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87、ただひたすらに

『破砕セヨ!』


その歪んだ声に、立ち尽くす人々の中リリスはとっさに目を閉じ凍り付いた。

あの戦いの時の恐怖が沸き上がり、死んで行く人々の悲鳴が耳に浮かぶ。


しかし、何ごとも怒らない。

そっと目を開くと、杖を振り下ろしかけた魔導師の動きが止まっていた。


「なにをして……」


メイスがヒッと息をのむ。

目前で顔の無い魔導師の身体が、砂のように微塵に散って行く。

それはサラサラと、まるで分子レベルで破壊されたように跡形もなく。

そしてその先には、石でできたバルコニーの一部が消え去り、室内にはセレスがゆっくりとメイスの方に手の平をむける。


それは、まるでセレスの作り出す何かに、それこそ一瞬で粉砕されたような。

思わぬ攻撃に、メイスの身体が凍り付いた。


「な、なぜ?!ば……馬鹿な!」


メイスが思わずセレスのいる部屋に火を放つ。

しかし火炎までもが砂のようになって消し飛び、瞳を輝かせ不気味に笑うセレスの顔がこちらを捕らえていた。


「兄様、もうおやめ下さい!城を壊す気ですか!」


「イネス様、危のうございます!伏せて!」


危険を感じて、サファイアがイネスをセレスから引きはがし伏せる。




だめだ!死ぬ!

リューズ様!




メイスが息をのみ、目を見開く。

リューズの名を呼びながら、しかしなぜか頭にはラインの優しい微笑みと、リリスと楽しく話をしたあの時の情景が浮かんだ。




な、なぜ……なぜこの2人が‥……!




『めいす殿!』


呆然とするメイスに、もう一人の顔の無い魔導師が、とっさにメイスをかばって前に出る。


『一旦オ逃ゲ下サ……』


「ああっ!」


言葉を残し、その魔導師も散って消えた。

頭の中に、リューズのメッセージが閃く。




『  ……メイス、引いて良い……  』




「リューズ様……

くっ!この失態、次こそ倍に返してやるぞ!」


メイスは指の先に炎を灯すと、一息に横にないで身の回りに大きな炎を生み出した。

そしてこちらを見るリリスとセレスに唇をかみ、屈辱のうちに炎の中に消えてゆく。


「メイス!待って!」


バルコニーに走り出たリリスが手を伸ばす先に、青い炎がその手を舐めて消える。


「ルビー、ルビー、しっかりしろ!」


振り向くと、サファイアが崩れるルビーを抱きそっと揺らす。

セレスはバルコニーを向いたままゆっくりとうつむき目を閉じて、心を落ち着け穏やかないつもの表情でくるりとルビーの方へ歩み寄った。


「ルビー」


ルビーがゆっくりと目を開き、セレスに視線を向ける。


「……申し訳……」


「よい、急ぎ傷を治せ。お前無くては私は何をするか知れぬぞ。

部屋で待っていろ、すぐに行く。

カナンに傷の手当てを。」


「は……

サファイア殿、……立てます。うっ、……つうっ……」


ルビーは腕を押さえ、よろめきながら誰の手も借りず部屋を下がって行く。

サファイアはルビーの背にチラリと視線を送りながらも、彼に手を貸そうとしない。

イネスが地団駄踏んで、サファイアを怒鳴った。


「何をしている!弟に手を貸さぬか!」


「いえ、私はイネス様をお守りする仕事がございますので。

ルビーももりとしての仕事を貫いております。あれに手を貸しイネス様を離れる事は、今は賢明ではありません。」


「石頭め、だからお前たちは冷血だと言われるんだ!」


「はい、主のために命を落とすのは本望でございます。」


「なんて融通の利かない奴らだ。」


イネスがプイとサファイアから顔を背け、右手を押さえバルコニーに立ち尽くすリリスに歩み寄る。


「リリ、どうした?やけどしたのか?」


イネスがリリスをのぞき込み、その手を包む。

そしてハッとして彼の腕を強くにぎった。


「あいつか、友達って。

あいつ魔物の一人じゃないか!やっぱり騙されたんだよ、お前は!」


「……違……きっとワケが……」


「ワケなんかあるもんか、あの青い紐だってあいつが贈った物だったんだろう?

友達なんて……友達なんて……ウソだったんだ。」


リリスが、ギュッと唇をかんで顔を上げる。

イネスはドキッとして、握りしめていた手を思わず離した。


「違う、違う、違う!」


リリスはいっぱい目に涙を溜めて、ブンブン首を振る。


「違います!きっとワケがあるんです!

だって、友達になって下さいと……」


「口では何とでも言えるじゃないか!」


やめて!「ピピッ!!チュッ、チュ!」

ヨーコ鳥が、イネスの頭をつつく。


リリスは本当にメイスを信じていたのだ。

彼から貰ったリボンが、たとえ呪いがかかっている物だとわかっていても。


「リリス殿!」


遅れて駆けつけたガーラントが、二人の間に割ってはいった。

気がつくと、後ろでは兵が魔物と友人だというリリスに怪訝な視線を送っている。


「それはここで話すことではない。

イネス様も一旦部屋へお帰り下さい。」


後を任せ、ガーラントがリリスを連れて部屋を出て行く。

イネスも気になって後を追う。

まだ、夜も深く朝は遠い。

エルガルドは無事に、別室に移され側近と共に休むことになった。


「また襲ってくるやも知れぬ。警備を増やせ!必要とあれば部屋に乗り込んでも構わぬ!」


「はっ!」


「気を引き締めよ!巫子殿に甘えてはならぬ!」


兵に檄が飛ぶ。

その声を聞きながら廊下を進むリリスたちの前に、魔導師ルネイが現れた。


「先ほどの……お前の友人と言うたな。」


厳しい顔のルネイに、リリスが涙を拭いて小さくうなずいた。


「共に御館様へ報告に来るがいい。重要なことだ。」


「は……はい……」


うつむくリリスが唇をかむ。

また、不信を買ってしまうかも知れないと不安感も大きい。


でも、メイスは友達だ。

同じ身分で同じ境遇の、互いをわかり合えると初めて感じた友達なんだ。


彼の味方でいたい。でも……


どうしたらいいのか苦しい胸を押さえるように、胸元をギュッと掴む。

しかしこの事態でもそのメイスをかばいたい気持ちが、ルネイの言葉に大きく揺らいだ。


「本城の……魔導師の塔が崩れ落ちたそうだよ。」


「えっ!!」


「魔導師二人が負傷したとか。

下働きの子供が潜んでいた魔物だったそうだ。

名はメイスとか、知っていような。」


「は……い……存じております。

先ほどの……と……も…だちで……ございました。

でも、でも!彼からは何も感じなかったのでござ……」


ルネイがリリスの言葉を手で遮った。

無言でうなずき、前を歩き始める。

ガーラントが小さく首を振り、厳しい顔でため息をつく。


「本城も……か……」


こうなれば、崩れたのが城本体でなかったのが幸いというしかなかろう。


「行こうリリ、ちゃんと話をしなきゃ。」

「はい」


リリスはイネスに促されて、ゆっくりと後を追う。

暗い瞳をあげ、星の瞬く空にぼんやりとメイスの微笑みを思い浮かべた。


「私は………僕は………メイス………」



自分の道の答えは、わからない。




信じても、欺かれることはあります。

信じていても、相手の気持ちはわかりません。

人と人との間には、信頼と信用があって、初めて友達という言葉が生まれます。

リリスはそれを、彼に初めて感じたのです。

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