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577、王位継承争いの果て

サアアアアアアアア……


星の瞬く空が、すぐそこに見えるのに、この呪いはいつまで続くのだろうか。

最初は土砂降りで、ひたすら移動に移動を重ね、水はけのいい場所を探しては野営をはっていたが、ずぶ濡れで馬車を引くミュー馬の機嫌が悪く、一頭暴れ出すと連鎖して次々暴れ始めて、何台もの馬車が壊れて移動が頓挫した。


それでも最近は雨足が次第に弱まってきた。

しとしと降り続ける雨に、樹液で防水を施したテントにも雨漏りが広がって行く。

寝ていた男たちが重い身体を起こし、濡れない場所へと移動する。

水はけの悪い所は水がたまってひどい有様で、昨夜は錯乱したように3人ほどテントを飛び出し走り出した。


バラバラになれば良いのではないかと、希望を持って皆見守っていたが、結局はびしょ濡れで戻ってきただけだった。

傘も無い彼らは頭に革の帽子を被るくらいで、結局はびしょ濡れになって乾きもしない重い服を身に着けたまま、体力が落ちるだけだ。


そんな状況でも明日、またアトラーナ本城のあるルランへと移動を開始するらしい。

雨の中の行進には絶望しか見えない。


『 汝らに  わざわいを 』


『 汝らに  呪いを 』


重い声が、低く、低く、風に乗って時折響く。

声がするたびに兵達の体力が削られ、翌日起きることさえ出来なくなる者が増えて行く。

体調を崩したものから馬車に乗って帰ることが許され、毎日馬車がピストン輸送している有り様だ。

本国からは、あまりに体調を崩して戻る者が多い異常さに、1度戻ってはどうかと手紙が来た。


ドンッ!


デスクを叩き、アラダが頭を抱えた。

とうとう第一王子のアルフレットから手紙が来てしまった。

すました顔の高潔な顔が目に浮かぶ。

トランの貴族を母に持つ第一王子の兄妹は、皆肌が白く美しい容姿をしている。

能力が高いわけでも無いのに、第一王子だと偉そうにする様子が滑稽だ。


「あんたの母親が、第1夫人ってだけだ。

別にあんたが有能だから第1王子じゃ無い。

第2夫人の子は3人、その内王子はたった1人。

毒殺未遂で命は助かったが、顔に醜いあとが残った。

だからあまり表だって出てこない。

実質王位継承権は、僕とアルフレットのどちらかなんだ。

女が王になった事は、数える程しかない。

今の王女たちは社交に忙しく、玉座を考える者はいない。


この遠征に選ばれて、内心やったと思ったのに、この扱いはなんだ。

お爺さまに嫌われているはずの、あのチビ兄のほうが優遇されている。

クソ、クソ、不愉快だ。

チビのくせに、また上を見ると厄介だ。

本当に、不愉快だ。


母様にまた、毒をいただこう。

殺したほうが無用な戦いもなく、すんなり行く。」



ポタン、ポタン、



危うく雨だれがロウソクに落ちかけて、慌てて机を移動する。

馬車まで雨漏りするようになってきた。

側近のエミルは、体調が悪いようで、先にカーテンの向こうのベッドにいる。

王族の大きな馬車はあと3日もあれば来るだろうという話だが、いつも話は、だろうというハッキリしない物しか伝わってこない。


「お爺さまが魔導師を連れて行ってしまったから、鳥に付けた手紙の往復で連絡がめっきり遅くなってしまった。

一体何なんだ。この状態をいつまで…… 」


ふと、悪臭に慣れた鼻に、フワリと良い香りがした。

視線を上げて、周りを見回す。


「エミル、良い香りだな、お前か? 香は使い果たしたと思ってたのに。」


……



返事がない。

いつも、寝ててもすぐに返事が来るのに。

不審に思い、仕切りのカーテンのスキマをのぞく。

いつものように、2段ベッドの下に寝ている。

だが、すき間から来る強い匂いが鼻を刺激した。


「エミル、なんだこの匂いは? エミル! 」


開けるとむせかえるような香りがして、思わず口を塞いだ。

エミルの体を揺すり、ロウソクを近づけて顔を見る。


「 ま、まさか! 」


泡を吹いて、強く揺り動かしても目を覚まさない。


死んでる?! まさか!


カチャンと、足下の香炉が倒れた。


しまった!!


視界がぐにゃりとゆがみ、がくんと座り込みそうになるのをこらえる。


足に、力が入らない!

