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566、ディファルト王子の帰還

ケイルフリント王は報告を聞き、怒りで頭がどうかなりそうだった。

後発隊に大勢の死者を出し、フレデリク王子はティルクに引き渡されなかった。

しかも戻ってきた馬車には、ディファルト王子がティルクの貴族らしい捕虜まで連れてきたらしい。


ディファルトは勝手に現地へ赴きながら、あろうことかその捕虜を、保護だと言い張り、丁重に扱っているという。

頭の血管が切れそうに額に青筋を立てる様子に、報告をした大臣が思わずあたりに視線を泳がせる。

その場にいた者は皆、目をそらしてうつむいた。


「あれはどこにいる。」


あれとは、ディファルト王子のことだ。

王がディファルト王子の名を呼んだ事はない。


「今、お戻りになられたようでございます。」


王が、痩せた身体に馴染まずずり落ちる王冠を上に上げ、怒りに震えながら立ち上がろうとする。

白いロングチュニックを止める腰の金ベルトを肘掛けに引っかけ、引っ張られてドスンと椅子に尻餅をついた。


「お、王! 」


「うるさい、構うな! 」


ますます怒りに火が付き、立ち上がると金糸の刺繍が入った、サイズの大きなガウンをズルズルと引いて行く。

痩せた彼には代々の王が身につける物は、全てがサイズが合わず余計に貧相に見える。

王は皆の前を横切ると、部屋を出て廊下を進み、戻ってきたディファルトを迎えた。


ガヤガヤと無事を喜ぶ臣下達の先頭に立ち、王子が真っ直ぐに城内の廊下を歩いてくる。

王子は父王の姿が見えると、射るような視線で真っ直ぐに見据え、ツカツカと歩み寄る。

王はブルブル手を震わせて、ディファルトを指さした。


「お前は! 今までどこに行っていた! わしは勝手など許しておらん!

お前のせいで、どれだけの者が死んだと思っているのだ! 」


その言葉に、ディファルト本人も、そして側近たちも驚いて目を剥いた。


自分で画策したことだろうに、俺に全ての咎を負わせるつもりか?!

俺は弟の影でいいと思っていたのだ…… なのに

あなたがそんななら、俺は、立ち上がらねばならないではないか!


「私のせいで死んだと仰せか?


ふざけるな。 ふざけるな!! 


私は見てきたのだ。

我が国民の死を。1人2人ではない!

あなたがティルクと密約を交わした結果だ! たとえ王でも許さぬ、許さぬぞ! 」


ディファルトが髪を逆立て、皆の前で王の裏切りを告発する。

王は苦い顔で一瞬狼狽えると、大きく首を振った。


「お前のウソを誰が信じるという!

私が何を密約しただと? 

フレデリクはどうした! 助かったならば、なぜ連れてこない! 」


「世話になっているトランには迎えを送りました。

憔悴しているという話なので、ゆっくり帰るようにと。」


王が、怒りの表情で大きくうなずいた。

そして震える手でディファルトを指さす。


「わかった。


ではディファルトを捕らえよ! 

王を侮辱した罪! ことごとくわしの言いつけを反故(ほご)にした罪!

北の塔に幽閉せよ! 」


臣下や兵が緊張して王子を見る。しかし誰も足が動かない。

王子の言葉を待ち、皆それに応えるつもりでギュッと手を握る。

動かない兵をゆっくり見回すと、王が再度命じた。


「何をしているのだ、この者を北の塔に幽閉…… 」


ディファルトが、一歩前に出て声を上げた。


「 断る!! 」


「こ、断るだと?? これは命令だ! 」


「私が今、あんな塔に幽閉されて、何が回ると言うのだ!

あなただとて、すでにご存じだろう!

あなたのお身体を案じて、ご負担になる細々(こまごま)とした判断はすでに私が引き受けている。


父よ、ご退位なされよ。

あなたはすでに、大きな判断を誤られた。

しかも、敵対するティルクとの密約だ。

私はあの国境の川に流れていく大勢の死した国民に、詫びと共に心に決めてきた。

私は、 」



「 ならんっ!! 」



バッと王が彼の言葉をなぎ払った。


「次の王はアレクシスだ。

兄の、 兄の子に譲らなければ! 

わしは、わしは、この冠を狙ってアレクシスを戦場にやったのだと、何度も、何度も、何度も!

