99、魔獣メイス
メイスが兵にさそわれ、中庭を出て広い庭園へと出て行く。
その動きは、華奢な少年とは思えないほどにゆっくりとして、まるで巨大な質量の物に覆われて身動きが取りにくいようにも見えた。
「こっちだ!化け物!」
3人の兵達は、矢を射ながら庭の端まで走り、眼下に広がる森が見えてくると左右に散った。
「ギギ、コシャクナ。ハア、ハア、ウウ……
ギアアアアアッ!コノ、腐ッタ巫子風情ガ!
ウウウ……コノ身体、ナンダ?チ、チカラガ、ドンドン大キクナッテ、オオオオ……
大キク、膨ランデ……オオ……りゅーずサマ……助ケテクダサイ……」
メイスは苦しそうに顔を歪め、歯を剥いて振り返る。
よだれのように青い火を口からこぼし、奇妙な声を上げ立ちはだかるイネスに威嚇する。
「良くやった、兵は下がれ!サファイアっ、結界を作る!」
「はっ」
サファイアが腰から小刀を取りだし、両の手の指の間に8本構え、魔物へ向かって駆け一気に飛び上がった。
炎の翼が払うように動く。
それを難なく空中で避け、サファイアが小刀をメイスを囲むように八方へに放った。
「ガアッ!」
メイスがそれを目で追い、口から障気をともなった火を吐く。
サファイアが呪を唱え拳を振り下ろすと、ドスンと地響きを上げてメイスが横倒しになった。
サファイアが気を引く間に、イネスが剣を抜く。
「地を統べる精霊の名において、この地を閉じよ!」
ビュンとうなりを上げて一つ振り、剣を地に刺す。
剣が光を放ち、サファイアが放った剣に向けて次々と光が走った。
「グロス!この剣を守れ!」
遅れて息を切らし駆けつけた魔導師グロスに、イネスが命令する。
「承知いたしました!」
グロスも地の魔導師、この剣が結界の要である事を知っている。
だが、この城の二重の結界を簡単に破ったこの魔物に効くかは分からない。
「本当に、魔物なのか?ようわからぬ……
だが、考えるのは後じゃ。
地を統べるヴァシュラムドーンの名において、大地の精よ盾となれ!」
剣を守る為にグロスが呪を唱え、杖で自分の周りをぐるりと撫でた。
土が盛り上がり、それが人の形を成して兵となる。
そしてグロスと要の剣を守るため、周りを取り巻いた。
メイスが、腹立たしい様子でグロスに向けて火を吐く。
しかし、土の兵が変化して盾となり跳ね返した。
「ウウ……」
メイスはなぜか苦しい様子で、手が猛禽類の足のように変化し、グッと地に爪を立てる。
するとメイスの周りの草木が一斉に枯れ、吐き出される火が燃え移った。
それはまるで人間を寄せ付けないように、メイスの周りがぼうぼうと燃える。
「弓以外は下がれ!」
「弓は効かぬ!皆下がれ!」
サファイアが気をぶつけ、隙を見て破魔の短剣を投げた。
イネスは剣を抜き、刃に守りをかけてメイスに向かってゆく。
「イネス様!風の翼よ剣となれ!ガルド!」
「リリ!」
あとから来たリリスも、風を次々とぶつけてゆく。
が、まったく堪えていない。
このままでは、周りの被害が広がるばかりだ。
「イネス様、メイスと私が話をしてみます!何とか、この力を……」
「ならぬ!あれは昨夜とは違う!お前にもわかっているだろう、あれは何かに憑かれている魔物だ!」
「でも!」
言い合う二人に、メイスが奇妙な声を上げて笑った。
「グググ……ガガカカカ!ナント、ハアハア、ナント愚カナ巫子ヨ!
不様ナ姿ヲ……ハアハアハア……晒スガイイ……
地ノ、巫子ノ、権威ナド、地二落チタワ!
グウウウ……コノ身体、コノ……ウウウウ……。
ココヲ……滅ボシ、りゅーず様ヘノ手土産トスルノダ!ハアハアハア……」
メイスは息も切れ切れに叫んで、歪んだ顔でニイッと笑う。
身体をグッと持ち上げると、方翼をボウッと燃え上がらせた。
すると炎の翼から、無数の青い火が飛び立ち、その火の玉が結界の中を満たしてゆく。
そして、その火は難なく結界を打ち破り、レナントの空に飛び立って青い火をまき散らした。
「結界が!役を果たさぬとはどう言うことだ!」
「水だ!水をかけろ!」
城の庭木から周りの森の至る所で、青い火に晒され火の手が上がる。
火は空へ無数に散らばって、くるりと森を旋回して町へと飛んで行った。
「クカカカ!燃エロ!コノ地ハ我ラガ主ニ献上スル」
「矢を射れ!早く!火を落とせ!」
言われて次々と兵が矢を射るが届かない。
「私が参ります!風よ集え!フィード・ラス・ファラス!
風よ、親しき水の精霊と供に、大地を燃やす炎を沈めよ!」
リリスの言葉に風が彼を舞上げ、泉や池から水を巻き上げて、一息に町へ向かう。
水の精霊が力を貸して、彼が指さす所は次々と消火されてゆく。
だが、それは一人では到底追いつかないほどに広がっていった。
「このままでは被害が広がる!巫子殿!」
「ちょっとあんた、もったいぶってないで何か力出しなさいよ!チュンッ!」
リリスから離れて様子を見ていたヨーコ鳥が、何も進展しない様子にイライラしてイネスに突っ込んだ。
「くっ、うるさい、俺の力は……」
どうして兄巫子がここに来ないのか、イネスがぎゅっと唇をかむ。
周りの兵達の視線を感じ、イネスは一つ大きく息を吸って意を決した様子で、剣を鞘に戻し手を地に向けた。
メイスを乗っ取った顔の無い魔導師は、自分の意に反してどんどん力が膨らみ、質量さえコントロールできなくなっています。
膨らんで、大きくなって、彼を押さえることは、すでに人の力ではかないません。
イネスは、意を決します。