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69、王の器

まさか、本当にフェリアの家の使用人が正当な世継ぎだと?

馬鹿な、そんなことあり得ない。


レスラカーンが愕然と杖を握りしめた。


王がゆっくりと口を開く。

キアンが、すがるような目で父を見つめた。


「おまえが生まれたとき、確かにもう一人生まれてきた。

だが、それは死産であったのだ。

精霊達の夢見がちの話など、聞かずとも良い。」


「でも父上、それではリリ……あれの存在を無かった物にすると?

あれは僕に仕えると言ってくれます。

でも、それでよいのでしょうか?

ベスレムの叔父上が私でなくあれを押しているのが、とても不安なのです。

すでにうわさが城外の者の耳にも入っております。

たとえあれの髪や目の色がどうだろうと、あれの強さを皆が知れば、きっと僕なんか……」


キアンの声が詰まり、涙が流れた。


きっと父には叱責されるだろうと、覚悟の上で胸のわだかまりを吐き出した。

世継ぎとして育てられ、世継ぎとして覚悟するべき時期に来て、この弱気。

自分でも、なんて覇気がない男だろうと嫌になる。


「キアナルーサよ。

ラグンベルクが言うことに、耳を貸すことはない。

たとえうわさがどうあろうと、おまえは世継ぎなのだ。

わしには、おまえの他に息子はおらぬ。

あの魔導師は一切関係ない、ラグンベルクは間違ったことを言うておる。」


「でも、でもリリスは……」


「あれは騎士長の使用人。

魔導師といえど教養もなく卑しい身分の者。

あのように身分の低い者が、おまえの従者など本当は反対なのだ。

あのような者、わしとは何の関わりもない。

だからこそ、騎士長の希望を受け入れ登城も許可したのだ。

お前もそれを望んだのであろう?

おまえまでうわさに惑わされるでない。

息子よ、鏡を見よ。おまえと似ても似つかぬあの使用人を、双子と言われてうなずくか?」


「それは……私も不思議で……」


キアンが視線を泳がせ指をかむ。

確かにそれは、フレアゴートから告げられたときも思った。


「あの使用人は親も分からぬ拾い子、セフィーリアさえ親は知らぬ。

精霊どもの夢に振り回されるでない。

お前の大切な兄を、このわしがどこかにやるはずもないではないか。

おまえが正当なる世継ぎ、もっと自信を持て。」


「はい……」


それは、本当にリリスは自分の兄ではないと言うことだろうか。

でもアイやヨーコが言っていたように、確かにリリスはラグンベルク叔父の息子、ラクリスにもよく似ていると思う。

レスラにだって、目元が似ている。

だいたいそれを言うなら、僕の方が誰にも似ていないじゃないか……


精霊王達が嘘をつくことなど……


ありえない



脳裏にリリスのひざまずく姿が、裏表なく素直に微笑む顔が思い浮かぶ。

この事を聞いてから、キアンの心にはずっとさざ波が立っている。

それはそれを知ったところでも何も変わらない、自分が世継ぎであるという戸惑いと不安と。


そして……


大きな・・・とても大きなこの優越感。


それが、今では恥ずかしいほどに自分を責め、焦燥感をかきたてる。

王座が近づくごとに、この位置にいる不安感が大きくなる。

リリスがどう言おうと、あの時自分は事実をさらけ出し、正当な世継ぎの座を譲るべきではなかったのだろうか。

リリスが崖から飛び降りるのを見ても、あれが助かったと複雑な気持ちでホッとしても、僕は世継ぎである事を変えようとしなかった。


僕は……


僕は……王の器では………ない…………



父である王に、大きな声で叫びたい衝動に駆られた。

キアンが大きくため息をつき、前髪を掴む。

父はこれ以上、何を言ってもリリスの関わりを否定するだろう。

結局何も変わらず、解決することは無い。


「それとこの話、母にすることは禁じる。

リザリアに……后に心労をかけるでないぞ。」


やっぱり……口止めされる。

やっぱり……捨てたんだ。

もし、僕の髪が赤かったら、きっと僕が捨てられていた。


きっと…………

あいつのように毎日毎日、人の下で働かされて…………


僕は知ってる。

リリスの背中には、うっすらと沢山の傷跡が残ってた。

リリスは気付いてないようだけど、僕は何も聞けなかった。きっと叩かれて、叩かれて毎日働くんだ。


王子なのに!この国の世継ぎなのに!


胸に、何かしら恐怖を帯びた絶望感のような怒りがふつと沸いた。

親を見ながら、死んだことにされた子の気持ちは、どんなに絶望感に満ちていることだろう。

リリスは、どんな顔でこの城に来て父の顔を見ていたんだろう。


僕は、ただただ自分の不安感からザレルに相談して……

逃げるあいつを捕まえて、無理矢理連れてこさせたのに……




「わかりました。母上には申しません。

でも、僕は一人で生まれたのではないと、それはお認めになるのですね。」


急に険しい顔になった息子に、王が眉をひそめる。


「そうだ、だが生きて生まれたのはお前のみ。

二言はない、下がって良い。」


きっぱりと言われて、キアンがグッと拳をにぎり頭を下げた。

何も言い返せない自分が腹立たしい。

リリスも、そんな気持ちでこの城にいたんだろうか。


「わかりました、もうこの事は二度と申しません。では」


頭を下げ、きびすを返しドアに向かう。

どこか、両親との間に深い溝ができたような気分になった。


「キアナルーサよ。

そろそろレナントにやった使者も帰ってくる頃であろう。

援軍の被害状況など詳しく聞いて、落ち着いて対処せねばならぬ。

おまえは率先してこの一連の件には当たるように。分からぬ事などあったら、すぐにサラカーンへ相談せよ。よいな。」


「はい、そちらの件は叔父上に相談の上で決めるようにいたします。

では、失礼いたします。」


キアンが、ドアを開け父に一礼して部屋を出る。

なんの解決にもならなかったこの一時に、ただただ胸には空虚な何かが広がり涙がこぼれた。

キアンはもっとはっきり、親身になった答えが欲しかったのです。

でもお父さんは、自分の保身でしか無い答えしかくれませんでした。

覚悟を持って聞きたいと身を乗り出してきた息子の覚悟を、お父さんは目をそらすばかりで見てくれません。

残念。

それではまた

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