後ろ指をさされてきた。


お前まで……


お前までそんな苦しみを背負うことなどいらぬ。


こんな、こんな、苦しみを……


わしがどんな気持ちでこの冠を被っているかなどお前は知るまい。

お前には、お前は! どれほど王に相応しくともこの冠、譲ることなど相成らんっ!! 」


激しく言葉を発した王が、フワリと表情から脱力が見えた。

ディファルトが、ハッと目を見開く。


「 父上っ!! 」


駆け寄る彼が、父の身体に手を伸ばす。

よろめく父がガクリと膝を折ったとき、ディファルトが抱き留めそのまま腰を落とした。


ガラン、 ゴロゴロゴロゴロ


王冠が落ちて転がって行く。

その重い音が、王が背負ってきた数々の重責と後悔の重さを表していた。


「部屋にお運びせよ! 医術師を! マルキスを呼べ! 早く! 」


慌てて側近の大臣が声を上げる。

息を呑んで皆が駆け寄り、シンとするその真ん中でディファルトが父王を膝に抱いていた。


「父上! 父上! 」


そっと揺り動かしていると、王がふと気がついて、ゆっくりと目を開けた。

ホッとした吐息が、皆から漏れる。


「ああ…… よかった。父上、まだ、この世から御退陣には早うございますぞ。」


ホッとしたディファルトが、今まで見せたこともない不安な顔でのぞき込む。


ああ…… 息子よ……


王は重い鉛のような手を上げると、久しく触れてもいなかったディファルトの頬を撫でた。


「我が…… 、息子よ…… 」


「父上、少しお休みください。お身体に触ります。」


大きく王が深呼吸する。

皆がホッと顔を上げた。


「王、お気がつかれてようございました。」


大臣の言葉に王が静かにうなずき、大きく息を吸った。


「我が息子よ…… 、お前の母は、自害ではない。

エルデリーナは、殺されたのだ。」


「えっ?! まさか…… 」


「エルデが、ティルクの間者に毒殺されてから、私に出来たことは、お前を遠ざけることで、守ることだった。

それでも、度々(たびたび)、お前の食事に毒が盛られ、わしは気が気でなかった。」


「…… え? 私の食事に? 」


まさか! そんな事、初耳だ。

大臣の顔を見ると、無言でうなずいた。

驚きに、ザッと、背中を冷水が走った。

一人で何でもやれているつもりで、実は軽蔑していた父に、しっかり守られていたのか。

私は、全てを知っていたつもりで、何も知らなかったのだ。


「ティルクは、我が子を差し出さねば、アレクシスを殺すと脅してきた。

お前は、大切な、我が国の、次なる王。

フレデリクを、差し出すしか……

皆に、 皆にわびる。私は…… 不甲斐ない王であった。

すまない…… すまなかった…… 」


王の目から涙がこぼれる。

ディファルトは父の告白に、実は愛されていたのだと、どこか安堵した息を吐いた。


「父上、どうか体調を整えてください

お一人でその重責を背負われたこと、お詫び申し上げます。

しかし私は、私には話して頂きとうございました。」


「 …… しばし…… 、あとを、頼む。」


「はい。承知いたしました。」


ハッキリとしたその頼りがいのある返答に、安心しきったように大きく息を吐いて、王が視線を落とす。

息子は、非情に突き放してきた自分などいなくとも、何と立派に王道を歩んできたのだろう。


わしはいつも、お前の国民を惹きつけてやまない、その姿をうらやんできた。

突然王になった出来損ないの自分は、いつも自信の無い判断で、国民を危険の地に赴かせ、そして死に追いやってきた。

私に出来たことは、お前を遠ざけ、それで守ることだけだった。


それだけだったのだ。


王は、表面上は対立しながら、ディファルトの機知に満ちた王道を行くその姿に、頼もしさを覚えていた。

それでも、ティルクと通じる者が近くにいる限り、安心など遠く、彼を落してフレデリクに王位をと言い続けるしかなかった。

だが、自分の身が危うい今、今こそ言わねばなるまい。


「ロベルトよ、皆、いるか? 」


王が、大臣に問いかける。

大臣が周りを見回し、皆が王を取り囲むようにして腰を下ろして片方の膝を立てた。


「おります、皆、王を心配しております。」


王が静かにうなずき、大きく息を吸った。


「次の王を、ディファルト王子とする。」


大臣が、王子と顔を合わせ、皆の明るい表情に大きくうなずいた。


「承知いたしました。正式に御布令を出し、御世継ぎの証の指輪を準備いたします。」



王は自室に運ばれ医術師の治療を受けると、宰相を呼んで1つの仕事を行った。

それは長年知りながら監視し、互いに欺き(あざむき)続けたティルクと繋がりのある人物。

我が子を玉座に座らせたいが為にティルクと手を組んだ、現王妃の捕縛幽閉だった。


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