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562、トランの砦城

ディファルトが側近と顔を合わせ、驚きを隠せず森へと走り出す。

道がすっかり崩れ落ち、道なき森の中を坂の上から、びしょ濡れの一団が満身創痍の様子で下ってくる。

だが、王子の姿を見ると、顔を上げて皆急ぎ足になった。


「 王子! 」「王子がいらっしゃるぞ! 」

「ディファルト様! 」


皆を率いて先頭を来た者が、後ろに声を上げる。

頭から流れる血を濡れた布で押さえる男が、足下がおぼつかない様子で木の根に足を引っかけ倒れた。


「危ない! 大丈夫か?! 」


ディファルトが坂を駆け上がり、彼に手を差し伸べる。


「王子、王子、申しわけ、申しわけ…… 」


皆、わらわらと泣きながらそれに群がってくる。

そして、皆が一様に謝罪の言葉を口にした。


「王子、王子」「役に立たず申しわけありません。」

「ディファルト王子、申し訳ありません。」「申しわけ…… 」


「何を言う、皆生きてくれた。それで良いのだ。よく生きていてくれた!

大丈夫か? ひどいケガだ。すぐに手当を! 近くに開けた場所はないか?

そこにありったけの薬と、治療できる者を近くからかき集めよ!

近くの村人に援助を頼むのだ! 」


ディファルトの指示で人が忙しく動き始める。

続々と下ってくる者達に、安堵に胸が熱くなる。

見知った顔が人をかき分け前に出ると、頭を下げた。


「ヴィンセント! 無事であったか! 良かった。」


「申しわけありません、雷鳴のような音のあと、岩崩れに行く手を遮られ、水かさの増す川は下流が激しい滝のようで下ることも出来ず。

皆と何とか力を合わせて岩壁の足場を伝って川を上り、我が国に上がれる場所を探してきました。

ですが戦う声に気がはやるばかりで、お役に立つこと敵いませんでした。

申しわけ…… 」


「よく水かさの増える川をさかのぼる事ができたものだ。

ようやってくれた。」


肩を叩き、上げる事の出来ない顔を上げさせると両手で手を握った。

彼らは鎧を脱ぎ捨て、決死で水に逆らい逃げてきたのだろう。

森に休む彼らの肩を1人1人叩き、すがりつくように手を握られるままにねぎらってゆく。

ずぶ濡れの彼らを、日が沈む前に暖かいところに移動させなければ。


遠く川の対岸の空に、叫び声とトランの騎馬兵が追い立てる音が近づく。

恐らくは入り込んだティルク兵を国境まで追い出しているのだろう。

皆が手を止め、こちらを見る。


「王子! 」


河原を見ていた部下が声を上げる。


「川から上がるよう伝えよ。トランが追っている、手出し無用だ。」


「はっ、」


ああ、火の巫子よ、もう一度姿を現してくれ。

どうか、そのお力で私を導いてくれ。


ディファルト王子はマリナの姿を思い浮かべ、地獄にいて天使に出会ったような、そんな救いを感じて、いつか本当に出会う日が来ることを願いながら、大きく息を付いた。





リリスとトラン、アトラーナの兵達は、ひとまず一番近いトランの砦に立ち寄ることにした。

一行は早馬で来たので、皆ミュー馬とシニヨンに乗っている。

リリスはミュー馬で来たグレンの前に乗り、疲れたように辺りを見回す。

オキビは、風のような速さで追いかけてくるのがチラリと見える。

ホッと息を漏らし、グレンの胸に身をもたれた。



森を抜けて道に出ると、次第に砦の壁が見えてきた。

そこはアトラーナのトレストの城ほど大きくはない国境の砦城だが、広さは群を抜いている。

複雑な国境の最前線とあって、戦いのための装備とシニヨンの数、そしてグルクの数も半端なく多い。

人の多さも小さな町のように活気があった。


「今、トランとティルクの関係が悪いので、双方の国境はピリピリしています。」


トランの兵が、リリスの横にいるガーラントに話しかけた。

ガーラントが無言でうなずき、後に続くブルースが声を返す。


「なるほど、あのような対応が普通に行われているのですな。」


「ええ、ティルクは侵入を1度許せばアリのように続々と兵を呼び寄せてしまいます。

ですので、現状は発見次第容赦なく追い出せというご命令です。」


