68、世継ぎの資格
レスラが宰相である父に話し、重い腰を上げさせて許しを得て王の部屋に行ったとき、そこにはすでにキアナルーサが王のそばにいた。
衛兵を横目に、宰相である父が王の居室へ入ってゆく。
風が通り良い香りの香が鼻をつき、レスラカーンはライアに合図されて一礼した。
「おお、サラカーン、息子連れとは珍しいな。」
椅子にゆったりと腰掛ける王が、傍らに立つキアナルーサに引くよう手を挙げる。
一歩横に引いた王子の足音に耳を傾け、レスラカーンが父に並び頭を下げた。
「久しく挨拶もままならず、申し訳ありません伯父上様。」
「良い。レスラよ、城で不自由はないか?遠慮のう側近に申せ。
お前とて王家には大切な男子。お前は見えていなくとも、ちゃんと皆お前に頭を下げている、胸をはるがよい。」
「はい、ありがとうございます。」
きちんと挨拶のできる息子に、宰相が微笑んで肩をポンと叩いて下がらせる。
王がその様子ににやりと笑った。
「フフ……サラカーンよ、お主も息子に尻を叩かれて来たか。」
王はいつにも増して怠そうな様子で椅子にもたれかかり、皆の心配する姿に嬉しそうに顔をゆるめている。
サラカーンは、弟として心配そうな顔で前に手を組み兄の表情を伺った。
「兄上、キアナルーサのいるところを見ると、同じ用件でございましょう。
魔導師からの薬の件で参りました。」
「うむ……キアナルーサは、魔導師ラインの煎じ薬を飲むなと言うのだ。
ラインは良うしてくれる。あれの心配はいらぬと言うに。」
「でも、ゼブラも怪しい物には口をつけない方がよいと……
僕も父上にはお身体を大事にして欲しいのです。母上にも使いを出しました。
お二人に今何かあったら……僕はどうしたらいいんでしょう。」
気弱に父の横でひざまずくキアンに、父王がやれやれと肩に手を置いた。
「甘やかしすぎたか、キアナルーサ。今のおまえの様子では、わしもまだ地に眠ることもままならぬ。
風の女王が先ほど挨拶に来たが、しばらく本城にいるように言うておいた。
今のドラゴン使いはおまえじゃ、気ままなあれ達を操るのは容易ではない。心せよ。」
「父上……」
僕には世継ぎの資格があるのでしょうか?
訪ねたい気持ちがわいてくる。
しかしキアンはグッと言葉を飲み込み、王の手を握って大きくうなずいた。
「このキアナルーサ、父上のご期待にきっと添えて見せます。どうかご心配なきよう。」
「うむ、……ラインの煎じ薬はしばらく留め置こう。
セフィーリアが自ら薬を作ると言うてくれておる。あれの薬はよう効くと評判らしい。
ラインもドラゴンの言うことならば納得しよう。
大儀であった、部屋で休め。」
「はい、父上も……
……最後に一つおたずねして良いでしょうか?」
キアンがうつむき、息をのむ。
言っていいのか悪いのか分からない。
王はいぶかしい顔で、悟ったようにふと顔を背け目を閉じた。
そして手を振り、人払いする。
ゼブラやライア、側近達が頭を下げて窓を閉め、部屋を出た。
「私は……いかがしましょう?」
ライアたちの気配が消えて、レスラカーンが杖を握りしめ、どうしたものか見回すように首を振る。
父のサラカーンが王にうなずき、彼の肩を抱いて引き寄せた。
「おまえも父を手伝いたいと思うなら、ここへ控えよ。ただし口外をしてはならぬ。よいな。」
「はい、わかりました。」
レスラカーンが緊張して父の傍らに立つ。
王が眉間にしわを寄せてうつむき、そして顔を上げた。
「良い、キアナルーサよ、ここには身内しかおらぬ。おまえの心にあるわだかまりを申せ。」
とうとう、このときが来た。
本当のことを、訪ねるときが。
キアンは落ち着きが無く指をかみ、気持ちを決めて顔を上げた。
「はい…………
ち、父上は……
僕は、一人で生まれてきたと申されました。
でも、僕はフレアゴートから聞いたのです。おまえは王の長子、世継ぎではないと。
僕は、2番目に生まれたのだと。
きっと、これを知っている者は、城内にもいるはずです。
叔父上からの使者が漏らした言葉から、先だっての一部の貴族達の動きも良く存じております。
僕ではない者を王座に就かせようと、あからさまな動きとか……
あれがおおやけで僕に忠誠を誓ってくれた事や、ゼブラのおかげで動きも治められましたが……
ドラゴンたちは……それを知るからこそ、もともと僕に仕える気は薄いのではないでしょうか?
精霊の国の王子が、精霊に無視されているように思えてなりません。
僕は……本当に世継ぎの資格があるのでしょうか?
父上、どうか……どうか本当のことを教えて下さい。」
王が目を伏せ、言葉を探す。
レスラカーンは、否定しない王の沈黙に愕然としていた。
「まさか……ベスレムの叔父上様の話といううわさは……」
レスラがふと漏らした言葉を遮るように、父が彼の口に手を当てた。
慌てて口をつぐみ、父の手を握る。
周りの人々の息づかいが、不安げにひっそりとしているようで早い。
動かない空気の流れに、緊張感が張り詰めた。