565、わがままな神
廊下を進むと、女たちが急のことに忙しくしている。
案内が掃除を済ませてシーツを持つ女に話しかけ、その部屋の方向を指さした。
「バタバタして申し訳ない、こちらへ。」
薄暗い方向を指され、神官の足が止まる。
「他に部屋はないのか。」
「いっときお借りするだけだ、目が覚めたらすぐに本国に戻る。」
ガーラントがさほど深刻に考えず小さく囁く。
他国に世話になるだけに強くも言えない。
「どうぞこちらへ、狭いですが、一番広い部屋です、ご辛抱を。」
サッと入るとベッドにリリスを横たえ、胸元に聖布をかけてから布団をかける。
「まだ日が高うございますので、落ち着いた部屋に準備させました。
何かありましたらお申し付けください。」
砦の者は、一礼して下がって行く。
神官が周りに清水をかけ、枕元にロウソクを立てて火を付けた。
「何かの、呪いですかな? 」
一人が問いかけると、グレンが顔の前垂れに指を立てる。
窓から日の向きを確認し、小さく首を振った。
「この部屋は、とても良くない部屋だ。」
「どういう事で? 」
「北の部屋など、客人でも格が下がる。
陰る部屋など、日の神が一番嫌う部屋なのだ。」
ガーラントがそれを聞いて、窓から外を見る。
「だが、ここは砦だ、普通の城とは異なる。一番広い部屋だと言われた、心遣いはされている。」
「巫子をないがしろにすると、神罰が来るとは思わぬのか?」
そうだった、彼の中に神がいる。
「わかった、訳を話してどんな部屋でもよいから日当たりを優先してもらおう。話を…… 」
カッ!
突然、部屋を閃光が満たし、眩しさが痛いほどの真っ白の世界に目を覆った。
「 なっ! なんだ?! 日の神か、いかがなされた! 」
その光は、刺すほどの圧力を持ってリリスの頭からじわりと顔を見せた。
半分姿をのぞかせ、ぴょこんと1本のうさぎ耳を光の球から垂れる。
いや、そこにいる皆、まぶしくて何も見ることなどできない。
神官の2人は頭を下げてひざまずき、何とかその場を治めようと声を上げた。
「尊き御神、すぐに! すぐに場を変えます故、御静まり下さい。」
リリスが、身じろぎもせず大きく息を吸った。
『 疾く 神域に 戻れ 』
それはリリスの口から発せられたが、リリスの声ではなく、もっと重く、息苦しくなるような声だった。
「承知、いたしました。」
グレンが息を呑んで平伏する。
怒りがビリビリと伝わり、部屋にいた一同も目を閉じたまま、その場に膝を付き頭を下げた。
『 地を這う者よ 我が巫子 守り抜いて 見せよ 』
突然の言葉に、ガーラントと他の戦士も声を上げる。
「 な、な、それは?! 」
「それはどういう事でしょうか? 日の神よ! 」
「我らは巫子殿にお仕えしてきましたが、手が及ぶこともなく…… 」
『 是非も 無し 』
「お待ちを! どうか話を聞いていただきたい! 」
光が、リリスの中に消えて行く。
ガーラントが、頭を下げ続けるグレンの肩を掴んだ。
「一体、なにがあった?! 」
「神はお怒りになられた。」
「何に対してだ? 」
「赤様ばかりが酷使されている状況にだ。
確かに赤様は自ら動かれた。
だが人間たちはそれを良い事に、ただただ赤様のお力を利用している。」
「だがそれは…… 人の力で何が出来るという。では、 では、何が必要だったのだ? 」
「尊敬と畏敬と感謝が足りぬ。
赤様は人が意味もなく命を落とすことを回避したいだけだ。
だが、その神のお力に対して畏敬の念がない。
それは人々が赤様に感謝して、一言でも一礼でも良いのだ。
だが、ここまでお身体に不調を来しながら助けた王子も、いまだ感謝の言の葉一つもない。」
「あの状況では無理だ、見てわかるだろう。意識を失い、いまだ気がつかれてもいない。」
意識を失った者に、どうやって感謝せよというのだ。
神というのはなんて横暴なんだ。
ガーラントが思わず叫びそうになって口をつぐんだ。
「人間よ、日の神は崇めなければならぬ、天上の神。
眷属も無い、唯一神。
他の精霊王と同じと考えるな。
そのお力を直接使うことを許された巫子さえ、歴代お二人しか御座されない。
赤様は同化さえ許されている神威の巫子。
通常であれば、顔さえ見ること叶わぬだろう。
神殿の無い異常事態だからこその現状だと知れ。」
「人の都合など一切関係無しか。
横暴ではないか。」
後ろから、レナントの1人がぼやく。
「ここまでお力をお貸し下さった。
それの何が横暴か。礼を欠いた人間の手落ちであろう。
何より、御神は赤様を心配されていらした。
同化してまで保護されているのだ。
万全を期して戻らねば、それは命がけとなろうぞ。」
厳しい声が、顔に垂れる白い布の向こうから響く。
思わずその時、オウゥンエアの姉弟がフラッシュバックのように思い出され、ガーラントが目を見開いた。
「はぐれミスリルに、狙われるという事か…… 」
「巫子を狙うはそれだけではない。
昔は血肉を食らえば長寿になるなど言い伝えがあって、お命を狙われることもあったのだ。」
その時部屋にいた皆が、ゾッとした顔でリリスを見る。
だが、神はすぐに帰れと言ったのだ。
帰らねばならない、何があっても。
リリスが制御しない神のなんとわがままなことか。
これでグズグズしていたら、また何を言い出すかわからないではないか。
「巫子殿が目覚めてくれねばどうにもならぬ。」
一同が大きくうなずき、ひたすら目覚めを待ちつつ帰り支度を早める。
だが、願いもむなしくそのあともリリスは、まったく目覚めることがなかった。




