571、トランから来た加勢
その頃、グルク3羽に分乗して5人で地の神殿を飛び立ったレスラカーンは、途中街道の分岐点にある街に下りて一泊し、ルランに入ったところだった。
先に発ったリリスとは別に、ライアが気がつき、意識もハッキリしたのを確認して半日遅れで出発したのだ。
途中、レスラカーンの希望で、リトスの軍勢が見えるところまで近づき動きが無いところも確認した。
まだ壊れた王家の馬車の残骸がそのままで、新しい物が無いところを見ると、恐らくは本国から持ってくるのを待っているのではないかとブルカが伝える。
「私の考えですが。
今なら追い立てて追い出すのも容易ではないかと思うのですが。
いかがでしょうか? 」
ブルカが、後ろに座るレスラカーンが心配で、頻繁に腰のベルトを確認する。
レスラカーンが笑って、ブルカの背中に抱きついた。
ブルカは、何となく気恥ずかしくて真っ赤になる。
まあ、ようやく慣れてきた。
「ブルカ、ベルトは簡単に外れないよ。
私は君にしがみついてるからね。落ちるときは君も落ちるんだと覚悟してくれ。」
「は、なるほど。私も死にたくはございませんので。」
「だろう? 私も死にたくはないよ。
さて、
さっきの質問に答えよう。
今なら追い立てることは可能だ。確かにね。
でも、彼らは王族が率いている。しかも大国だ。
追い立てられたら自尊心を損ねて、必ず報復してくるだろう。
それは事態の悪化を招く。
恐らく伯父上も、そしてベスレムも、彼らには彼ら自身の意志で帰って欲しいから静観しているのだと思う。
私も同じだ。
だから、帰れと言ったまで。
まあ、失敗したけどね。」
「恐れながら、あれは巫子様も仰った通り、失敗ではなかったと思います。
まさかあのような、考えも及びません。
それに、結果的に王家の馬車を破壊して足止めすることに成功しています。
あのまま物資が尽きれば、後退も視野に入るかと存じます。」
「そうだね、ベスレム側も、見えないところで略奪には注意を払っているだろう。
今はリトスに統率が取れていることに感謝しよう。
まだ城は見えないかい? 」
「黒の森を超えたので、もうすぐ小さく見えるはずですが。
前を行く大柄のカリアが、大きく手を振って先を指さす。
「なんだろう。カリアは目がいいので、俺達には見えない物まで見つけます。」
カリアがグルクを操り、2人のグルクの下に回った。
「城の方向へ行く、隊列が見えます!
あれは噂のトランからの兵では無いでしょうか?!
ただ、止まっているように見受けます!
火を焚いているようです、煙が見えます! 」
「止まっている? 使者を送って返事待ちか、それとも……
いや、城を目前にして引き返す事は考えにくいな。」
「私が様子を見に行っても構いませんが! 」
「ふむ、そうだな。共に近くまで行ってみよう。
これも情報収集だ。」
「なるほど、巫子殿の仰った物ですな。
確かに、あの距離ならば城も情報が欲しいだろう。」
カリアに声を上げて後方の2人にも伝え、トランと思われる隊列に向かう。
近くなり、次第に隊列の状況が見えてくる。
それはかなりの行列で、兵と一般人らしい男女が半々だろうか。
ぐるりと周囲を兵が守る中、男女は散けてテントを張り、近くの小川で洗濯したのか、シャツや下着まで干して、随分とのんびりした状況だ。
中央には巨大な荷馬車に、幌を張ったミュー馬6頭引きの馬車がある。
侵略に来ているように見えない様子から、レスラカーンが下りることを判断した。
グルクをゆっくり旋回させると、兵が慌てた様子で話し合い、青と白に色分けされ、中央に鳥の意匠が入ったトランの国旗を振った。
レスラカーンが、王家の旗を振れというので、カリアが取り出して高度を下げ、下に向けて振る。
数人が手を握り横に振る。
下りて良しの合図だ。
旋回させながら、ゆっくり3羽のグルクで降りて行った。
少し離れてグルクを下り、緊張した面持ちで立つ。
戦意無しの黄色い旗を揚げて、トランの兵が近づいてくる。
カリアが声を上げた。
「我らは王に仕える者だ! トランの方とお見受けする!
こちらへはどういう目的か?! どこを目指しておられる?!
責任者はどなたか?! 」
「我らは王のご命令でルラン城へと加勢に参った者!
壊れた城の修復をする技術者をお捜しだと聞いて、トランの優れた職人を同行させてきた!
どうか御容赦願いたい! 」
「なんと! お聞きになりましたか、レスラ様。」
レスラカーンが驚いて目を見開く。
トランの石工は大変な技術を持つという。
それはベスレムの絨毯職人と同等で、国の宝として手厚く保護されている。
「そうか、それで高価な6頭引きの馬車を持っているのか。」
これは、トランへの最大の借りになるかもしれないな。
そう思いながら、明るい顔になった。
「私は王弟サラカーンの息子だ! 責任者とお会いしたい!
どうかご案内願いたいがどうか?! 」
「お! お! 王弟??!! お、お待ちを! 」
いきなり王族でも王に近しい人物の登場に、兵達が面食らって後方へ走る。
トランの兵の後ろから、隊長らしき小太りの男が近くまで走ってきた。
「はあ、はあ、はあ、申しわけ、ない!
とんだ、はあはあ、ご無礼を!
私が護衛隊を率いております、隊長のアントンと申します! 」
「こちらは王弟のご子息である。
責任者はあなたか?
城には使者を送っておられるか?
随分長くここに留まっているように見受けるが、どうなのだろうか? 」
隊長は、汗をふきふきカリアの言葉に手で遮る。
大きく深呼吸して、ようやく落ち着いたようだ。
「お待ちを、どうぞお待ちを。
実は石工総元締めのアーロン殿が体調を崩して、そちらの城に上がろうにも、どうにも身動きが取れず、あっ! いや! 病と言っても移るものではございませんので。
じ、実は腐った卵に当たったらしく、いや、まことにお恥ずかしい。
近くの村人にはお世話になっております。
薬草などいただき、大変感謝しております。
今朝よりようやく体調が回復してきたので、そろそろと考えてきたところでして。」
「卵?? 」
「はあ、割れた卵を捨てると聞いて、勿体ないから食うと。
その夜から酷いものでして。」
レスラカーンが、ああと額を手で打った。
「確かに。厨房で割れた卵は使うなが鉄則であった。
そう言う事だったか。」
「ご存じでございましたか、いやはやお恥ずかしい。
何度か上をグルクが飛んで、城の方角へ行ったので、いつか城よりお見えになるかと構えておりましたが、その気配も無く。
恐らくはどちらも使者を送るべきか迷って、相手を伺うあまり膠着してしまったかと思われます。
いやいや、私がこう、人ごとのように申すのははばかられますが、なにしろアーロン殿が、しばし待てとしかおっしゃらぬもので。」
言葉早に焦ってまくし立てる隊長の後ろから、木綿のドレス姿の女性がエプロンで手を拭きながら近づいてくる。
豪華な美しい白銀の髪を後ろで一つに結び、透き通るような青い瞳をした浅黒い肌の美しい女性だ。
優しく微笑むと、レスラカーンをのぞく一同がポッと赤くなる。
彼女は、瞳の色のドレススカートをつまみ、片足を一歩引いてレスラカーンにお辞儀した。