しまった、誰かが入ってきたことに気がつかなかった。

狭い馬車の中だ、絶対気がつくはずだと、思い込んでいた。


周囲を見回し、たった一つしかない入り口に背を向けていたことを後悔した。


「外の兵は…… 何を…… 」


暗い馬車の中が、妙に明るく見える。

なぜか耳に女達の笑い声が聞こえてきた。


「誰…… 」


カーテンの影に、人影が揺れる。

仰天して腰の剣に手が行き、抜きかけたときその手を握られた。


「王子、私です。犬と、あなたが言ったチナでございます。」


美しい、白い顔が、薄闇の中で浮かび上がる。

この馬車に残っていた彼を、アラダは外に追い出して自分たちが使い始めた。

その、仕返しかもしれないと思った。


「お前が、なんでここにいるんだ。馬車は…… 」


「お慕いしております、あなた様をお慕いしております。

先ほどからお慕いしております。どうか、どうか、私にお恵みくださいませ。

あなたのその唇を。」


アラダの震える手を握ったまま、はらりとチナの服の合わせが開いた。

全裸が覗き、胸の膨らみの真ん中を、鎖が一本下がっている。

チナが何者かは、自分は知らない。

ただ、ヤヌーシュが、大皇から世話をせよと、犬のようにもらったらしいとは聞いていた。

首に鎖を付けられ、いつ見てもそれを握られている。

だから犬だといったのだ。

だが、ロウソクの明かりに照らされるその姿態に、驚いて目を見開く。

胸の膨らみがあるのに、男性器もある。

奇妙な視界に目をこする。


「なんで? 女? え? 男? 」


剣から手が離れ、チナがその手を自分の膨らみのある胸に押し付ける。

ゆっくりと柔らかな乳房を、緩やかにもんだ。


「 どうぞ、ああ…… どうぞ、そのお手でご確認ください。」


チナがうっとりとアラダを抱き寄せ、愛の言葉を耳元にぼそぼそとささやいた。


「 チ、チナ…… ふふ、ふ、ふざけるな、」


王子が赤く頬を染め、離れようともがいていると、不意に口づけを受ける。

熱に犯されたように、異常な状況の中、チナの唾液が王子ののどへと流れ込み、頭がどんよりと混濁した。


「さあ、夢をごらんください。みだらで楽しい夢を。

開放されて、自由を遊ぶ夢を。愛をささやく夢を。」


「…… 何 を …… 」


口であらがいながら、王子の左手がチナの男性器に触れて、そしてその奥へと指が伝う。

チナが片足を上げ、アラダの腰に巻き付けた。

抱きしめて可憐な口で引き裂いたように笑うと、その口からずるりと長い、長い舌が出てくる。

王子の頬をひとなめして、舌の先を王子の唇に差し入れる。


「お、えっ、えっ、うぐっ」


だらりと力なく開いた口を侵食するように、舌はどんどん口の中を進み、そしてとうとう口づけを交わす。


「ん、う、 うぐっ! ぐぅっ、 」


抱きしめられて身動きとれない状況で、指先だけが暴れている。

上気した顔に、どろんとした目で王子が口づけながらビクビクとけいれんする。

まるで絶頂を迎えたように足がぶるぶると震え、次第に弛緩すると白目を向いてガクリと体から力が抜けた。


王子の口から、熱が一気に冷めてゆく。

外から見てものどが波打ち、窒息したのは明らかだった。

生気の消えた唇を放し、詫びるように手の中にぶら下がるその体を一度抱きしめる。


「ヤヌーシュ様…… どうか…… 」


弟君を殺めた事に、お許しをとは申しません。

どうか、大皇様を恨まれる事が無きよう、どうか……

ああ、お慕いしております…… 


丁寧に抱き上げると、冷たくなったエミルの横に王子を寝かせ、目を閉じさせる。

死者の穏やかに夢見るような顔は、チナには見慣れたものだ。

はぐれミスリルの彼、彼女が、大皇に暗殺者として飼われるようになって、幾人もこうして殺めてきた。


第3夫人はヤヌーシュ様を、密かにできた大皇様とのお子を、総毛立つ程に嫌っておられる。

アラダ様を消さなければ、第3夫人はヤヌーシュ様を決して上に上げようとはしないだろう。


これは、あなた様のために。


チナは二人に毛布を掛けて立ち上がると、足音も立てず、壁を通り抜けて消えていった。

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