579、狭間で出会ったドラゴン
暗い、
真っ暗だ。
まるで、 まるでここは、無の世界だ。
音も、風も、匂いさえも無い。
何だろう。
何故ここにいるんだろう、黄泉じゃないですよねえ。
「主様! シャシュラシュラカ様! 」
わああ、声も響かない。
気持ち悪〜い
「あ、」
ここって狭間じゃないかなあ。
リリスが小さな光でふわふわ漂う。
え〜、もしかして、身体から心が追い出された感じ?
究極疲れると、こんなことになるのか〜
身体があの状態では、休むしかないですね。
仕方ない、私は忙しすぎました。
うん、
今度から気をつけよう。
でもなんで狭間なんかに来たんだろう。
何かに呼ばれたわけでも無いだろうに……
狭間は初めてでは無いですが、いつ来ても面白い所ですね。
ここに端っこはあるんでしょうか?
ここならどんな質量の怪物も暮らせるような気がします。
なのに、ほとんど他の生き物と出会わないんですよね。
ん??
ぷかぷか浮いて、漂っていると何かの気配を感じる。
ここは基本無の世界ですから、こんな気配を感じるのは初めてです。
もしかして、強い強いお力の持ち主かもしれません。
人の形になり、上か下かが分かりにくい世界で、ぐるりと見回した。
距離がわからないけど、小さな光点がぽつんと見えた。
じいっと見てると、次第に大きくなる。
あれ? わあ、あれって? まさかドラゴンかな?
初めて見る!
色のない世界で、ぽつりと可愛らしい小さなドラゴンが、キラキラと7色に穏やかに輝きながら向かってくる。
トカゲに羽が生えたような姿で、はっきりと、その姿が近くに見えて両手を差し出した。
「可愛いドラゴンですね、おいでおいで。」
と、どんどん、どんどん大きくなって、手に収まらない大きさになってくる。
こんなにはっきり見えるのに、距離感がさっぱりわからない。
あれあれと、待ってる間に自分よりはるかに大きくなって、あー、どうしようと迷った。
わあ! ぱくっと食べられそうな気もする。
え、私なんて一口ですよね。
なんですか? 狭間って、全然距離感が無いんですけど、
まだ近くじゃないんですか?
え?逃げたほうがいい?
マリナ! マリナ!
えーーーー、デカ過ぎい!!
笑ってそうっと逃げようとすると、ちょんと背を触れられた。
振り向くと、そこに浮いているのは虹色に光る、手のひらの大きさの薄い板だ。
「え?なにこれ、あっ、うろこ? 」
『 火の巫子殿とお見受けいたします! 』
うろこがビンビン響いて、声がした。
『 うちの息子がお世話になっているようで 』
「え? 息子? 」
『 スイでございます 』
「え?! スイ? グレンのお父様でしたか!
これはこれは、息子さんには、こちらこそお世話になっております。
はて、何でまた狭間に? 」
『 実は、何処かの貴族が私を狙ってきまして、昼寝も難しくなって狭間に避難でございます。
うろこで鎧を作るとか、勝手な事を、迷惑な話で 』
「ああ、わかります。それは大変でございましたね。」
『 妻も具合が悪くなっていたので、身体を案じてそちらの神殿を頼りましたが、黄泉に旅立ちました。
息子はそのまま火にお仕えして、私は狭間に
静かなので、つい、うっかり寝てしまいました
そちらは次代の方で? ヴァルケン様では無いような。
息子は元気にしておりましょうか?
まだ小さいので、可愛い盛りで、いやいや
はしゃいでご迷惑おかけしておりませんでしょうか? 」
はしゃいで…… あの、グレンが……
「はしゃいではおられませんね。落ち着いたご立派な方です。
お会いになればいいのに。」
『 立派な? おやおや、ここは時間の流れがとんとわかりませんで
もうそんなに過ぎてしまいましたか
え? ヴァルケン様ですか? 次代の方で? 』
「ヴァルケン様は先々代なので、300年以上昔ですね。」
『 は? 』
「300年以上、ですね。次はリリサレーン様でしたが、そこで神殿は潰えて、300年過ぎました。」
『 えーーーーーーー!! 』
「見ないとは思いましたが、まさか、ここでお休みでしたか。
ドラゴンは、あなた様が最後なのでしょうか?」
何か、ぐるぐる回って、焦っていらっしゃる。
焦るドラゴンなんて、始めて見るなあ。
『 そ、そうですか?
