89、大切な友として、・・・として、
「落ち込むな、リボンの件から少しは覚悟が出来ていたであろう?」
リリスは視線を落とし、そして目を閉じる。
覚悟はあった。
でも信じていたかった。
だから誰にも話さなかったのに、それが魔導師の塔を壊してしまう結果に繋がらなかったろうか。
もう……もう駄目だ。
もう、メイスは諦めるしか……ない……
「俺は、お前の味方だ。お前はどうしたい?」
「えっ?」
「お前はどうしたいんだ?このまま目をつぶってあいつと戦うか?
ここに力強く頼りになる、お前の兄が力になると言うている。
俺は巫子である前に、お前の兄だ。」
ハッとリリスの目が見開いた。
驚きと、そして言いようのない感動と。
自分が、本当は何をしたいか。
そんなこと、こんな状況で口に出すなんて出来るわけがない。
私は‥……僕は、メイスをまだ信じたい。
でも、あの大人達の憎しみに満ちた視線は恐ろしい。
わかっている、十分に、この状況も、人々の胸の内も。
だからこそ。
リリス自身、それにフタをするしかなかった。
それを彼はわかってくれるというのか。
「だって、私は、……だって、そんなこと無理です。だって、だって、そんなこと無理です。」
「だからどうしたいと聞いている。」
ギュッと、血の味がするほどにリリスが唇をかむ。
相手は魔物か、隣国の魔導士の手の者とわかっている。
きっと、この城の人々は恨んでいるに違いない。
自分自身、明日から冷たい目で見られることは、覚悟しなければと思っているのだ。
それで、それだけで、自分は精一杯だと……
「それ、どうしたいか言ってみろ。
心を吐き出して、それから眠れ。
世には出来ることと、出来ないことがある。
だけど、諦める前に死力を尽くせと俺は言われて修行に励んできた。
地の巫子は、巫子という名目の戦士だ。
だが、巫子という高い地位をヴァシュラム様が与えて下さった。
俺は、それを利用してもお前のためになりたい。
俺は、人のために生きよと言われている、でも俺は今、今は大事な友であり兄弟であるお前のためになりたいんだ。」
イネスが薄い色の瞳を真っ直ぐにリリスに向ける。
布団の中で、痛いほどにギュッと手を握りしめた。
この痛いほどの気持ちを、リリスにわかって欲しいと。
リリスの泣いて赤くなった目に、また涙が浮かぶ。
「また!泣くな、男は泣くな!」
「だって!だって!嬉しくて、本当に嬉しくて。」
「じれったい奴だ!だから言って見ろ、ほら!」
イネスが乱暴に手を何度も引っ張る。
その目にも、いつの間にか涙が流れていた。
「イ、イネス様だって、泣いてるじゃありませんか。」
「馬鹿!これは涙じゃない!ほら、お前の見間違いだ!」
ごしごし目をこすり、イネスが布団を掴んでリリスの顔を拭いた。
「いた、いたい、痛いです。お布団が濡れます。」
「じゃあ、なめるぞ無礼者。湿っぽい奴。」
顔を見合わせ、クスクス笑う。
そして、布団を直し二人目を閉じた。
「リリスは……あの、メイスと……もう一度、もう一度、話がしとうございます。
彼の、気持ちを聞きたいのです。
メイスと話をした、あの楽しい時間に偽りはなかった。私はそう信じています。」
「…‥わかった。」
イネスは一言だけ答えた。
しばらくして、リリスの寝息が聞こえてくる。
イネスは眠れず薄く目をあけ、彼の顔をのぞき込む。
それは、少し安心したような、不安そうな複雑な寝顔で、ちょっぴり胸が痛い。
それほど大事に思ってるなんて……
メイスって奴、魔物のくせにちょっとやける………
なあ、リリス。
俺と、そいつと、どっちが一番大事?
『はい、どちらも大事です!』
平気でニッコリ答える顔が浮かぶ。
「罪作りな奴」
イネスはささやくと、そうっと指でリリスの白い頬をつつき、小さくため息をついた。
イネスにとって、リリスは本当に大切な何かです。
それは兄弟のような、思い人のような、彼にも理解できない何かです。
そんな、不思議な何かが心に生まれる思春期っぽい物は・・・・尊い・・・
・・ありがとうございます・・




