564、火の神を近隣国に知らしめる
ほのかに輝くガラリアが、緑のドレスに地を這うように長い髪の精霊の姿で現れた。
ヘンリー公が立ち上がり、前に出ると胸に手を当て一礼する。
「これは! 相変わらずお美しい! セレス殿…… では? 」
公が思わず挨拶したものの、どこか人間離れした様子に首を傾げる。
彼の身体はほのかに輝き、長い金の髪は毛先に行くほど緑となって、蔓草のように葉っぱが生えていた。
「公よ、お久しい。そう、お呼びくださっても構いません。
今は、ガラリアとお呼びくださった方が馴染みます。」
「ガラリア様…… と? 」
「地の精霊王よ、今は急ぐのです。
一刻も早くティルクに空いた異界との穴を…… 」
二人の会話に、リリスが割って入る。
そのような無礼を普段はしない様子に、ガーラントが顔を上げた。
様子が…… おかしい。
オキビと目が合い、厳しい顔にリリスの余裕がないことを悟る。
だが、公は気がついていないようだ。
元々リリスにとって恐らく隣国の人間に囲まれるなど、初めての事だ。
きっと、隙を見せてはいけないと思っているのだろう。
前髪を上げる仕草で、汗を拭っているようにも見える。
ガーラントはオキビにうなずき、声をかけた。
「リリス殿、落ち着きなされ。
後はガラリア殿にお任せしよう。
あなたが全部抱え込む必要は無いのだ。少し休まれよ。」
「落ち着いています。今は急ぐのです!
地の精霊王、ティルクに空いた異界との穴を塞げることが出来るのか否か? 」
「否、と言おう。だが、この状態を良しともしない。
私に出来るだけのことはする。そのために来たのだ。」
「セレス殿もこう仰られているではないか、後をお任せした方が良い。
何か特別な事情があるのだろうが、異界とどうなっているのか、我らも事情を知りたい。」
一歩、一歩と歩み寄るガーラントに、首を振ってガラリアに詰め寄る。
わかっているのだ、無理するな休めと言われているのだと。
でも、これだけは譲れない。急がねば、武器の流入を招いてしまう。
塞いでから事情を説明しても遅くは無い。
「私のことはご心配なく。
早くこの異界の男を辿って穴を塞がねば、ティルクは…… あ…… 」
声がかすり、息が詰まってリリスが胸を押さえた。
ガラリアがすべるように歩み寄り、リリスの額に手をかざす。
「なにをなさいます! 」
「もう良い、お前の言いたいことは重々承知している。
信用出来ぬ者に、任せられぬと思っているのであろう。
だが、仮に塞ぐことくらいは私にも出来よう。
お前だけを最前線に出すことになってしまった現状をわびる。
しばしお休み。」
「休みなど、そんなヒマ…… ! 」
ポッと額が熱くなり、張り詰めていた意識が途切れた。
バカな! 余計なこと…… を……
ガクリとリリスの身体が崩れて膝を付きそうになる。
それをグレンがすくいあげた。
うやうやしく大切に抱き上げると、オキビがサッと見えないように真白い精霊布で覆う。
グレンが振り向き、ガラリアにささやいた。
「来るのが遅い。」
「アリアドネに対処を相談していたのです。遅れたことは謝罪します。
少し休ませてお上げなさい。
この子はギリギリまで頑張ってしまうから、お前達が注意しなければ。
そのための守です。」
「わかっております…… 感謝、 致します。」
過去を思えば、ガラリアに頭を下げるなどグレンには苦々しいが、今は助かった。
リリスの消耗は、国境を越えてから目に見えるようだった。
ただでさえ火の神から離れた上に、休みが取れていないのだ。
それでもあれだけの力が使えたのは、リリスの中に日の神がいるからだろう。
でもそれも、どう見ても限界だ。
「異界の穴は私が対処します。
少し休んだら、アトラーナの地へ戻りなさい。」
「は、そういたします。」
公が誰にたずねようも無く声を上げた。
「一体、どうなされたのだ? 」
「公よ、神域を越えて力を使うのは、巫子には大変な負担なのです。
皆忘れていますが、この子はまだ15。
ずっと、ずっと、ずっと、休みなく戦っています。
それを課したのは我らですが、皆を導く姿は王のごとく、それは頼りになるのですよ。
若き日のメディアス陛下のように。」
微笑むガラリアに、公が頬を赤く染める。
「おお、お懐かしい、我が国王陛下。
それは御無理をなされたのでしょう。
すぐに部屋を用意せよ! 」
ヘンリー公が告げると、1人が一礼して下がって行く。
青年が1人、案内を名乗り頭を下げた。
「どうぞこちらへ、ご案内いたします。」
「護衛に付こう。」
「おう、では我らも。」
「ガーラント、俺は成り行きを見てから参る。頼むぞ。」
ブルースが残り、案内されてガーラントが先を行き、グレンがリリスを抱いてオキビとあとを追う。
その後ろを更にレナントの兵が4人付いていった。
ブルースが公に礼を言って、振り返ると他のアトラーナ勢に告げた。
「いっときお休み頂いて、お目覚め後に我らはアトラーナに戻ります。」
「わかった。だが、この男の処遇は? 」
床に気を失う異界の男を中央に、ガラリアが歩み寄る。
その前に、ポッと火が生まれて大きくなると、マリナの姿が浮かび上がった。
『 ガラリアよ、私が立ち会おう。
汝がどう対処するかは赤に報告せねばあれに怒られてしまう 』
「マリナか。」
一瞬ホールにいた者達がザワつく。
アトラーナの見慣れた者達は明るい顔で胸に手を当てマリナに一礼した。
『 ヘンリー公と見える。
我は火の青の巫子マリナ・ルー。
邪魔するぞ、赤の巫子が世話になっている 』
「い、いえ、お初にお目にかかります。
どうぞ今後ともよろしゅう。」
『 うむ、汝の我らに礼を尽くす行為は喜ばしい事よ。
火の神にも伝えよう。汝らの道行きに誉れあれ 』
「あ、ありがたき、幸せ。
火の巫子殿の御威光は、必ずや我が王にもお伝えいたしましょうぞ。」
ワケもわからず、巫子であれば礼を尽くせとは昔から言われることだ。
だが、初めて目にする巫子と言うこの方は、余りにも神秘に満ちている。
『 うむ、よしなに頼むぞ。それでこそ、我らがここまで足を伸ばした甲斐が有ると言う物。
さて、で、地の王よ、どうするのだ? 』
「そうだね、この男を触媒に辿り、そして…… 」
普段なら目にすることもない、精霊王と精神体の巫子にホールの一同がどよめく。
「火の…… 巫子殿…… とは……
何者なのだ? 」
公が上座に座っていても良いものかと立ち上がり、2人の前に来ると頭を下げて成り行きを見る。
トランの人々は、初めて見る2人の姿に、異様に有り難い光景を見るような戸惑った顔で、アトラーナが関わるとはこう言うことかと頭を下げた。