた国が大きすぎたのでございます。
つまり、負けてしまったのでございます。
とうとう、この城にも兵士が攻めてきてしまいました。
城のあちこちから、火の手が上がっております。もうじき、このお城も限界でしょう。
「嶺蘭、大丈夫か?」
「!、あ、露欄陛下。」
いつのまにか、2人は名前で呼び合う様になっておりました。
「嶺蘭。もうじき、ここも落ちる。私はここで、責任を取るが、お前だけでも、逃げてくれ。女子なのだから、逃してくれるだろう…約束を破ってしまってすまない。」
「いいえ。いずれはこうなる運命だったのでしょう。どうか、私も一緒に。」
「いや、お願いだ。お前だけでも…」
「もう、残される事は嫌です!一緒に連れて行ってください。」
「お願いだ!お前だけでも…」
「分かりました。後で出ますので。」
「ああ。絶対だぞ。」
そう言うと王は、部屋から出て行きました。
1人、舞姫…嶺蘭は外を眺めておりました。
しばらく致しますと、窓の外へ出て行くのでございます。彼女がいたのは三階。逃げる訳ではございませんでした。彼女は屋根の上によじ登りました。
そこから見える景色は、それはそれは、美しいものでありました。全てが小さく、くだらないものに見えてきてしまうほどでございます。
彼女は、懐から扇を取り出しました。
彼女は、こんな所で舞おうとしていたのであります。
心の中で拍を数えて、舞い慣れた戦の唄で舞っております。戦の勝利でなく、国王陛下や戦場で散った幾千の命の冥福を祈って。
「国王陛下…いえ、露欄陛下…私は貴方をお慕いしていました。心の底から。」
今まで、どこの国王に寵愛を受けても、その愛を返した事のなかった舞姫は、心の底から国王を愛し、涙を流しておりました。
それは、とても、神秘的なものでございました。
戦う兵士達も、敵も味方もなく、ただ見惚れております。
ふと、1人が我に帰りました。
「!城が落ちるぞ!」
とうとう、限界を迎えてしまったようであります。
その声は舞姫にも、聞こえておりましたが逃げる気などさらさらありませんでした。
こんな、業を背負ってしまったのですから、いずれ死んでしまう、もう長くはないのは目に見えております。己の抱える運命で、愛する人をこういう目に合わせてしまうのは忍びないが、死ぬならここでと思っておりました。
「神様、この世に在わすという神様!どうか、どうか、来世では幸せに…」
傾国の華と謳われた舞姫は、崩れ落ちる城と一緒に消えて行きました。
燃え後からは、とうとう舞姫の死体も、国王の死体も見つかることはありませんでした。
後には美しくも力強い、彼岸花が咲き誇っているのみでございます。
この夜のことは、一夜の夢のようなものでありました。幻とでもいうべきでしょうか。里に帰った兵士達は、この国のことを桃源郷と呼び、この一夜の舞姫の事を幻の華、傾国の彼岸花と呼び、寝物語として聞かせておりました。
そうして、このように伝わってきたのでございます。
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(そういえば、ばあやが昔こんな話をしていたな…見合いがあるから、こんな事を思い出したのだろうか。)
「王太子殿下!お見合い相手様がお待ちでございま
す!」
「ああ!すぐ行く!」
(さあ、一眼見てやろう。桃源郷の舞姫。傾国の華とか言う女を!)
「扉を開けよ!」
私の知っている話はここまででございます。残りは、貴方様方で想像していただきますよう…
後の話は…どうなったのでしょうか…