「なるほど、小規模な戦にも対応の出来る状況と、なかなかに厳しいものですな。」


開けた場所の高台に見晴らしの良い塔が2つあり、それを柱に石で囲ってある。

トランは王の居城と同じく石の加工に長けており、立派な石城が建っていた。


「凄い数のシニヨンだ。」


誰かが思わず声を漏らし、ブルースたちも辺りを見回す。

普通なら、まず入れない場所だ。

敵対すれば、手の内を明かすことになる。

だが、今のトランはアトラーナと戦う気は無いのだろう。

戦に助力するほどなのだから。


「異界の人間をどうなさるので? こいつが持ってた鉄の塊はいったい何でしょうなあ。」


そう言ってブルースが縛り上げた異界人の背にくくりつけた銃を指さす。

異界の人間は銃を持っていたが、それはまるで溶けたように固まって動かなかった。

リリスのかけた術が強力に効いたのだろう。

砂にはならなかったが、複雑な構造の物は溶けて固まり、銃の形をした金属の塊になっていた。


「これは火薬を使って人を殺す道具です。

どうも、鉄では無いのですね。

異界の金属は良くわかりませんが、鉄で出来ているのでは無いのでしょう。

とりあえずは封じることが出来て良かった。

彼には聞きたいことがあるので、来ていただきます。」


ふと、姿は見えないけれど、心にマリナが問いかけてきた。

歩きながら、心話で会話を始める。


『 赤、ケイルフリントの王子もティルクの中にいた者を1人捕らえている。

情報が分かれるのは良しとしないな。

どこかで合流出来ないだろうか 』


『 どうだろう…… いや、いや、それはまだ無理だ。

僕がここにいられるのはトラン王の意向がハッキリしているからだ。

ケイルフリントは、まだ王が敵対の意志しか出していない。

この王子を助けたことを足がかりに関係修復の道を探そう 』


『 上からリトスの間者ではないかと思える者を数人見たよ。

 それで異界人の情報は、きっとリトスに入るだろう。

 あの武器の脅威も伝わったに違いない。果たしてどう出るか。

 この男からティルクの情報は聞き出せるかな? 』


『 聞き出せるさ。僕らがいるんだから。

 ティルクに空いた穴を、一刻も早く何とかしないと。

 ああ、やることがどんどん増えて行く。僕は1人しかいないのに、どんどん状況が悪化する 』


リリスが疲れたように、髪をかき上げる。

彼はベスレムからの帰り、真っ直ぐここに来たのだ。

まったく休んでいないのは、マリナも心配になった。


『 赤は、1度城に帰った方がいいと思うよ。疲れが顔に出てる。

 僕がけしかけたとは言え、リリは少し力の使い過ぎだ 』


『 心に余裕がないのが、良くないのはわかってるよ。

 でも、こんな悪いものが入り込んでいたなんて、僕にはそれが許せないんだ 」


怒りに唇を噛んで言い放つ、リリスの顔はとても怖い。


『 怖いね、赤。君はとても怒ってる。

 僕は、君に人の戦いには関わってほしくなかった 』


『 関わらなければ、もっと人が死ぬ。

 僕はやりたいことが多すぎるから、命に関わることを優先させているんだ。

 だから、本当は眷属の解放が一番のはずなのに、生きてる人間の生死は切実に真正面にぶち当たる。

 見たくなくても、この戦況が見えるんだ。

 でも、この状況は大きな変化だ。僕らには僕らの仕事をしなければ 』


『 リリ……、 イネスは、心配じゃないの? 』


思わず、リリスの足が止まって、皆の足が止まる。

片手で顔を覆って、細く息を吐く。


「巫子殿いかがなされた? 」


「心配無いわけないじゃないですか。」


「は? 」


「なんでもないです。」


歩き出して、泣きそうな声にマリナがそっと謝罪する。


『 ごめん、君は心の底でずっと心配してる。

 彼の元へ行けないもどかしさが霧のように漂ってて……、 ちょっと嫉妬した 』


『 どうかしてますよ、マリナ。アリアドネに用があります。呼んできて下さい 』


『 わかった。僕が戻るまで、ブチ切れちゃ駄目だよ 』


リリスの頬にキスすると、その姿が消えた。

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