90、噂が飛び交う
翌朝、無事に朝を迎えた物の、城内は昨夜の事件で多様な噂が一人歩きし始めていた。
特にリリスが魔物と知り合いだったと言うことは、彼を良く思わない者の格好の話題となり、騎士や兵達の中でも声を潜めてあちらこちらで話をする姿が見られた。
大きく伸びをして、ギルバが朝の鍛錬を終わり庭園をぐるりと回り回廊に向かう。
ヒソヒソ語る女たちの姿が、ギルバたち本城からの一行を見て、慌てて去ってゆく。
眉をひそめ、舌打ちすると背後から友人の声が聞こえた。
「ギルバよ、聞いたか?本城の魔導師の塔が崩れたそうだ。」
「ああ、シルジアか。どうも召使いが魔物だったらしいな。
何とも滑稽な物だ、あのお高くとまっていた魔導師どもが足下も見えていなかったとはな。」
回廊を進み、朝食を取る為に食堂へと向かう。
本城の騎士は、その多くが魔導師の事を良く思っていない。
王から勝手を許されてばかりで権威を振りかざし、プライドばかり高く、特に魔導師の長であるゲールは最近とみに的外れな予見をすることがあり、騎士達は振り回されることも多かった。
「俺の所に昨夜、兄弟から伝書鳥で手紙が届いたのだ。
なんでも、塔の魔導師は一切手出しができなかったと。
ザレル殿が息子殿から託された破魔の剣で一掃されたらしい。」
「息子?騎士長に息子殿がおられたか?破魔の剣とは、巫子殿にしか作れない物だろう?」
「あいつだよ、指輪のない魔導師、赤い髪の。
養子にしたいと何度も申請されていただろう?
以前は認められなかったらしいが、今度のことで認めてはどうかと話に上がっているらしい。
あいつは巫子殿が懇意にされているからな。習ったんじゃないのか?」
「習ってできることなのか?良くわからんガキだな。
火のドラゴンが世継ぎにしろと言ってみたり、どうも訳がわからん。
しかし、魔物相手に指をくわえていたとは、魔導師失墜のていたらくだな。ククク……」
「笑い事ではないぞ、ギルバ。
さすがにこの一件で、ゲール殿は長の座をシリウスのルーク殿にお譲りになるそうだ。
ルーク殿が城に入るとなると、若い魔導師も増えるだろう。」
「なんだ、あっさり失脚か。もう少しもめるかと思ったが、年寄りが精も根も尽き果てたか。」
食堂に入り、先に来ていた本城の仲間と合流する。
シルジアはさっそく本城のことをまた話題にし始め、先に来ていた仲間はここで聞いた昨夜のことを話して聞かせてくれた。
「……それでな、巫子殿の次にリリス殿が駆けつけられたそうだ。どうも友人と口走ったのが悪かったらしいな。」
「ガキは口が軽い。」
「まあ、そう言うな。友と思っていた奴が魔物で現れたら誰もがビックリするだろう。」
「そうだ、魔導師の塔がな……」
朝というのに尽きない話に、ギルバが周りを見回す。
レナントの人々の冷たい視線が、あちらこちらから突き刺さる。
本城にいた召使いと言うことで、不甲斐ない話だとこっちにも飛び火しそうな気配だ。
まったく、とんでもないことになった。
「ガーラントは、来ていないな。」
「ああ、今日は遅いな。リリス殿も、昨夜は眠れなかったろうからな。
眠れる時に眠っておかれたが良かろう。」
「まったく、あいつもあんなガキに随分惚れ込んだもんだ……」
殺そうとして殺せず、諭されて主の命令を切り捨てた。
騎士としてトップを歩いていたくせに、とんだ堕落者だ。
……‥でも、お前は見つけたんだな、自分の本当の主を。
空から、3人が乗ったグルクが降りてくる。
早朝から眠い頭をスッキリさせようと、イネスが朝食前にグルクで近くを飛ぼうと提案したのだ。
サファイアが騎手を務め、リリスは初めて乗るグルクにドキドキしながらイネスにしがみついていた。
「ガーラント様!」
リリスが昨夜の重い表情を一掃させて、明るい顔で手を振っている。
ガーラントの肩にいたヨーコが、嬉しそうにチュンと鳴いた。
「良かった、元気になって。チュ、チュン
ね、だんだんリリスがイネスにべったりになってない?ねえ、チュンチュン」
ガーラントはムスリとして返答しない。
まあ、ヨーコも別に悔しそうな顔を見たいわけでもない。
ほとんど相手にしてくれないだけに、本当はしゃべる鳥が気味が悪いのかもしれない。
グルクが着地して、イネスとリリスがサファイアの手を借りグルクから降りる。
借りていたのだろう、コートをサファイアに返し、なにやら楽しげに話をすると、ペコリとお辞儀して下で待っていたガーラントの元に駆け寄ってきた。
「ガーラント様!」
「寒かっただろう、グルクは怖かったか?」
「いいえ!とっても楽しゅうございました!
お待たせして申し訳ありません!」
「リリー!じゃあまたあとで!」
「はい!」
イネスが手を振って部屋に戻って行く。
ガーラントとリリスが頭を下げて見送り、ホッと息を吐いた。
本城の噂とメイスの噂が飛び交い、それはリリスにかぶってきます。
彼はそれでも彼と友人を貫くと決めたのです




