575、大皇と自称精霊王の腹の内を探る
やれやれと、大皇が首を振った。
「随分あの男を気に入った物よ。やれ、お前に寝首を切られぬよう気を付けなければ。
で? アラダの判断は? 」
「変わりなく。」
「ほう、可愛い弟に助言はしてやらぬのか? 追い詰められた兵が何をするかわからんぞ? 」
面白そうに、大皇が醜悪な顔で笑う。
食事をしながら、吐き捨てるように言葉を綴った。
「あれが私の言葉など聞きましょうか。余計意固地になるだけでしょう。
世継ぎを狙うならば、このくらい自分で判断出来ずに何とします。」
言い放つと、曾祖父であるはずの少年が不気味に笑う。
自分と同年齢に見えるが、老かいのごとく、その表情や仕草には、年齢が隠せない。
「まこと、お前達イスラーダの子は辛らつよのう。
ほ、ほ、ほ、良い良い。愛い子じゃ。まことに酒が美味い。
近くへ来よ、酌をせよ。」
このくそ爺、人の話を半分も聞いてない。
少しは悪かったとか思わないのか?
あの出血だ。彼の側近は死んでしまっただろう。
僕は彼にもう一度会いたいと思っても、 僕は、どんな顔して会えばいいんだ。
僕を許してくれるか? レスラカーン。
いいや、無理だ。彼は一番の家臣を亡くしたんだ。きっと許してくれない。
彼のことを考えると心が冷たくざわめく、本当に、不快で口惜しくてたまらない。
「ラユール、お爺さまが酒を所望だ、酌をせよ。」
「…… は? はいっ! 」
他の側近たちと壁側にボウッと立っていたラユールが、驚いてびくりと忙しく視線を動かす。
どうして良いか考えていると、大皇がラユールにグラスを掲げた。
ラユールが頭を下げたまま、アトラーナの白い肌の女から酒器を受け取り、大皇に酌をする。
この部屋には、リトスの人間は小麦の肌をしているので、多彩だ。
ラユールの黒っぽい手が震えてカチカチグラスに当たり、大皇が楽しそうに笑う。
「ラユール、ヤヌーシュに仕えて不満はないか? 」
「滅相もない、毎日が夢のようでございます。」
「ククク、生と死はいつも背中合わせだ。
今日生きていた者が、明日生きているかはわからない。」
「心に留め置きます。」
金色の頭を下げたまま、後ろに下がる。
まるで自分のことを言われたようで、寒々とする。
ヤヌーシュは静かに食事を進め、時折ガチャンと大きな音を立てるヴァシュラムに目をやった。
ヴァシュラムは人が変わったように野蛮になった。
ガツガツと食事を取り、ギラギラした目でヤヌーシュを見ると舌なめずりする。
肉を手づかみで食って、汚れた手で酒をグッと一息でのみ、ドンとグラスを置いた。
「王子、伽をしろ。」
ヤヌーシュがため息を付いて顔を上げる。
「断る。お前に媚びる理由もない。」
「わしは! 地の王だぞ! 」
「精霊の王なら、この雨を止めて見せろ。
力を失った精霊王など、幽鬼と同じでは無いか。
くだらぬ年寄りの花遊びに付き合えるか。」
ギリギリ歯を噛みしめるヴァシュラムが、手元のグラスを握るとヤヌーシュへと投げつけた。
パシッ
後ろにいた護衛のギーリクが、グラスを受けてテーブルに置く。
「お控えください。ここの物は借り物でございます。」
さすが、第一王子の戦士だけに、ミスリルと言っても睨む視線は重く、ヴァシュラムが持った皿を置いた。
彼は大皇から指示されて、今はヤヌーシュの護衛に付いている。
「わしを邪険に扱うと神罰が来るぞ。我は大地の王だぞ! 」
「食事中は静かにせよ、汝がいるとせっかくの美酒も不味くなる。」
本当に不快な精霊もどきだ。何が精霊王だ、自称にもほどがある。
乗っ取られた巫子も、彼の友人だったな。
この不快なもどき王、なんとか消し去ることは出来ないか。
お爺さまはご存じないだろうか……
「ヤヌーシュよ、お前ならあの状況をどうする。」
大皇が、酔ったのか頬杖をついて眠そうにしている。
身体は若返ったと言っても、食いもせずに飲み過ぎだと思う。
「恐れながら、私ならば大多数を国に戻します。」
「ほう、だが、それで我が王家の権威が保てると? 」
「見てくれの権威より、そこに大皇様が御座すだけで人々は自然と頭を下げましょう。
幽鬼のような兵がどれだけいても、評判を落とすだけ。
私であれば、兵を1000残して交代で宿を取らせます。
宿を取ると、自然と地元の民と交流が生まれるもの。
無駄に兵を連れてきたために、生まれた誤解も解けましょう。
精霊といざこざがあったのは予定外のことです。」
「ふむ…… 」
大皇が、不機嫌に肉料理を貪るヴァシュラムに目をやり、うつむくとクッと笑った。
その真意が測れず、食事をしながらチラチラと様子を探る。
ふと、目が合って、慌ててそらす。
お爺様は、この精霊もどきのするがままにさせている。
兵をこれほど連れてきたのも、この精霊もどきの言うがままにしたからだ。
これでルランの城に着いたら、本当に戦争を始めるつもりなのか、とても危うい状況だ。
何も意見することが無い。
それが、どこかお爺様らしくないのが引っかかる。
今にも死にそうな老人の姿の時は、恐ろしいほどの権力を振るわれ、王である父などまったく意に介さないほどで、玉座を父に譲ったあとも、どちらが本当の権力者かは誰が見てもお爺様だった。
ただ、大きなベッドにクッションを積んで身をもたれたまま、動きの取れない身体にいつも焦りを隠せず、若さへの渇望は凄まじかった。
それは、この私が一番知っている。
だが、
若返った今、開放感と共に一番目障りなのは……
そう言えば、地の魔導師の女がお爺様の部屋へ出入りしていたのを見たな。
何か、お爺様の動きには裏がありそうだ。
「ヤヌーシュよ、食事は無心でするものだぞ?
見よ、地の王を。
美味そうに食っておるではないか。」
大皇は、クッと笑いながら食事を口に運ぶ。
これは、友人を救う手があるのかも知れないぞ、レスラカーン。
ヤヌーシュは、たとえ嫌われようとレスラカーンに、あの時の借りを何とか返したいと、心に決めていた。