スイは私のように大きなドラゴンになれなかったので……
ドラゴンなど、アトラーナでは珍しくもありませんでしたが
皆、何処に行ったか、数は減っておりましたので
あー、なんか話しにくい ですね。お待ちを 』
見てると、しゅるしゅるしぼんで小さくなる。
白い布をいくつも重ねたような服をズルズル引きずって、歩いてくる足下が見えた。
足下がっていうのは、近づくとわかる。
透明なのだ。
じわじわと、近づくたびに上に上にと色が付いてゆく。
足だけドレスが歩いてくるので、不気味だ。
「 申し訳ない、人型を取るのが久しぶりで
見えますか? 」
「いえ、腰から上がありません。見えませんね。」
「 まだ半分ですか、気合いを入れます
どうもまだ頭がふわふわして……
寝過ぎました 」
まあ、300年も普通に寝てたら惚けるだろう。
姿を現したスイのお父さんドラゴンは、ごくごく普通の短い銀髪に碧眼の真っ白な男性で、なぜか無表情でピリピリしている。
無理してるなーっと、リリスがにっこりした。
「ここは誰もいませんし、おラクにいいのですが。」
「 もうちょっと、頑張ってみま…… ああ、駄目だ、堕落します 」
にっこり、引きつった笑みを浮かべた瞬間、顔がドラゴンになった。
7色にキラキラ輝いて、腰まである長い髪の間から細いムチ状の長いものがたくさん出て、ピンピン跳ねている。
額からは短い角が何本も出て、両脇の2本が頭の後ろに大きく延びていた。
トカゲのような目は、金色に輝いてじろりとリリスを見る。
表情は無いのかと思ったら、にっこり笑った。
「 あー、これがラクです。
怖くないですか? 私は怖くないドラゴンですが。えー、怖くありませんよ〜
まあ、怖いドラゴンも気が短いだけで、いい奴が多いです 」
「大丈夫です、だってグレンのお父さんだもの。
私も暇なので、それではお休みの間に何があったかお話ししましょう。
人間は、寿命が短いのでその短い間を色々と運命にあらがいます。」
「 ほうほう、なるほど面白……いえ、色々あったのですな。
それではゆっくり話をお聞きしましょうか 」
リリスもポッと光を大きくして、手を宙にかざした。
ここも黄泉の砂と同じで思念の世界ではないかと思ったのだ。
「こういう場所って、恐らくは気持ち次第ですよね。
床ができないかと。」
「 おお、それはよい
では、椅子とテーブルを作りましょうか 」
「お任せします。」
ドラゴンの提案にイメージがしやすくなり、二人の周りに壁が出来て一つの部屋が出来た。
それは、風の館の居間に似ている。
家具は無いが、いつもアヒルのキアナルーサが外を見ていた窓の外は真っ暗だった。
「 ほう、ほう、さすが火の巫子殿、ここまで出来ますか
狭間の世界はおっしゃる通り、強い意思が反映されます。
でも、なかなかそれに気付く者はいないのです。
恐怖に押し殺されているうちに、闇虫に心を食われてスカスカになって行きます。
あの虫は強い恐怖が大好物です。
しかし、無の世界に部屋を作るとは、強い力をお持ちだ 」
笑って、いとも簡単にドラゴンは木の古びた椅子とテーブルを作り出す。
なぜか3つ目に小さな子供が座るような、座面の高い小さな椅子が出来ていた。
「あはは! 可愛いですね、これはスイの椅子かな? 」
「 あの子は年を取ったでしょう?
普通に人の子のように大きくなったので、私の血が薄いのかと。
いや、300年? あれ? 」
「うふふ、今はご立派な青年ですよ?
その辺も詳しくお話しましょう。」
なぜか3つの椅子を作り出す理由が見えないけれど、気にせずリリスは知ってる限りの歴史を話し出す。
ドラゴンは興味深そうに、卓上に豊富な果物まで生み出して、食べながら2人で話を続けた。




