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570、財務で戦う


「望むところだ。」


ルクレシアがニッと笑い、ほう、と、皆が息を吐く。

美しい見かけによらず、聞きしに勝る猛進シビルぶりよ。


「ルクレシア殿は剣に覚えはございますので? 」


「まさか、騎士の指先一つで僕は動けなくなるだろう。

でも、僕の前には爺がいる。」


「はっはっは! このご老体で? 」


爺が、キラリと目を輝かせて胸に手を当て一礼する。

一瞬、言いようのない緊張感が皆を襲って、思わずたじろいだ。


「一体…… そなたは何者か? 」


「ほっほっほ、ただの老いぼれの執事でございますとも。」


穏やかに笑い飛ばすこの執事が、ただ者では無いことは一瞬でわかった。


「では後ろの守りは…… 」


「僕の後ろにはラティがいる。」


ルクレシアが指を立てると、ラティがタオルを手にかけ背後で頭を下げた。

獣の顔のミスリルに、さほど嫌な顔もせず、皆が軽く会釈する。

さすが貴族の最高位となると、得体の知れぬ者がいる。


「なるほど。鉄壁でございますな。」


「では、皆円卓に付いてくれ。

何か考えがあったなら意見を。

そうだな、簡単でいいから、誰か記帳をお願い出来ないだろうか。」


シャールが背後に連れてきた部下の女性を紹介した。


「わたしの腹心、デニスだ。女性だが剣の腕も侮れぬ。

書くのが得意で、良くこういう場の書記をお願いしている。

どうですかな? 」


「デニスでございます。よしなに。」


栗色の髪を後ろにひとくくりにした、男装の女性が頭を下げた。

やや緊張した面持ちで、キビキビとしている。

初対面では、必ず女と馬鹿にされてきた。

アトラーナでは、女性は社交の場で花のように扱われるのが常だ。

彼女は、レナントのルシリア姫に憧れていた。


「もちろん、どうぞお願いしたい。

そうだな、円卓だと気が散るから、少し後ろでお願いしようか。

爺、デスクの準備は出来るかい? 」


「承知いたしました。」


隣室から、デスクと椅子が運び込まれ、一歩離れた場所にデニスが準備する。


「デニス、これは議事録では無い。

アイデアやその結果として予測されることを誰かが言ったら書き留めて欲しいのだ。

紙は十分に用意させる。

終了後、保管は僕がやる。」


「は、はい。書き方が難しいかと思いますので、最初は慣れないかと思いますが。」


「わかるよ、君のやり方が完成されるまで紙に無駄が出ても構わない。

どうせこっちも慣れていない、焦らないでいい。お願いする。」


デニスが驚いて背筋を伸ばした。

この人は、私を女性では無く、人として見ている。


「承知いたしました、誠心誠意勤めます。」


「うん、聞こえないときは自由に前に出ていい。

疲れたら申し出てくれ。爺、火を。」


「承知しました。」


卓の中央のロウソクに火が灯され、昼間だというのに、少し薄暗い室内で卓の中央が際立った。

シャールが顔を上げ、ルクレシアをチラリと見る。

落ち着いているようで、忙しく視線が泳ぐ。

何をどうしていいのか、何を話し合わなければならないかが、良く見えない様子だった。


「出過ぎたことですが、下準備をして参りました。」


シャールが部下の騎士を呼び、書類を準備する。

それは綺麗に整理されて、道を示されたようでルクレシアを安心させた。


「これは…… 助かります。」


「では、財務官、まずは巫子の戦闘前までに、ルランを逃亡した貴族の調査結果でございますが。

こちらが主な収入源と推測される財務状況、こちらが現状、聞き取りで判明した現在の居場所にございます。

皆様もご確認を。

かなりの数が、ほとんどベスレムの保養別荘地へと移動しています。

一部は全財産を持って、国境近くまで逃亡したという話も聞いております。」


「さすが、調査がお早いですな。」


「いや、次々と貴族が離れていくので、どこに向かうかは下の者に聞き取りを指示していたまで。

