73、潜んでいた者
「王子!お下がり下さい!」
ゼブラがハッと気がつき、キアンの前に出て声を上げた。
「シャール殿!
魔導師、これは何ぞ!早う助けよ!」
「シャール様!誰か、ゲール殿!」
「水!水の浄化を!」
「お待ち下さい、聖水は?!」
「早く!」
「地の、地の精霊よ!聖なる光を持って守護の力となれ!」
突然のことに慌てふためく魔導師達が、それぞれに思う魔物よけや破魔の呪文や浄化の呪文を唱える。
息ができずに気が遠くなり、膝をついてとうとう倒れるシャールを遠巻きに、兵は一同が囲って眺めるしかない。
「ライア、一体どうしたのだシャールは?」
「シャール様の息ができない状態で……あぶのうございます!お下がり下さい!」
レスラカーンが、ライアに阻まれ下げられる。
しかし、彼は父の部下であるシャールに面識があり親しい。
「シャールが?!誰か!
・・セフィーリアだ!セフィーリアを呼んで参れ、早う!
声を上げよ!城中に異変を知らせよ!誰か!急げ!」
声も出ないキアンをよそに、レスラカーンがハッと近くの者に叫んだ。
「は、はい!」
数人の兵が慌てて塔を出て、声を上げながら走り出す。
部屋には魔導師の声に精霊達があたりを飛び交い、それぞれが呪文に従う。
しかし魔導師も塔から滅多に出ない閉鎖された場所で漫然と術をみがくのみで、実戦の経験が乏しい。
ゲールは長ではあるが、自身は夢見の遠見で戦う力はない。
「おかしい、術が効かない。」
「これは……なんとしたこと!」
首をかきむしり苦しむシャールは一体どんな強い術がかかっているのか、魔導師の術も効かずだんだん意識が遠くなって行く。
ゲールが慌てて、一人の魔導師に杖を突きつけた。
「何をしている!水のカリア!早う浄化せよ!」
「やっております!しかし、術が効きません!」
「馬鹿な!では一体これはどういう事なのだ!」
死の淵のシャールの脳裏には、家族の顔が次々と浮かぶ。
駄目だ、もう、もう…………さらば………
次第にうつろになって死を覚悟した時、突然大きな男が剣を手に部屋に飛び込んできた。
「どけっ!」
立ち尽くす兵を4,5人壁まではね飛ばし、その男が持ってきた細身の剣を抜く。
「ザ、ザレル!やめよ!」
「うぬっ!」
思わずキアンが言葉を発したより早く、その男ザレルが閃光を放ち剣をシャールに振り下ろした。
「わあっ!」
「ひっ!」
皆が叫び、目を覆ってシャールの死を確信する。
その瞬間、剣はシャールを取り巻く術を切り裂き、音を立てて旋風を巻き上げ、はずみでシャールの身体が跳ね上がった。
「ひゅううっ!」
引きつるような音を立て、シャールが大きく息を吸う。
「はあっはあっ!げほっ、ごほ、ごほっごほっ!」
「無事か?!シャール殿!」
激しく咳き込むシャールに、ホッとしてザレルが剣を戻す。
「た、助かった、ザ……ごほっごほっ!ザレル殿。
走馬灯とはあのような・・ものか。あ、あの世が見えたぞ。」
「まだ行くには早い。何があった?」
「わからぬ、急に・・・」
ザレルが、その場をジロリと見回した。
その鬼気迫る表情と圧迫感のある視線に、一同は息も忘れ縮み上がる。
と、突然ドアや窓から強い風が部屋中を吹き荒れた。
ビョオオオオ!!
外では白く巨大なセフィーリアの姿が塔を包み込み、その手を塔に差し入れた。
塔の中の壁や人々の身体をなぎ払うように白い手が突き抜けてゆく。
「わあっ!」
「ひえ!?」
まるでそれは、清々しい風が突き抜けるように、身体の中まで清浄化してゆく。
『ふざけたことを
このわらわのいる城で』
声があたりに響き、天井に彼女の巨大な美しい白い顔が現れた。
「ひいっ!」
驚き皆が思わず息をのむ。
セフィーリアは怒りを隠す様子もなくジロリと魔導師達の集まりに目をうつし、その手をまた差し入れて彼らにのばした。
『お前か、我が娘を殺そうとしたのは』
「セフィーリア様!」
魔導師達の身体を、手は突き抜けラインの手の中にいるメイスに迫る。
「ひっ!ひいい!来るな!」
メイスはラインの手を振り切って、その手から逃げようと部屋の奥へと走り、なぎ払うように手を横に振った。
手から無数の青いトカゲが飛び出てメイスの周りにずらりと並んで結界を作り、セフィーリアを跳ね返す。
彼女の姿は散ったように消え、塔からはね飛ばされるように追い出されてしまった。
「おのれ、おのれ!汚らわしい!
汚れし風よ!我が身に触れること許さぬ!
きいい!きいいいっ!!気持ちが悪い!おのれーーー!」
メイスは髪を逆立て、歯がみしながら胸をかきむしった。
身体の中にある、なにかどす黒く心地よいものが・・・力の大半が奪われた。
この身体を通り抜けた清浄な風に、鳥肌が立つ、気持ち悪い、吐き気がする!
こんな、こんな、綺麗なものなどいらない。
私はずっと黒く汚れてきた。こんな真っ白なものなど、今更なんだと言うんだ!気持ち悪い!
身体をかきむしり、袖をかき上げトカゲの入れ墨をあらわにした。
入れ墨のトカゲは、メイスの腕を這い回り彼の首から左頬へと駆け上がる。
その様子に、ずっと彼を弟のように可愛がってきたラインが驚き、わなわなと手を震わせた。




