72、魔導師の塔
翌日キアナルーサは、ザレルの部下の親衛騎士二人と兵十数人、宰相の側近も同伴の上で魔導師の塔へと乗り込んでいった。
城内でありながら、外部の者の侵入を拒む閉鎖された魔導師の住む塔は、確かに何者かが潜むには良い場所であっただろう。
特別な場所であるその塔には、キアンでさえ入ったことはない。
途中、どうしても同行するというレスラカーンも伴い、ぞろぞろと塔へ向かう。
突然兵を連れて訪れた王子に対応する他の魔導師をよそに、メイスは驚き慌ててゲールへと報告へ階段を駆け上がった。
「まさか……いや、わからぬからこそ調べに来たに違いない。
あの、のろまの王子に何がわかる。」
舌打ち、それでも正体が知れる心配はないだろうと思う。
息を切らせて上りながら、最上階のゲールの部屋に飛び込んだ。
ゲールはすでに気がついていたのか、自ら身支度して杖を持ち、窓辺に立っていた。
「長様!下に兵が!」
「よい、わかっておる。王子の元へ参ろう、メイスよ手を貸しておくれ。」
「は、はい!」
年老いたゲールは、呪文をつづり身を浮かせてメイスに手を伸ばす。
メイスはゆっくりとその手を引きながら、緩やかならせんの階段を下へ下りていった。
「あ、あの……ここはどうなるんでしょうか?」
「心配いらぬ、我らは王の庇護の下にある。
兵が入るかもしれぬが、今までと同じように生活できよう。」
「はい。」
ビクビクと、メイスが泣きそうな顔で長の手にすがる。
心の中で舌打ちしながらも、長の余裕が神経を逆なでした。
これまでより動きにくくなるか。
面倒な事よ、偉そうに吠えることしか知らぬ、役立たずの王子が。
しかし、今だ王の足下にいるというこの余裕。
ああイライラする。かき混ぜたくなるじゃないか。
「メイス、大丈夫ぞ。お前は何も不安に思うことはない。」
「はい、でも恐ろしくて……」
メイスが弱々しく震えてみせる。
ゲールはその姿を見てなだめるように、彼の手を握りしめた。
塔の一階の部屋には、塔にいる魔導師が部屋の一角に集められ、ゼブラの指示で兵がそれを取り囲むように立っていた。
宰相の秘書官シャールが王子に並び、魔導師の名と帰属の確認を指示する。
階段を下りてきたゲールは、本格的に乗り込んできた王子に驚きを隠せず、その前に立ち、怒りに手を震わせた。
「王子よ、これはいかがなことか。
返答次第では我らは居を移し、今後王家とは一切の関係を断つことも辞さぬ。」
いきなり強く出られて、キアンがひるんだ。
「そ……それは……父上がお許しになられない。
とにかく、隣国の魔導師らしき者が侵入している疑いがある。
だから調べたい、それだけだ。」
「無礼ではないか!国の行く末の安定に手を貸す者に、この仕打ち!」
「で、でも……」
言葉が出ないキアンが、気圧されて思わず一歩下がる。
ゼブラがその背を後押しして、キアンの横に並んだ。
「失礼、私は王子の側近ゼブリスルーンレイア・レナパルドと申します。
無礼は承知の上でございます。長、ゲール殿。」
「ぬう、貴族院の・・息子か・・・」
「先日はレスラカーン王子とセフィーリア様のご息女が、この目の前にある庭園で危うく命を奪われるところでありました。
このアトラーナの異常事態、何があってもおかしくありません。
魔導師の塔の方々の、身の潔白は王もご存じでございます。
だからこそ、調べるならば存分に調べても良いとのお許しを戴きました。
宰相殿の右腕、秘書官でありますシャール殿も、同席いただいております。
我らに不作法あれば、王に怒りを買うのは我らの方でありましょう。」
ゼブラの言葉に、ゲールもため息をついて首を振る。
ゆっくり振り向くと、魔導師たちが長にうなずいた。
「承知した。そちらも相応のご覚悟があるわけか。
では、私は何も申すことはない。
我らは潔白なれば、納得されるまで調べられればよい。」
ドンッ!
威圧するように、ゲールが床に杖をついた。
キアンの身体が知らずビクッとする。
「で、では、お一人ずつお話を聞きたい。
シャール、後は任せて良いか。」
「は」
すでに逃げ腰で後ろに下がるキアンを見て、メイスが隠れて密かに口端を上げる。
毅然とした魔導師達に隠れていれば、知れることもないだろう。
恐れることはない。
これさえ見られなければ……
うつむき、不安そうに肩を揺らしトカゲの入れ墨を隠すように腕を撫でる。
その様子に、横にいたラインが彼の肩を抱き寄せた。
「大丈夫、心配いらないよ。」
「はい……でも、恐ろしゅうてたまりません。」
口元に震える手を当てる。
ふと、シャールが怪訝な顔でメイスに視線をやった。
「その方は使用人か?名は?どこの出の者か?」
「この子は……」
「メイスは7年ほど前に魔導師ラインが旅に出ましたときに、山向こうの村から保護して参りました孤児でございます。
ちょうど親を亡くして難儀しておりましたところを保護しました。
その後は、この塔から出たことはございません」
メイスをかばうように一人の魔導師が前に出て、シャールに告げる。
「塔から出たことはないと?では外部の者との接触はないのだな。」
「はい、メイスそうであろう?」
メイスが緊張して、震えるように小さくうなずいた。
「はい、私はここに参りましてから外に出たことがありません。」
シャールが険しい顔で、手に持つ書類にペンを走らせる。
「よし、ではお一人ずつ話を伺おうか。
ここを出て離れを使おう。」
シャールが兵たちに指示をしてくるりと背を向ける。
メイスがにやりと笑った。
馬鹿め。何が宰相の右腕だ、愚かな奴。
魔導師は国のかなめとも言える者たち。
この城を中から崩壊させてやる。
メイスの下ろした手から、青いトカゲが一匹ぺたりと床に落ちた。
レスラカーンが、聞き慣れない微細な音にふと顔を上げる。
しかし誰も気づかぬうちに、そのトカゲはするするシャールの方へと進む。
そして彼の足下へ行くと霧となって立ち上り、彼の身体を取り巻いた。
「ん?」
シャールが違和感に、ふと服を払う。
その瞬間、見えない色の炎が身体を舐めるように走った。
「塔を出て、離れの屋敷に参ります。
向こうが落ち着いておるのでよろしかろう。」
シャールの言葉にキアンがうなずき、塔を出ようとドアに向かう。
しかしその後ろで、シャールの足がピタリと止まった。
「うむ?ん?……お?」
「いかがした、シャール?」
キアンが怪訝な顔で見ると、彼の顔がみるみる赤く充血してゆく。
「どうした?どうしたんだ!」
「シャール殿!しっかりなさいませ!」
シャールは口をぱくぱくさせて、首元をかきむしっていた。
息が!息ができない!
塔に手入れが入ったわけです。
キアンは相変わらずですが、ゼブラは自分は王子の指示で動いていると言う事にしたいのです。
大変です。