把握しておかないと、どこに誰がいるのかさっぱりでは、困るのでな。」


「なるほど、それで王は現状をご存じであったか。」


「では、財務官殿。」


ハッとルクレシアが顔を上げた。


「そうだな…… 、出来ればここでは名で呼び合いたいが、どうだろう。

私も財務官と呼ばれると、固くなって頭が回らない。

命が狙われるというなら、誰が欠けてもこの仕事に不都合のないようにしておきたい。」


ふむ、と騎士達が腕を組む。


「物騒ではありますが、金が絡むとどんな凶行に走るやも知れません。

確かに、仰る通りでございますな。」


「しかし、まずは誰も欠けること無く、この仕事をやり通すことをここにお誓いいたそうではないか。」


「それは良い。では、どうやって? 」


爺が、ルクレシアの横に立ち一礼した。


「それでは、酒とは行きませぬゆえ、一杯の茶で、と言うのはいかがでしょうか?

当家とっておきの、頭が冴えるハーブティーをご用意いたしました。」


茶で乾杯とは、いささか趣に欠けるとは思いつつも、皆がうなずいた。


「ハーブティとはまた、貴族らしい物ですな。」


「ハッハッハ、いいではないですか。」


頭が冴える……


ルクレシアがハッとする。

思い出すと、口の中にドッと唾液があふれ出した。


「ま、まさか、アレでは無いだろうな。」


「ほっほっほっほっ、おお、良い案配に飲み頃になっております。」


円卓で、皆の前で小さなカップをトレイに円を描いて並べ、ポットを持ってぐるりと注いで行く。


「ほう、湯気が無いところを見ると、ぬるい茶か。」


「飲みやすい温度に整えるのが、この茶の定めにて。さ、どうぞ。」


爺が円卓の中央に置くと、皆が一つずつ小さなカップを取った。


「これは良い香りだ。では、ルクレシア殿。」


ルクレシアが、杯を上げて言葉を探す。


「年長者にお譲りして良いだろうか? 」


「では、このシャールが引き受けよう。

杯を掲げよ。


この危機に、国力が弱まることを危惧された、陛下のご期待に添える為。

我らは財務でお支えする。

この仕事、完遂するまでこの身、この国のために尽くすことを誓おう。


アトラーナのために! 」



「「「「「 アトラーナのために! 」」」」」」



グイと、皆が一気に飲んだ。


「うぐっ! 」


「こっこれはっ! 」


「ぐああああああ、なんと言う、」


みんな目を白黒させて、口を手で覆った。

喉から鼻から目から耳から強烈な清涼感が突き抜け、舌全体を何とも言えない刺激と共に苦みが覆う。

爺が、にっこりうなずいた。


「当家、自慢のお茶でございます。

芳醇な香りと共に、一気に目が覚め、頭の芯まで冴え渡ります。」


清涼感という、美しい表現で語れるものでは無い。

今、どこを流れているかがわかるほどの強烈な清涼感だ。

ハアッと息を吐き出すと、その茶の匂いしかしない。

ルクレシアはこれを何度飲まされただろうか。

皆が悶絶する中で、1人、ダルトンが涼しい顔で余韻を楽しんでいる。


「良い香りが鼻を突き抜け、何とも言えない余韻を残す。

うーむ、 もう一杯頂けぬだろうか。」



「「「  なにいいい!!  」」」



「おお、お気に召しましたか? お目が高い。

ですが、これは一杯切りの貴重な茶。

この茶はこの濃さに出すのに手がかかりますゆえ、すぐにご用意出来ないのです。」


「おお…… なんと言う幸運。

是非またご主人がお飲みになるとき、ご相伴願いたい。」


ホクホクした顔で、ダルトンが願い出る。

爺は手間のかかった茶を褒められ、酷く上機嫌でもちろんと返してきた。

ルクレシアが、声にならない悲鳴を上げる。

ウキウキして、爺がこの茶を作るのは目に見えている。

みんな信じられない顔で、身体中を強烈な清涼感が突き抜ける様にもだえながら、ダルトンと爺を見ていた。


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