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573、呪いを受けるリトスの兵

ベスレムの外れの草原に、大勢のリトスの兵がいくつも馬車を並べて何カ所にもテントを張り、雨を凌いでいる。

いや、雨なのか良くわからない。

なぜか空は晴れているのに、彼らの上空だけ暗雲立ちこめ、雨が降り続けている。

それは自然現象からかけ離れて、まるで魔導師の仕業か、何かの呪いかと思えた。


遠目から見ても兵の数は異様な数で、戦争でも始まるのかと旅人は気味が悪くて、遠回りしてそこを避けて通って行く。


彼ら大皇率いるリトスの兵は、レスラカーン一行に逃げられたあと、精霊の呪いを受けて散々な目にあっていた。


『 精霊の聖地を血で汚す、リトスの民よ、汝らにわざわいを 』


あの声を聞いたのちから、ずっと彼らの上に雨が降っている。

あれほどレスラカーンたちを追い立てた戦意も消え去り、今は不満と不安だけが渦巻いていた。


天を仰げばその場所だけ、なぜか暗く重い雲が垂れ込めて雨が降り続き、周囲は晴れているために湿気と昼間の気温に蒸され、身体は常にジメジメして清潔にはほど遠く、悪臭が漂い、火を焚いても火力は上がらず、調理もままならない。

まさに、アトラーナで精霊に敵対するとこうなると言った様相だ。


身分の低い下働きの者達は、雨に濡れながら破壊された馬車の残骸を片付けて、数人が熱を出し、他に体調を崩した者も続出して急ぎ荷馬車で本国に帰った。

移動しても雨雲は付いてくる為に絶望感が漂い、そこに自分たちは呪いを受けていると精神的な要素も加わって、兵の精神力はどんどん削られていく。

荷馬車を並べて作るテントは、なぜか見えない石で貫かれたように音を立てて次々と穴が空き、横になれば地面はボコボコと大きな木の根がうごめき、次々と芽を出して切っても切っても突き出てケガをする。

この状況が6日も過ぎた頃、兵達の体力の低下を鑑みて、隊をまとめる者達が残る王族の馬車に集まっていた。


「王子! どうかご決断を! 」


「このままでは疫病にかかります! 神罰により雨は止まず、すでに体調を壊した者もいます! 

どうか、一旦引き上げる許可を! 」


「ご判断ください! すでに半数は体調を崩しております! 」


数十人が馬車を取り囲み、土砂降りの中、雨に濡れながら必死に訴える。

ここで流行病など起こしては、大皇の名に傷が付く。

だが、精霊にしてやられたくらいで引き返したと噂になっても、大皇の名に傷が付く。

馬車の中で悲鳴のような兵達の声に耳を塞ぎながら、第3王子のアラダは手元にあった金属製のカップを壁に投げつけた。


「うるさい、 うるさい、 うるさい! 」


「アラダ様、他国で病など流行らせては、今後の国の在り方にも影響がございます。」


側近のエミルが後ろの小さな椅子に座り、溜息交じりにささやいた。

小さく首を振り、また強くなった雨の音を耳にしながら、記録に目を通す。

状況の悪化に、実は体調を崩した者から、毎日少しずつ国に返している。

それだけに、残った者は余計に不満が膨らんでいた。


「大皇は移動する前になんと仰ったのでしょうか? 」


「兵をどうするかはお前に任せると。

ひいお爺さまは、ああやって人を試すのだ。

きっと兵を国に返せば、僕は無能者の判を押される。」


「決断されるのを、責めたりなさらぬと思いますが? 」


王子がドンと、テーブルを両手で叩く。

握りしめる拳がブルブルと震えている。

そして突っ伏してしまった。


「臭い。もう、もう、身体が腐り落ちそうに臭い。」


確かに、この汗臭さと言いようのない、泥のような、そして何より近くに掘った便所の穴から漂う糞尿の臭いが悪臭を漂わせ、嫌がらせのようにその悪臭が馬車やテントの周りで渦巻いて、新しい空気の気配が無い。

食事もままならないほど精神的に追い詰めて身体を弱らせる。

このままでは、疫病が蔓延して、国に帰ることさえ出来なくなるかもしれない。

その不安感が、1日1日とどんどん大きく膨らんで行く。


「ヤヌーシュめ、今ごろフカフカのベッドで寝ていることだろう。

なんであんな失脚したチビ兄様が同行を許されたんだ。

なんで僕じゃないんだ。逆だろう?! 」


「ヤヌーシュ様は、失脚などされておりません。

ただ、背の低さをお母様に忌み嫌われておいでなだけです。」


「それが失脚だ! 生まれた瞬間に失脚してるんだ! 」


エミルは、主人のワケのわからない言い分に、ヤヌーシュの側近のラユールがうらやましくさえある。

ヤヌーシュは大皇がひっそりとお気にかけられている。

ご本人は気乗りがしない様子だが、時折それが垣間見える。

恐らくは、小さな身体でお母様から切り捨てられても、したたかに生きられるお姿がお気に召しているのだろう。


ここでヤヌーシュならと言いたくなるが、跡目争いから外れた彼と比べるのは酷だろう。

アラダは母の期待を一身に背負い、ここにいるのだ。

外の声も、雨脚が強くなると引き上げていったのか消えていった。

大皇の名がある限り、王子に危険は無いだろうが、追い詰められた群衆は、何をするのかわからない。

外の守りは兵に任せているが、夕方馬車を移動させた方が良いと進言があった。

このままでは、馬車の車輪がぬかるんだ土に食い込んで動けなくなると。


「なんでお爺さまは、水の魔導師を置いて行ってくれないんだ。」


「ですが、彼女にもどうすることもできないと仰せでした。」


「クソッ、クソッ! 役立たずが、殺してやる! 」


ほら、それだから、置いていかなかったんでしょうがね。


主人の怨嗟を溜息交じりに聞いて、エミルは小さな木の窓を開けると外を見た。

馬車の前に1人残っている兵が、憎しみの籠もった視線を向ける。


ああ、襲われたならば、あっという間に自分たちは死を迎えるだろう。

自分は王子と、あの世まで供にする誓いを立てている。

たとえ王子が先に死んでも、自分は殉じて死ななければならないだろう。


眠れない夜が続きそうな気配を感じながら、そっと、木窓を閉めた。

明日には少し、この馬車を兵から離れたところに移動させようと考えた。

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